閑話 元ペテン師の独白①
◆ ◆ ◆
僕は生まれながらにして二番手だった。
ザフィルド=ルイス=ラピシェンタ。巷では魅惑の『銀王子』と称される第二王子様ってやつだ。
銀王子って……僕は銀髪だから『銀』だというけど、そうじゃないだろう?
兄が『金』で、僕が『銀』。二番手だからの『銀王子』。なんともわかりやすい皮肉じゃないか。
そんな第二王子様である僕には、生まれながらの婚約者がいなかった。
第一王子である兄上にはいるのにさ。その点から不公平だなと思うけど……そのことを愚痴れば、兄上はいつも言っていた。
「その代わり、自分で好きな伴侶を選ぶことができるんだ。それはそれで恵まれているんじゃないのか?」
ふざけんなよ。いつも婚約者に対してあーでもないこーでもないと楽しそうにしている男が何を言うんだ? 二言目にはいつも「今日もルルーシェが」「昨日もルルーシェが」じゃないか。同じことを二日連続で話すなよ。おまえは鳥頭かっていうんだ。
そんな兄上の婚約者、ルルーシェ=エルクアージュもまた少し変わった少女だった。俺と同い年で、見た目も変。母親が『異国の美姫』と呼ばれる美女で、その血を強く受け継いだ彼女の髪や瞳の色は真っ黒だ。
……初めて見た時は、怖いと思ったっけ。
でも、彼女はそんな稀有な者を見る目に慣れていたのだろう。まだ僕と同じ三つやそこらだというのに、僕に向かってにっこりと笑ってきた。
「はじめまして! ルルーシェ=エ
自分の名前も言い間違えても――笑みを絶やさない彼女に、僕は見惚れた。
きっと、それは一目惚れだったんだと思う。
強くて、気丈で、気高くて。そんな美少女の印象はずっと変わらなかった。
だけど彼女が変わり者だと気がついたのは、僕らが八歳くらいの頃。
もう妃教育は始まっていたものの、このときの彼女はまだ母上や兄上がいない時は気さくに話してくれていた。兄上は将来の国王陛下だから敬うように言われているんだって。だけど僕は同い年の第二王子だから。だけど……兄上に対しては敬語。僕にはタメ口。その近い特別感が、何よりも心地良かったんだ。
「あれ? サザンジール殿下は?」
「兄上なら……さっき剣術の先生に怒られてたよ」
「ザフィルド殿下はもう終わったの?」
「……まあね」
だって、僕はどうせ兄上の予備だから。何でもある程度出来ていれば、それで十分だろう? ……まぁ、あのへっぴり腰じゃ、当分先生から一本取れないだろうけど。
一応兄上の体面を保つべく、余計なことは言わず。僕は大人しく、兄上の婚約者の暇つぶしを全うすべく、彼女の話し相手に努めるのみ。むしろ……それ以上はしちゃいけないんだろう?
「お菓子でも食べていようか。確かこないだ南方の領主が塩を使ったお菓子を持ってきてくれてたと思うんだ」
「それも興味深いんだけど……ザフィルド殿下は今、暇だよね?」
「まあ、ね……」
嫌な予感がする――そういった予感、僕は絶対に外さないんだ。
案の定、彼女は有無を言わさない完璧な笑みだった。
「何か王妃様の弱点をご存知ない?」
「…………は?」
端的にいえば、彼女は日頃の鬱憤を晴らしたかったらしい。その相手がまた母上だとは……度胸が据わっているとしか言いようがないと思う。
「王妃様怖いけど! でも王妃様さえ“ぎゃふん”と言わせることができたら、わたくし怖いものなしになれると思うの!」
そりゃあ、僕も母上以上に怖い女性なんて見たことないからね。
母上の弱点と言われても……あ、そうだ。
「そういや、最近太ったって嘆いていたような気がするよ。気に入ってたドレスが入らなくなったんだって」
「なるほど……では、さらに太ったと誤解させるようなことをすればいいのね。ドレスのウエストをさらに絞めてしまうとか」
僕が紹介したお菓子を上品食べながら、彼女は真剣な顔で思案する。でもね、残念ながらその案はダメだと思うよ?
