立場が代わりましたわね①

 ――あと20日。


『本当に明日から登校するの?』

『勿論ですわ!』


 風邪も完璧に治った。むしろ寝すぎて身体がだるいくらい。

 健康なのに学校を休むなんて言語道断である。


 だから神様からの問いかけに即答すると、彼は思いっきり眉根を寄せた。


『もうさ……誰にも会うのをやめたら?』

『あら。独占欲ってやつですの?』


 今宵も夢に持参したとっておきの紅茶を片手にニヤニヤすれば、神様は端なくもカチャンッとカップを鳴らしてテーブルに置く。あらやだわ。せっかくの紅茶がテーブルクロスに撥ねてしまったじゃない。夢にメイドさんもいませんし、今度はハンカチも持参しませんとね、などと考えていると、神様がわなわな震えている。


『どうしまして? もしや、神様に病がうつってしまいましたか?』

『い、いや。神は病気にならないから。その心配はない』

『そうですの。ずっと健康でいられるなんて羨ましいですわ!』


 あらあら。わたくしはにこにこと雑談を楽しんでいますのに、神様は今日も深い溜め息を吐かれます。とても美形の方ですから、その御姿も絵になりますけれど……それでも、どうせなら他のお顔が見たいですわね。そういえば、笑った顔をほとんど見たことない気がします。


 うーん……どうしたら笑ってくださるのでしょう?

 そんなわたくしの悩みをよそに、神様は自身でポットから紅茶を注ぎ、一気に飲み干す。


『話が逸れたけどさあ! 本当、きみを自由にしておくと何しでかすかわからないんだよ! 何なの? なんで今さら婚約破棄を自分から申し出るの⁉ 弟王子といちゃらぶするわけでもないしさー! 何がしたい、本当にきみが何がしたいの⁉』

『そんなの、決まっているじゃない』


 わたくしも紅茶を最後まで飲んで、優雅に微笑む。


『全ては美しく死ぬためですわ』




 ――あと19日。


 人生は予想外の連続だ。


「ルルーシェ=エルクアージュ! この俺と結婚してくださいっ‼」


 全校生徒の皆様。この今日のサザンジール殿下の朝の挨拶を予想できた方はいらっしゃいますでしょうか? わたくしは完全に予測できませんでした。


 勿論殿下も制服姿なのですが……その手には、学校で絶対に不必要な真っ赤な薔薇の花束。さすが『金王子』。片膝をつく御姿は見惚れてしまうほど美しいですわ。……少々お顔に青黒い痕がございますけど。一週間では治りませんでしたのね。痛々しいですわ。

 それはそうとて、ここは学校です。校門から数歩入ったメイン通りのど真ん中。しかも朝のホームルームが始まる数分前でございます。校舎の内外、生徒教師問わず、大勢の注目を集めていますわ。誰がどう考えても求婚するタイミングではありませんわね?


 ――聞かなかったことにしましょう。


 その隣をすんっと通り過ぎると、そこにはひとりの令嬢が控えていた。

 目の前の光景を笑うわけでもなく、完璧な微笑を携えたまま立派なお辞儀カーテシーをしてくださる。……礼儀には、礼儀を。わたくしも笑みを作り、そのふんわりとした珊瑚色の髪が可愛らしい御令嬢へお辞儀カーテシーを返した。


「おはようございます、レミーエさん。今日はいい天気ですわね」

「おはようございます、ルルーシェ様。元気そうな御姿を拝見できて、とても嬉しゅうございます」

「あら、丁寧な快気祝いをどうもありがとう。良ければ、教室の近くまで一緒に行きませんこと?」


 わたくしのささやかなお誘いに、彼女は一瞬目をぱちくりさせる。

 そう――立派なお辞儀カーテシーでしたわよ。わたくしの『アン』クラスの令嬢と比べても遜色ないくらいに。合格の意味がきっと伝わったのだろう。彼女の表情がぱあっと華やぐ。


 その笑顔は――きっと将来、多くの民に幸せを届けてくれるのでしょうね。


「本当ですか! ありがたくご同行させていただきます!」

「ふふっ、大袈裟ね」


 半歩後をついてくるレミーエ嬢に、わたくしは肩を撫で下ろして。

 小さく「ルルーシェ……?」と呼ぶ声など知りませんわ。場所を選ばないあなたが悪いのです。 


 気分良く、わたくしは友達令嬢と登校する。




 そして、その晩。


『わかった――きみは同性愛者だったんだね!』

『そういう趣向の方を否定するわけではありませんが、わたくしが性的に好むのは男性ですわよ』


 今日は趣向を凝らしてハーブティにしてみましたの。気分が落ち着く茶葉を選んでみましたわ。

 なのに……神様の気分は一向に鎮まってくれません。


『なら、どうして兄王子の求婚を無視して令嬢ちゃんと仲良くしたの⁉』

『あら。わたくしが休んでいる間に健気に自習して、あんな素敵な姿を見せてくれたのよ? 嬉しいじゃない?』

『それはそうかもしれないけど……で、どうするの。兄王子は?』

『わたくしの心を読めばすぐわかると思いますが』


 茶化すように片目を閉じれば、神様は半眼を返してくれる。


『それは嫌だって言ってたじゃないか』

『えぇ。なので、最期までちゃんと見ていてくださいね』


 そうにこりと微笑んでから……わたくしはハーブティを飲んで、ふと尋ねる。


『そういえば……神様は男性で宜しいですの?』

『……きみはどちらだと思ってたの?』

『わたくしがこの場であなたの服を剥がしてはならない方だと思ってましたわ』

『それ、どっちでもダメだよねぇ⁉ 特にダメな方だけど‼』


 そんなに男らしくないかなぁ、などぶつぶつと悩みだした様子の神様を見て、わたくしは小さく笑う。

 ……あぁ、良かったですわ。ハーブティのおかげで、わたくしの胸は和やかにあたたまる。

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