みんなで楽しく遊びましょう④

 覚えてないのか、と問われて――記憶を辿る。


 わたくしがこんな不格好なものを……? いや、作った可能性は否定できませんわ。だって本当に裁縫や刺繍だけはあの王妃様にも匙を投げられたんですもの。もう『針で指を刺さなくなれば十分なのでは』って。まぁ裁縫スキルがなくても王妃にはなれよう! となりましたの。


 ともあれ、そんなわたくしがぬいぐるみを殿下にお贈りするかしら?

 思案していると、神様がため息を吐く。


『まさか……本当に覚えてないの?』

『まったく記憶にございませんわ』

『まぁ、きみはあげたっていう感覚がないのかもしれないけど』


 どういうことですの? と視線で訴えていると、神様は言った。


『きみが五つの時かな。きみが兄王子にその子を捨てておくように頼んだんだよ』

『わたくしが? 殿下に? そんな真似わたくしが――』


 そう、だって相手は年上の王太子殿下。いくら婚約者とて、いち公爵令嬢がそんな顎で使うような真似を――、


『してたかもしれませんわね』

『うん。めっちゃしてたね。今なんか可愛いものじゃないかな』


 些細な心当たりを大いに肯定されてしまうと……さすがに笑って誤魔化すしかできませんわ。

 今はこうして我慢強いですけど、小さい頃は年相応に癇癪は起こしていたようですから。思うように作れず、様子を見に来てくれた殿下に『これ捨てといてくれます⁉』と言っていたとて、不思議ではないのかもしれない。


『誰の今が我慢強いって?』

『こ、心を読むのは破廉恥ですわよ』

『なんか今は読み時だと思ってさ』


 あら、神様。もしかして、わたくしの弱味を握れたと調子に乗っているんですの? それならそうとて、わたくしにも考えがありましてよ。


『……えっち』

『べっ、別に裸を見たわけじゃないだろう⁉』


 もうっ。わたくしが上目遣いで口を尖らせば、すぐに顔を赤くするんですから。このくらいで動じてしまうんですから、わたくしをからかおうなんて百年早いですわ。


 まぁ、お仕置きはこれくらいにして。

 わたくしはしれっと話を戻す。


『しかし、そんなわたくしがゴミ扱いしたのを、どうして今も殿下は……』

『さあ? 本人に聞いてみれば?』


 だけど、神様は急にそっぽを向く。

 まったく……急にプイッとしないでもらいたいものだわ。


『……わたくしにやり返されたからって、急に機嫌悪くならないでもらえます?』

『機嫌なんか悪くなってないってば。ただ、きみを甘やかしてばかりは良くないかなって思っただけで』

『まあ。いつから神様はそんな偉そうになりましたの?』

『最初から偉いでしょ! 自分、神様っ‼』

 

 ……そう言えばそうでしたわね。あまりの親しみやすさに、つい忘れてしまいがちになりますけども。

 でもね、わたくしはそんな神様が――まぁ、今はそれどころではございませんわね。

 その前にやるべきことがありますから。


 わたくしはテーブルの上に置いたぬいぐるみをツンツンと弄ぶ。


『これ……このまま捨てちゃダメですかね?』

『好きにしたらいいんじゃないかな』

『あら、まだ機嫌が悪いんですの?』


 わたくしはおちょくるように告げたのに、見上げた神様の顔は真面目だった。


『あと数日で死ぬ自分の痕跡を残したくないってことでしょ? そんなの、人がとやかく言うことじゃないからね』

『……わたくしはただ、昔の恥を消し去りたいだけですわよ』

『ま、そういうことでもいいけどさ』


 そして、神様は『さぁ、そろそろ時間だよ』と席を立つ。あぁ――名残惜しいですが、今日はここまでですわね。わたくしは現実でまだまだやるべきことがございますから。


『追試、頑張ってね』

『勿論ですわ!』


 白い世界に光が差す。

 誰かがわたくしを呼ぶ声がする。ルルーシェ。ルルーシェ。

 わたくしはあと何回「ルルーシェ」と呼んでもらうことができるのだろう。




 ――あと5日。


「ルルーシェ! ルルーシェ……‼」


 ぼんやりと眼を開けば、閉ざされたはずの扉からまばゆい光が差し込んでいた。

 その朝日を後光にした『金王子』はとにかく眩しく。わたくしはゆるく目を細める。


「あぁ……おはようございます。サザンジール殿下」

「あぁ、おはよう! こんな時まできみは律儀だな⁉」

「ふふ、挨拶は全ての基本ですからね」


 サザンジール殿下は、わたくしの背中を支えてくださっていて。そっと姿勢を正して、わたくしは訊く。


「助けてくださりありがとうございました。さっそくですが、今は何時ですの? まだ追試は間に合いまして?」

「追試なら今から行けば間に合うが、その前に医師に身体を――」

「それなら心配ありませんわ。わたくしはまだ死ぬ日ではございませんので」

「そ、そんな冗談を言っている場合では……⁉」


 冗談でも何でもありませんわ。ただの事実ですもの。

 わたくしはさっと立ち上がり、一通り身体を動かしてみる。……うん、固くて寒い所で寝たから節々は痛いけど、たっぷり睡眠を取って頭は冴えてますわ。何も支障はありませんわね。


「それでは、追試がありますのでひとまずこれで。お礼はあとにさせてくださいまし」


 いくら勉強したとて、追試に出ないことには始まらない。

 わたくしは足早に向かおうとするも、その腕を引かれてしまう。


「ま、待ってくれ。これ、ルルーシェが持っていたのか?」


 彼が見せてくるのは、あの桃色のうさぎだ。わたくしが一晩一緒に過ごした子。やっぱり、見目麗しい王太子殿下には不釣り合いだわ。それなのに、殿下は大切そうに不細工なその子を掴んでいるから。


 わたくしは思わず視線を逸らす。


「お見舞いに来ていただいた日に、落としていかれましたの。お返しが遅くなったのは申し訳ありませんが……そんなもの、早々に捨てて結構ですのよ?」

「す、捨てるもんか! ルルーシェが一生懸命作ったものなんだから!」

「ですが、そんな不細工なものはゴミも同然――」

「俺の宝物だ! いくらルルーシェだろうと聞き捨てならないぞっ‼」


 ……そんな怒ることですか? 作った張本人がゴミと言っているんだから、ゴミに決まっているでしょうに。それでも開門の鐘は鳴ってしまうから。追試の開始時刻は待ってくれない。


 わたくしは一晩手入れをしていない少し湿った黒髪を翻す。


「そこまで言うなら勝手にしてください。わたくしは行きますから」

「あぁ……追試、頑張れよ」


 背中から、裏切れない声を掛けられて。わたくしは口角を上げる。


「殿下の顔に泥は塗りませんわ」

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