素敵な連休を満喫しますわ④

 安売りとて、レミーエ嬢は男爵家。対するホルス家は伯爵家。爵位は男爵より伯爵の方が上だ。ホルス君は次男なので、おそらく次期当主というわけではないだろう。それでも、もしレミーエ嬢がホルス君と結ばれることになれば、格上の家系に嫁ぐことになる。アルバン男爵家としては理想的な婚姻となるだろう。それを安売りなど表現するなど、以ての外だ。

 それを、レミーエ嬢もしっかり理解しているのでしょう。


「ホルスサマこのタビは十三サイのおタンジョウビおめでとうございますこのようなハナやかなパーティーにおヨビびいただきコウエイですワ」


 ねえ、レミーエ嬢。直前まで練習する心意気は買いますが、練習するまでの台詞ですか? それに堅いです。表情も発声も。

 わたくしの求める令嬢像までは遠いなぁと思いながらも、隣でブツブツと練習を繰り返すレミーエ嬢は見て見ぬふり。


 だけど、順調に挨拶といかなかった。

 必死なレミーエ嬢に不要に近づくドレスが見えて、わたくしはとっさにレミーエ嬢の腰を引く。そして身を挺して前に出た。


「ひゃっ⁉︎」


 悲鳴まで間抜けとは。

 お小言はあとに回すとして、わたくしは自身の被害を確認する。案の定、服にジュースがかかったくらい。安物を準備しておいて良かったわ。

 そんな安堵を胸に隠して、顔を上げれば。ふふっ。そうですよね? 主役に挨拶する直前にドレスを汚そうなんて――絶好のタイミングですものね?


「あら、レミーエさんにしては随分と優秀な従者を連れていらっしゃいますのね。可愛らしい方にエスコートされているようでしたから、てっきり子守しているのかと思ったんですけど」

「子供にお守りされてたんですのね?」


 くすくす。うふふふ。挨拶もせずにいきなり嫌味を飛ばしてくるのは、着飾った同級生だ。ララァ=ファブル公爵嬢とメディア=レメル伯爵嬢の仲良し二人組。いないわけがないと思っていたのよ。だってここはメディア嬢のお宅だもの。

 二人はこれまた同じようなドレスを着ていた。流行りの黄色のドレスね。二人とも淡い茶系の髪色をしてらっしゃるから、似合ってないとは言わないけれど。でも普通すぎてコメントに困るわ。


 まぁ、従者のわたくしが褒めてあげる筋合いはないのだけど。しかし、代わりに挨拶しなければならない方も、それどころではないらしい。


「はわ、わわわ、だい、大丈夫ですか⁉ 拭くもの、拭くもの……!」

「落ち着いてください、レミーエ様」


 わたくしが『スン』とレミーエ嬢を見つめれば、彼女は小さく震え上がり。若干ぎこちない様子で二人に向き合ってから、お辞儀カーテシーをする。


「ゴキゲンよう、ララァ様。メディア様。メディア様におかれましては、オトウトギミのおタンジョウビおめでとうございます。それでは、また」


 硬い硬い硬い。しかも別れ、早っ⁉ ドレスでもお天気でも何でもいいから世間話できないの? ……挨拶も抜きにジュースぶっかけてくるやつらより、何倍もマシですが。

 だけど案の定、そうそう二人の方が離してくれないらしい。


「お待ちになって? その可愛らしい従者さんにお詫びがしたいわ。お菓子はお好き? レミーエさんも一緒にいかが?」

「そのお菓子、わたくしの好物ですの。ぜひ召し上がって?」


 主役に挨拶するよりも前に菓子食えってわけですか? でも用意周到に小皿に乗せられた二枚のクッキーには、赤いジャムが乗せられている。一体何のジャムかしらね?


