みんなで楽しく遊びましょう③
――あと6日。
昨日も特に何事もなくいじめられまして。
今日も順調に過ごしておりました。サザンジール殿下との勉強会も、今朝で終わり。さすがに直前は自分で復習した方が効率が良いということになったのです。まぁ、さすがにここまでしていただいて、不甲斐ない点数をとるわけにもいきませんし。今日は早めに家に帰って、おとなしく勉強をすることにしましょう。
――と、思っていたのだけど。
「困りましたわね……」
わたくしは薄暗い密室の中で、途方に暮れております。
閉じ込められてしまいました。授業後に先生に荷物を運ぶよう頼まれましたの。そんな重い物でもありませんでしたし、ここで「公爵家のわたくしに所用を頼むのですか⁉︎」などと恥ずかしい事言う趣味もございません。いち学生として、簡単なお手伝いをしただけなのですけど……それが間違いでしたわね。
ちなみに同じクラスのザフィルド殿下だが、授業が終わり次第慌てて帰宅している。サザンジール殿下共々公務が滞っているらしい。まぁ、あれだけわたくしの追試対策に勤しんでいただきましたからね……。それでも、できるだけ付きっきりでそばに居てくださいました。サザンジール殿下も授業以外はレミーエ嬢と一緒にいらしたようですわ。おふたりとも、しっかりと盾役となってくださいまして……わたくしとしては、少々刺激が足りなかったんですけどね。
しかし下宿中でも公務が回されるとは……国王陛下もスパルタですわね。それだけお二人に期待しているという現れなのでしょう。
他にわたくしを助けてくれそうなひと……。
そうですわね……今いる用具倉庫は学校の裏手にありますし、わざわざ用事のある生徒はいないでしょう。部活道具は各々他の倉庫ですしね。本日この倉庫を利用する方の見当はつきません。
あと警邏の方ですが。わたくしでしたら買収して、本日ここらを警邏させません。そのくらいの知恵は働いてほしいものですわね。
なので――、
「うん。手詰まりですわ」
このまま一晩はこの場所で過ごすことになりそう。
寒いですわね。このまま帰ろうと鞄は持っていたのが幸いですが……うーん。ろくな物はございませんわ。教科書と筆記用具。あと手鏡と……ふふ。教科書を破いて火でも起こしてみますか? 暖を取れますし、万が一火事になったら、さすがに誰か見に来てくれるでしょう。上の方の通気口から僅かに光が漏れてますし、鏡を利用して――。
などと小一時間試してみますが、火なんかてんで起こせず。玄人さんはこのような道具だけで火を起こせるらしいですけどね。なかなか上手くいきませんわ。
そうこうしているうちに、日が暮れてしまいました。ますます真っ暗。勉強しようにもほとんど見えませんし……明日に備えて寝るしかありませんわね。
「ただ、また風邪を引いてしまいそうね……」
何か暖を取れる物は……と藁にもすがる思いで鞄を漁ってみますと。
「あら。可愛らしいお友達がいましたわ」
そういや、ずっと返しそびれていましたわね。
これを出したら、また婚約破棄を告げた日のことを思い出してしまいそうで。それでまた、気まずくなるのが怖くて。
ずっと持ち歩いていた不恰好なうさぎのぬいぐるみの鼻をつんっと突いてから、わたくしはぎゅっと抱きしめる。
「一緒に寝てくれますか?」
わたくしは鞄を枕に、寝転んで。
小さなお友達は、わたくしの頬にぬくもりを与えてくれる。
でもね、わたくしは元より寂しくはありませんでしたの。だって――。
『――というわけでびっくりでしたわよ』
『いや『びっくりでしたわよ』じゃないよねぇ⁉︎ 閉じ込められたんだよ! 軟禁? 監禁? 幽閉? とにかくもっと怖がろうよ⁉︎』
『今日も声真似がお上手ですわね』
わたくしがパチパチと賛辞を送っても、神様はまるで聞いてくれない。それどころか、どこからともなく毛布を取り出しては椅子に座るわたくしに巻き付け、慌ててあつあつの紅茶を淹れてくださる。
夢の世界は熱くも寒くもないのだけど……これ、意味はあるのかしら?
それでも気持ちは嬉しいから。ありがたく紅茶に口をつけるけど。ジンジャーの香りがピリピリと心地良いわ。わたくしは思わず微笑む。
『だって、夢でこうして神様に会えるのですよ?』
『え?』
『それがわかっているのに、寂しがる必要はございませんわね』
神様が急に動きを止めた。あら、お顔が真っ赤ですわよ? まあ、紅茶が美味しいからしずしず飲んでいるフリをしてあげますけど。
あっという間に飲み干してしまったので『おかわりをいただいても?』と首を傾げれば、神様は気を取り直して二杯目を注いでくださる。
だけど、相変わらず心配は続くらしい。
『てかさ、明日は朝一で追試なんじゃないの⁉︎ どーするの、それまでに出られなかったら』
『あ、シナモンスティックはございまして? あと蜂蜜も欲しいですわ』
『あるけどさぁ‼︎』
これまたドンッと置かれた蜂蜜をカップに注ぎ、いつの間にかソーサーに備え付けられている茶色いスティックでそっと混ぜる。そして優雅に香りと甘みを楽しんでいると、神様が大きな嘆息をしながら対面の椅子に座った。
『……嘘つき』
『あら、何がですの?』
本当に嘘吐きと言われる心当たりはございませんわ。小首を傾げれば、神様は横を向きながら頬杖をつく。
『寂しくなかったのは、その子がいたからでしよ?』
その子……該当するといえば、机の上に置いてあるぬいぐるみのことかしら。
サザンジール殿下の落とした不細工なぬいぐるみである。縫直しすらぐちゃぐちゃの、良く言えば手作り感満載の子ですわ。
こんなの……と逡巡してから、わたくしは敢えてその子を抱きしめる。
『嫉妬ですの?』
『違うから! もう、どうしてきみは……嫉妬されたいの⁉』
『されたいですわ』
『え?』
しれっと応えて見せると、地団駄を踏んでいた神様がピタッと止まる。
……これを繰り返すのも面白いんですけどね、気になることがございますの。
『しかし神様。さすがに物に嫉妬とは可愛すぎるのではなくて?』
『だから嫉妬してないってば』
『今の論点はそこではありません』
わたくしが目を細めてみせれば、なにやら『きみが言い出したんじゃないか』とかぶつくさ呟いておりますけども。そのまま見つめていれば、諦めたようにこちらを向いてくださる。
『だって、それはきみの大切な思い出の品だろう?』
『サザンジール殿下の忘れ物ですわよ?』
『だから、きみが小さい頃にプレゼントしたものだろう?』
……え?
わたくしはそのまま神様を見ることしかできなくて。
何かにつままれたような顔をする神様は――あぁ、この方。金色の瞳をしてましたのね。一番星のようで、本当に綺麗で。だけど見惚れる余裕を、彼はくださらなかった。
『え、覚えてないの?』
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