みんなで楽しく遊びましょう②
――あと8日。
制服は諦めて新しいのを買い直しました。せっかくいただいたお下がりも、泥だらけで汚れが落ちそうにありませんでしたからね。せっかく節約しようとしましたのに……なかなか上手くいきませんわね。
でも、追試まで失敗するわけにはいきませんわ。あと3日ですわね。
勉強もラストスパート。朝のサザンジール殿下の指導にも熱が入っておりましたわ。
でも殿下、
「ルルーシェさえ良ければ、学校を休んで俺らの屋敷で追試まで過ごさないか? 授業分の勉強も俺が教えるし……足りないというのなら、家庭教師も用意しよう」
「謹んでお断りいたしますわ」
わたくしがいじめに遭わないように隔離しようなんて、余計なお世話ですわ。
それでも、殿下は諦めない。
「だが、ルルーシェは昨日もいじめ――」
「わたくしの楽しみを邪魔しないでくださいまし」
「たの、しみ……」
「えぇ、楽しみですわ!」
ほら、見てください。差し入れ係のザフィルド殿下は「やっぱり」と嘆息を吐かれております。まだわたくしのことを理解してくださっているようですよ?
どうしてもの場合は逃げるのも大事だと思いますが……どうして被害者が立ち退かないといけないのでしょう? 場所を譲るのは加害者であるべきではなくて?
――と、教室に向かいながらザフィルド殿下に説いていると。
教室のわたくしの席の上には、綺麗なお花が飾られていた。小さな花弁でたくさん縁取られた白い花。あぁ――たしかこれは、東方の『シラギク』という花だったかしら? 人生の最期を彩ってくれる花……と教えてくれたのは、誰だったでしょう?
わたくしがその親切な方を見やれば、彼女らはくすくすと笑っている。
ザフィルド殿下は顔をしかめていた。
「ルルーシェ、これは?」
「あぁ……親切な方からの贈り物ですかね?」
わたくしは花瓶から一輪取り出し、髪に差す。
「似合いますか?」
目を細めたままのザフィルド殿下は賛辞をくれないけれど。
窓にうっすら映る自身を見やれば、その花は黒髪にとても映えていた。
ですが、残念ながら小さな机ですから。授業中、花瓶は退けさせていただきましたわ。
いつも通り授業を受けたあとは、久々の剣術の訓練です。珍しくザフィルド殿下からお誘いいただけましたの! でも剣を握る時間はほとんどなく、受け身の復習や相手に掴まれた時の対処法を教えていただきましたわ。最終的には股か顔をぶち抜け、ですって。ふふ、物騒ですわね。
そんな楽しい時間を過ごし、再び教室に戻ります。
さて、次の授業は――と鞄に手を入れますと。
「きゃあっ」
「ルルーシェ⁉」
カソコソと手を這う触感に慌てて手を引き抜けば、そこには親指の爪サイズの茶色い生物。いえ……鈍色、と称すべきでしょうか。細い手足が何本でしょう? 手の周りをぐるぐると動いてしまうので、数えられませんわ。
自席に座ろうとしていたザフィルド殿下が決死の表情で様子を見に来てくださったので、虫這う手を掲げます。
「ねぇ、殿下。この虫はなんていうんですの?」
「ぎゃ、ぎゃああああああああああああああ⁉」
まあ! 殿下の絶叫の方が驚いてしまいましたわ!
虫も手から落ちて、床をカサカサと走っていってしまいました。
殿下はへっぴり腰ながらも、わたくしの心配をしてくださっているようです。
「ルル、ルル……シェ、そ、それは……」
「だから何の虫かわかりませんの……あ、鞄にまだまだいらっしゃいますわね?」
わたくしが鞄をひっくり返せば、ザフィルド殿下を筆頭に教室中に絶叫がこだまする。さっきの鈍色の虫に……あ、このニョロニョロしたのはミミズですわ! 畑にたくさんいると、良い土の証拠になるそうです。アルジャーク男爵が教えてくださいました。他にも蜘蛛やらたくさん……よくもこんなに集めたなぁ、と関心してしまいますわね。
じろじろと観察してますと、袖を掴まれる。
「ル、ルル……ルルル……」
涙ぐんでいる瞳の震える指先から察するに、逃げようと言いたいのでしょう。
だけど……こうもクラスメイトの大半が教室から逃げてしまった手前、誰かが片付けないと授業が始められないでしょう?