『さあ、どうぞ』


 公爵嬢と伯爵嬢。彼女たちからの『善意』を、いち男爵令嬢が無碍にはできない。

 レミーエ嬢もろくなものでないと察しているのでしょうね。小さく震えているわ。それでもわたくしをチラチラ見てから、固唾を呑んでクッキーに手を伸ばそう――とした時だった。会場がざわつく。


「俺が貰おう」


 横から伸びてきたスーツの腕は、迷うことなくクッキーを掴んだ。それはそのまま、とある美青年の口へ運ばれる。会場内で一層光を孕む金髪の下、サファイアブルーの瞳が一瞬揺らめいた。どんどんとこめかみや額に脂汗が出てくるが、表情自体は微動だにしない。彼は優美な笑みを浮かべて、令嬢らに礼を言う。


「いきなりすまなかったな。急いで来たものだから、腹が減ってしまっていた。それにしても随分個性的な味だ。レメル嬢の趣味なら、覚えておくことにしよう」

「あ、あ、あ……」


 第一王子サザンジール殿下の登場に、恐れおののく三人の令嬢。……もうひとりは誰か? 当然「はわはわ」動じているレミーエ嬢です。彼はそんな恋人に声をかける――よりも前に、わたくしの方を向いた。


「ところで、今宵は随分と変わったドレスを着ているんだな。それが今の流行りなのか?」

「……御機嫌よう、殿下。また挨拶をしてくださいませんのね?」


 広がるスカートはないけれど、ズボン姿でお辞儀カーテシーをするわたくしに、サザンジール殿下は苦笑した。


「すまない、ルルーシェ・・・・・


 そしてわたくしの名前を呼んで――『ひっ』と小さな悲鳴が二つ重なる。そちらにゆっくりと、わたくしは完璧な令嬢スマイルを向けた。


「殿下を注意しておきながら、わたくしも挨拶が遅れておりましたわ。御機嫌よう、ララァさん。メディアさん。可愛らしいとお褒めいただき光栄でしたわ。そうそう――慣れない服装で、わたくしも少々疲れておりまして。お言葉に甘えて、そちらの美味しそうなクッキーをいただいて宜しくて?」


 そしてお皿に手を伸ばそうとすると、とんでもない速さで下げられてしまった。「申し訳ございません」と小さな謝罪だけを残し、二人はそそくさと下がっていく。


 やれやれと息を吐いてまわりを見渡せば、やはり注目を集めていた。汗だくの第一王子が慌てて水の入ったグラスを飲み干していれば……そりゃあ、ね?

 彼はそんな視線を厭わず、赤い小さく舌を出している。


「かっら。あんな辛い物は始めて食べた」

「慣れないことをしようとするからですよ――ほら、レミーエさん。殿下の汗を拭いてさしあげて?」


 わたくしがジャケットの下からハンカチを取り出せば、レミーエ嬢が「私が?」と顔一面に疑問符を並べている。だって……わたくしは服が汚れていますからね。

 ハンカチを押し付けて、ひとり踵を返します。彼女の本当の王子様エスコート役が来たのだから、もうわたくしは不要でしょう? そもそもあのお二方を油断させて懲らしめるために、こんな格好していたのですし。わたくしの用もしまいです。


 だから立ち去りたいのに――なぜ、手を引かれるの?


「ルルーシェっ!」


 相手は、やはりサザンジール王太子殿下。彼は意地悪なクッキーを食べても平然と笑っていられるはずなのに、今は少し怒ったような、とても焦っているような、そんな形相をしていた。


「待ってくれ! きみに話したいことがやまほどあるんだ!」

「……ここはホルス様のお誕生日パーティですわ。わたくしはこんな服装なのでこの場でお暇します。代わりにお祝いの言葉を伝えておいてもらえませんか?」

「俺は、きみが出席するというからここに来た」

「お言葉ですが、いくら殿下といえど失礼かと」

「そんな男装で出席したきみが言えることか?」


 それはそうですわね。思わずわたくしは口元を隠す。


「えぇ――ですから、早々にお暇させていただきます」


 わたくしは執事がするような胸に手を当てた礼をして。

 今度こそ、足早にその場を去る。馬の尻尾のような黒髪を揺らして歩くのは、少しだけ気分が良くて、少しだけ後悔する。もっと顔を隠せる髪型にすればよかった。

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