「ルルーシェ、お裁縫得意だっけ?」
「……他の弱点に何か心当たりないの?」
……うん、切り替えが早くて要領がいい所も好きだよ。
仕方ない。僕も真剣に母上に悪戯しても対して怒られなさそうなことを考えていると――ルルーシェがじっとこちらを見てくる。な、何? そんなに見られると照れるんだけど。
「ど、どうしたの?」
「ザフィルド殿下って食べ方綺麗よね」
「ル、ルルーシェほどじゃないと思うけど」
ルルーシェほどマナーの勉強をさせられているわけじゃないけど、これでも僕も王子だ。二番目だけど。でも二番目とて、人前で食事をする機会はそれなりに多いから、普通に教師や母上に教え込まれている。
そんな僕の頭から足先まで見て、ルルーシェは「そうだ!」と両手を打った。
「ねぇ、ザフィルド殿下! ちょっとわたくしのドレスを着てみない?」
「はあっ⁉」
――どうしてこうなったんだ⁉
と後悔したときにはもう遅い。どうして彼女はドレスの着付けやカツラの付け方までマスターしてしまっているのか。
「あら。いざという時にメイドの手を借りなくても身なりは整えられないと。このくらい令嬢の嗜みよ?」
うーん……あまり聞いたことない話だなぁ。
ともあれ、僕の身体の線が細いことが災いして、ルルーシェのドレスが入ってしまう。そしてどうして王城のメイドたちよ。ルルーシェのお願いにニヤニヤしながら黒髪のカツラを持ってこないでくれ……。
やすやすと装着させたルルーシェは、僕の肩に顔を寄せてニコリと笑う。
「可愛いよ、ザフィルドちゃん♡」
普段よりラフなドレスを着た距離の近いルルーシェに心臓が痛いけど……その褒め言葉はまったく嬉しくない。だけど、やれやれと嘆息した時にさらなる悲劇が起こった。
「さて、今度はわたくしの番ね!」
ルルーシェが堂々とその元のドレスの下に着ていたワンピースを脱ぎだして――ふっくらとした
「ぎゃああああああああああああああ」
僕の悲鳴が王城内に響き渡る。
その後――僕の悲鳴のため、衣服を交換して母上を驚かそう大作戦は呆気なくバレて。二人揃って母上から三時間の説教を受けたのち、ルルーシェは僕に文句を言った。
「もうっ。乙女の下着姿に『ぎゃあ』はひどいわ! というより、今更でしょ。わたくしずっとアンダードレス姿だったよ? そんな変わりないじゃない‼」
まあ、叫んだのは申し訳なかったけど……知らないよ。女の子のアンダードレスかワンピースかの違いなんて。でも言い返すとルルーシェから倍返し食らうことがわかっていたから、僕はむくれるだけに留める。
それなのに――気がつけば、彼女がケラケラと笑っていた。
「ふふっ。今日は楽しかったね! また今度再挑戦しよう!」
「え、やだよ」
その顔はとても可愛いけれど……もう夕方。僕はもう疲れたよ……。窓の外を見やれば、未だ中庭で兄上は剣の師匠と対峙している。師匠はもう勘弁って感じだな。兄上だけが「まだまだ~!」とへっぴり腰のまま突進しているらしい……あ、転んだ。
うんざりして、僕は訊いてしまう。
「ねぇ、ルルーシェ。こんなこと家でいつもしているの?」
「こんなことって、ドレス取り替えたりだとか?」
「そうそう。悪戯的なこと」
「んー、それもルーファスがもう少し大きくなったらやってみたいなぁと思っているけど――」
哀れルーファス君。その時は、僕が先輩として慰めてあげよう。
そんな僕の同情を知らないルルーシェは、指折り数えていた。
「むしゃくしゃした時に……寝ているお父様の髪の毛を何本か抜いてみたり、お母様の隠しているお菓子を盗み食べてみたり、赤ちゃん返りしたふりをしてルーファスの玩具で遊んでみたり、メイドさんたちのフリしてお掃除やお洗濯を手伝ってみたりはしたことあるかな! あ、そうそう。こないだ木に登ろうとしてみたんだけど、あれって難しいのね! ザフィルド殿下はコツとかご存知?」
「ごめん……木登りはしたことない、かな……」
うわぁ。思ってた以上にやんちゃしてるなぁ……。
知らざるルルーシェの秘密を聞いてしまい――僕はさらに訊いてしまう。
「……ねぇ。そういう癖のこと、兄上は知ってるの?」
「あ、絶対にサザンジール殿下には言わないでね! あのひとはわたくしの婚約者なんだから。嫌われたら大変でしょ?」
「なにそれ?」
本当……なにそれ。兄上には嫌われたくないけど、僕には嫌われてもいいって?
それでもルルーシェは片目を閉じて、その桜色の口元に指を立てるから。
「だから、二人だけの秘密。内緒ね!」
「……しょうがないなぁ」
――結局、その二年後に兄上にも彼女のさらに過剰になった悪癖がバレてしまうんだけど。先に知ったのは、僕だから。確かに、この時だけは僕がルルーシェの一番。そう、僕だけは思っていたかったんだ。
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