「農作業で虫には慣れておりますから、ここはお任せください!」
「ルル~~ッ⁉」
ふふっ。それにしても知りませんでしたわ。
ザフィルド殿下、虫が苦手でしたのね? やはり生きていると、毎日面白い発見がたくさんですわ。そのことが嬉しく……少しだけ寂しくあるのが、唯一の心残りね。
「――そんなに苦手なら、手伝ってくださらなくても良かったのに」
「いや……そういうわけにはいかないでしょ……」
教室中に広まった虫たちと鬼ごっこして、無事に校舎裏へ解放できた時には、とっくに授業開始の鐘が鳴ってしまっていた。教室も一度掃除夫が徹底的に清掃することになり、不幸にも午後の授業は中止となってしまいました。虫の追い出しも掃除夫にしてもらう案も提示されたんですけどね。それじゃあ……ねぇ? クラスメイトの皆様の善意にお応えできないじゃないですか。
まあ、そんなこんなで空き時間ができましたので。ここぞとばかりに剣術の続きを訓練してもらいたいのですけど……こんな青白い顔をしている殿下にお願いできませんわ。さすがにカフェテリアで休憩です。クラスメイトの大半は、皆で遊びに出かけたようです。「ルルーシェ様は追試の勉強頑張ってくださいね」と声を掛けられましたの。応援してくださるなんて、本当お優しいですわ……本当にね。
とりあえずひと休憩。わたくしは運ばれてきた冷たいダージリンティーに口を付けて――止まった。向かいに座る殿下を見やれば、彼はアイスカフェオレを飲もうとしている。だけど、わたくしの視線に気がついてくれたみたい。
「ん? どうかした?」
「あ、飲まない方がいいかと思いまして」
「どうして?」
「変な味がする気がします」
白葡萄のような風味に、雑味があるような気がして。
わたくしが小声で告げれば、殿下が無理やりグラスを奪ってくる。
「……貸して」
言うのが早いか、彼は少量を口に含み、咀嚼するように味わってからナプキンに吐き出した。
「軽い痺れ毒だね。一口なら問題ないと思うけど……大丈夫? 気持ち悪いとか手が痺れるとか出てない?」
「今の所大丈夫ですわ。殿下も大丈夫ですの?」
「あぁ。僕は毒に慣れているからね」
その発言に一瞬慄くものの……そうか、と思い出す。
サザンジール殿下も昔話していたわ。小さい頃に、敢えて毒を飲まされる習慣があったと。それこそいつ命を狙われるかわからないから、習慣的に軽い毒を摂取して耐性を付けられているらしい。そのため、必然的に毒に詳しくなるという。
そんな悲しい宿命を――わたくしは敢えて鼻で笑っておく。
「あら、なんか王族っぽいですわね」
「あぁ。残念ながら、これでも王族なんだよ」
一応ね、とザフィルド殿下もわざとらしく笑って。
だけどすぐに表情を引き締め、声を潜められた。
「どうする? 従業員全員呼び出して問いただそうか?」
「いえ、結構ですわ。下手なことして、過去の王子様の悪戯が明るみに出るのも面倒ですし」
「王子はちゃんと何重にも人手を使ってたから、そうそう尻尾は出ないはずだよ?」
「あら。直筆のお手紙をくださる方だから、もっと律儀な方だと思ってましたのに」
わたくしがあっけらかんと言いのけると、ザフィルド殿下は苦笑する。そして自身のカフェオレを口に含んでから「こっちは大丈夫」とそちらを差し出してくれた。
「本当……ツメが甘いよね。ただ、構ってもらいたかっただけなのかも」
「え?」
お礼の代わりに出るのは疑問符だ。それでも殿下はテーブルに頬杖をついて。襟足を弄びながら見つめる先は、どこでもない。
「好きな人にさ、頼られるでも、罵られるんでも……ただの義理の関係から抜け出せるなら、それで良かったのかも」
「…………」
わたくしは何も言うことができず、いただいたカフェオレを飲む。シロップが入れられていないせいか、口の中には想像以上の苦味が広がって。
殿下はそれに気がついたのか、テーブルに備え付けられているシロップを指先に垂らして確認してから、カフェオレに入れてくれた。
「それで……この事態をどうやって解決するつもりなの? 手立ては考えてあるんでしょう?」
「あぁ……それなら普通に毎晩、面白おかしくお父様にお話してますよ」
「あぁ、父親から正式に抗議してもらうわけか」
なんですか、その物言いは。「真っ当だね」と拍子抜けしているようにお見受けできるのですが? ご安心ください。期待には応えますよ?
「あ、そうそう、
「あー、頼まれた通り準備しているけど……でも早くても明後日になると思うよ?」
「追試の当日ですか」
「……まぁ、試験あとのリフレッシュ、てことじゃダメかな?」
なるほど――つまり、それまでお父様が動かないよう調整すればいいのね、と頭の中で計算しながら。
わたくしは「楽しみにしてますわね」と笑顔を作る。
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