閑話 元ペテン師の独白②

 だけど、そんな優越感はたった数年だけのことだった。


 その時僕らは十三歳。ルルーシェの社交界デビューが来月。僕のデビューが三ヶ月後に迫っていた頃のこと。ルルーシェはデビュー前の最終訓練ということで王城に泊まり込みに来ていた。その頃から、もう彼女は僕に対しても言葉遣いを崩すことはない。常に誰に対してもご令嬢言葉を徹底して、それに違和感なんか一つもなく――それが、僕は寂しくて。


 その二日目の朝、ルルーシェの悪癖が兄上にもバレて。「やっぱりルルーシェには母上の妃教育が負担なんだ!」と母上に抗議しに行っている時である。医術師が帰り、お見舞いと称して部屋をノックすると、


「不本意ですわっ!」


 僕が体調を案じる間もなく、彼女はぷりぷり怒っていた。話し方は令嬢言葉であったとしても、その表情は昔のまんまだ。


「わたくし頭がおかしいと思われましたの⁉ 酷いと思いませんか? そんなにわたくしが火の輪潜ったらダメなんですの⁉」

「あ……うん。危ないことは止めたほうがいいと思うよ?」

「だから基礎から練習していたんじゃないですかっ⁉」


 そういう問題じゃないと思うんだけど……。

 僕は苦笑しながら丸椅子を取り出してベッドの傍に腰を下ろす。


「なに? ルルーシェは兄上に曲芸を見せて喜んでもらいたかったの?」

「そうですよ。だってこないだの演目、サザンジール殿下はご覧になってないじゃないですか。とても勿体ないと思いまして」

「……それだけ?」

「あと、わたくしが体技に長けて損はないと思いましてよ? それこそ猛獣を使役できるようになればいざという時襲われても大丈夫ですし、城に火が放たれたとしても火の輪で慣れていれば逃げ延びることができるでしょう?」

「本当にルルーシェは何を目指しているの?」


 呆れた僕は嫌味のつもりで訊いたんだけど、彼女は言葉通りの返答を堂々宣う。


「この世に出来て損だということはございませんわ。身に付ける機会があるなら尽力することこそ、上に立つ者の責務では?」

「さすが未来の王妃様。志が立派すぎて、僕は感涙してしまいそうだよ」

「ふふっ。お褒めいただき光栄ですわ」


 完璧すぎる笑みを浮かべるルルーシェを見て、僕は悟る。

 あ、これは嫌味だとわかった上で僕を言い負かしてきたんだね。まったく……本当にルルーシェには敵わないな。


 だけど、そんな彼女の機嫌は僕を弄ぶだけでは直ってくれないらしい。


「それはそうと――本当にサザンジール殿下は失礼しちゃいますわ! 別に医師を呼ぶことはないじゃありませんか」

「それだけルルーシェのことが大事なんでしょ?」

「それは……そうかもしれませんけど」


 あっ、可愛い。ムッとしながらも、少し顔が赤くなった。何だよ――文句言いながらも、ルルーシェも満更じゃないんじゃん。……なんか、気に入らないな。


 ――少し意地悪しても、バチは当たらないよね?


「兄上からしたら……ルルーシェが頼りなさすぎるんじゃないの?」

「……え?」

「ただでさえ年下なのにさ、いっつも母上に怒られてばかりで……兄上もルルーシェのこと『妹』のように可愛がっているには違いないと思うけど。対等な立場だと思ってないから、過度な心配ばかりするんじゃないのかな?」

「妹……ですか……」


 彼女が黒々とした目を見開いている。そんなルルーシェに……僕は諭すように、敢えて優しく言葉を掛け続けた。


「でも、それも仕方ないのかもしれないけどね。なんたって兄上は僕らがお漏らししている頃から見てるんだから……ちょうど社交界デビューもするしさ、ちゃんと一人でも大丈夫って所を兄上に見せてみるとかどう? 兄上はルルーシェのためによく時間を使っているから、学校での成績も今ひとつのようだし。このままじゃ兄上のためにも――」

「それ以上は結構ですわ」


 ピシャリと僕の言葉を遮った彼女だが、決して怒っている様子ではない。ただ視線を下げて、何かを考え込んで。


「……申し訳ございません。少々ひとりで考え事をしたいので、少し席を外して貰っても?」

「あぁ……いいよ」


 そして僕は腰を上げる。

 うん、ゆっくり考えて――そしてちょっとくらい、仲違いするところを見せてよ。

 じゃなきゃ、不公平じゃないか。生まれてずっと一番の二人が、ずっと一緒に仲良くだなんて。それをずっと傍で見せられてきた僕は、君らを見ていることしかできないんだから。


 僕は真剣に思案している凛々しい横顔に小さく笑い――そっと扉を閉める。




 そして、僕は見たんだ。ルルーシェに「ひとりで大丈夫」と暗に距離を置こうという提案をされて、ショックを受けている兄上の背中を。


 それが想像以上に爽快で、快感で……僕は、どんどん調子づいていく。



 その一方、僕も社交界デビューをして慣れてきた頃から、僕個人にもお見合いの話も増え始めた。

 どうやら両親からすれば、面倒が起きがちな入学前までに婚約者を決めておきたいらしい。まぁ、晩餐会の度に僕が『女友達』を増やしていくからね。さぞかし心配になったのだろう。


 そのお見合い筆頭候補に選ばれたのが、ララァ=ファブル公爵令嬢だ。ルルーシェと同じ公爵家なら、角が立たないということだろう。国外からではなく国内の令嬢を選ぶのは、エルクアージュ家がある意味他国との和平のためだから、バランスを取って……ということだろうね。俗に言う二大勢力である国外派代表のルルーシェと、国内派代表のララァ嬢。うん、我が両親ながら堅実でいいと思うよ。


 ……まぁ、ララァ嬢なんてルルーシェと比べたら存在が格下すぎて嫌なんだけど。


「どうしてそんなに嫌がるんだ。ララァ嬢の何が嫌なんだ?」


 父上の質問に、僕はだんまりを決め込む。

 だって僕とそっくりだから。あの子、だいぶ腹黒いでしょう。こないだも婚約者持ちの格下令嬢をイジメて悦に浸ってたよ。それを見かねたルルーシェは、卒なくその矛先を自分に向けた挙げ句あっさりあしらってたっけ?


 本当、醜さが僕にそっくりだ。欲しい物があるからと羨むだけ羨んで、やることはただの八つ当たり。正々堂々と寄越せと勝負を挑むわけでもなく、裏でコソコソ嫌がらせするために嘘をつく。本当……なんてペテン師だ。


 だから、今日もペテン師は嘘をつく。

 

「ララァ嬢が嫌なわけではありません。ただ、もっと他の女性を知りたいだけです」

「……若いうちに遊んでおきたいと?」

「ははっ。そうとられてしまっても仕方ないかも知れませんが……世の中は男性と女性しかいません。それなのに、それこそ兄上は女性を母上とルルーシェしか知らない。だったら、将来兄上を支える僕はもっと多くの女性の思考に触れ、幅広い見識を得る必要があると思ったんです。民は男ばかりではないんですから」

「……相変わらず、口先だけは立派だな」


 おや、父上にはバレてますか。でも、一理あるのは事実でしょう?

 僕は国王陛下父上に向かって恭しく頭を垂れる。


「このザフィルド=ルイス=ラピシェンタ、お約束しましょう――必ずや、学校を卒業後には伴侶を決めると。だからそれまでは、どうか見識を深める機会をくださいませ」


 だって僕らが卒業したら――ルルーシェは正式に兄上と婚姻を結んでしまうからね。そうしたら、さすがに僕の淡い初恋もお終いだから。その後はきっと、隣にルルーシェじゃない女性を置きながら、幸せそうな二人を見ているだけの空虚な日々を過ごすんだ。


 そんな僕に、父上もため息をつく。


「わかった――だが、問題ごとは起こすなよ。ただでさえお前に無駄に熱をあげている令嬢が日に日に増えているんだから」

「はい、気をつけます」


 まぁ、そんなことを言いながらも。僕はルルーシェだけを視界に入れながら、他の女の子を口説いていくわけだけど。

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