素敵な連休を満喫しますわ③

 ――あと28日。


「はい、それでは復習よ。今日の晩餐会の主催は?」

「ルルーシェ様~。身支度中くらい勉強を――」

「晩餐会中にお勉強してもいいんですよ?」


 鏡越しでにっこり微笑むと、パステルグリーンのドレスを着たレミーエ嬢は、観念したように肩を落とす。


「レメル伯爵様です。次男ホルス様のお誕生日会という名目ですが、ホルス様の婚約者が決まっていないため、そのお相手を探すのが主目的だと思われます」

「ホルス様はおいくつ?」

「十三歳。私たちより二つ下で……来年の社交界デビュー前に婚約者を決めておきたい所かと」

「宜しい。そのために比較的年の近いあなたにもメディアさん経由で声が掛かったってことね。……表向きは」

「ルルーシェ様~。私、めっちゃ怖いんですけど⁉」


 まぁ、表向き正式な婚約者のいるわたくしにも急遽届いた招待状ですから。先日のお誘いを断ったことに関して、何かしらあると考えるのが必然でしょう。それにレミーエ嬢が関与しないわけがない。


 だけど、わたくしはにっこり微笑んだまま、整えていたレミーエ嬢の珊瑚色の髪を容赦なく引っ張る。


「わ・た・く・し。と・て・も・恐ろしい・で・す・わ」

「ワタクシ、トテモ、オソロシイ、です」

「まったく」


 それはそれ。これはこれ。

 ちょっとでも気が抜けると言葉が乱れるあなたの先行きがわたくしは恐ろしいのですが……ちょっとレミーエ嬢。どうしてわたくしをチラチラ見ているんですの?


「なんですか? 今日は今までの集大成を見せてもらうと前々から言っていたでしょう? そんなに余裕なのかしら?」

「い、いえ⁉ でも……ルルーシェ様は私の準備を手伝ってもらってばかりで……ルルーシェ様は準備しなくていいのかなぁ、と」

「えぇ。わたくしの準備はすぐに終わりますから――それよりも、きちんと殿下からのエスコートは断っているでしょうね?」

「え、あ、はい……ルルーシェ様がアテンド役を用意してくださるってそのまま伝えてしまったんですけど……大丈夫なんですか?」


 どうやら伯爵家次男のお誕生日会に、サザンジール殿下も顔を出すという。概ね、レミーエ嬢を心配してのことでしょうけど。

 わたくしは不敵に笑った。


「ご安心なさい。今のわたくしに、怖いものはありませんから」


 あと二十八日で死ぬ命ですし。

 わたくしは、レミーエ嬢のいつもふんわりした髪をきつく纏め上げる。さぁ、調子に乗っている可愛らしいご令嬢方を、ちょっと懲らしめに参りましょう。




「さぁ、レミーエ様。こちらに手を」

「はわわ」


 馬車から降りる手足が震えている。……まったく勘弁してくださいまし。これでは、どんなにわたくしが・・・・・華麗にエスコート・・・・・しても台無しですわ。

 仕方なしに、かろうじて馬車から降りたレミーエ嬢に耳打ちしてやる。


「そんな緊張なさらないで。今日のあなたは誰よりも美しい」

「はわわわわ⁉」


 おかしいわね。緊張を自信に変えてあげようとしたのだけど。

 未だに戸惑うレミーエ嬢はおいておいて……わたくしは周囲を見やる。星夜の綺麗なパーティに相応しい夜。外が冷えるせいもあって、屋敷の中から漏れ出る光がいっそう気持ちを華やかにしてくれるわ。十三歳少年の婚約者探しとあって、可愛らしい花が多いわね。次々と入場していく令嬢方のドレスの華々しさも相まって、綺羅びやかな夜を演出している。


 どうか、わたくしの最期の晩もこうあってほしいわね。

 ――まぁそんな願望はさておいて。わたくしはその人波の中を黒い燕尾服で歩く。当然、ふんわりとしたドレスに身を包んだレミーエ嬢の手を引きながら、だ。


 視線が集まるのは、わたくしが全身コーディネートしたレミーエ嬢のせい? それとも男装従者となったわたくしのせい?

 入場管理する執事たちも、二枚の招待状を見比べて戸惑ってる。


「ルルーシェ=エルクアージュ様、で宜しいですか?」

「えぇ。間違いないわ。この黒髪に覚えはなくて?」

「し、失礼しました……」


 わたくしが一括りした黒髪を見せれば、問題なく入場を許される。『異国の美姫』から受け継いだ黒髪も便利なものね。顔パスならず、髪パスだもの。


「はわわわわわわっ⁉」


 会場に入ると、ざわめきを一身に受けた。こうした場所で注目されるのは久々だわ。悪い気はしない。わたくしは、ですけど。


「あなた、社交界デビューは果たしているのでしょう?」

「しし、しがない男爵家と伝統ある公爵家を一緒にしないでくださいーっ」

「学校ではいつも注目の的じゃない」

「それはそれ、これはこれーっ」


 ……小声を維持しているだけで、褒めてあげなきゃならないのかしら?

 この根性なしがどうして殿下の隣に収まろうとしているのか――未だ謎に思いながらも、わたくしは彼女の腰を無理やり押して、会場を進ませる。いつまでも入り口で止まっているわけにもいかないわ。


「背筋を伸ばして。顎を引く」


 低い声で指示をすれば、即座に顔を引き締め従うレミーエ嬢。そう――あなたは極力話さなくていいの。黙っていれば綺麗なのだから。隣に小柄の従者を引き連れていれば、少しでもあなたが大きく見えるでしょう? まぁ、男装の目的はそれだけじゃないのだけど――。


「そこの見覚えのある馬の尻尾は誰かな?」


 そんな注目の場で、異質なわたくしたちに気安く声をかけてくる青年。彼は誰の許可もなく、わたくしの束ねた髪をついっと指先で弾いた。


 高貴に輝く銀髪の下に、ブルーサファイアの瞳をきらきらさせて。パーティスーツで着飾ってもどこかチャラついた様子を隠せてない第二王太子殿下ことザフィルド殿下。彼が口元を緩ませて近づいてきた。


 わたくしはスンと澄ましたままレミーエ嬢を肘で小突けば、彼女は慌ててドレスの裾を持つ。


「お、お声掛けいただき光栄です。ザフィルド殿下。同学年のレミーエ=アルバンでございます」

「え、あぁ……丁寧に挨拶ありがとう。今宵は一段と綺麗だね。大人っぽくてびっくりしたよ」


 反射的に褒め言葉が出るのは、さすが女慣れしている弟殿下。


 でも……ふふっ。そうでしょう? そうでしょう?

 よく言えば可愛らしい。悪くいえば童顔のレミーエ嬢。いきなりシンプルなドレスを着ても、着られてしまうのが目に見えていましたからね。ドレスは彼女の愛さしさを爽やかに引き立ててくれるような物を。代わりに髪をシンプルに纏めて、化粧もブラウン系で引き締める。そんな令嬢がわたくし仕込みの完璧なお辞儀カーテシーを披露したら――年相応の品と美しさを持った令嬢の出来上がり。


 話し始めが少しどもった点はあとで要指導だけど……まぁ、及第点をあげましょう。わたくしもザフィルド殿下がいると想定してませんでしたからね。


 ――と、そこを聞きたい所ですが。今日のわたくしは世話アテンド役だ。わたくしから王族の方に話しかけるなんてもってのほか。おとなしく下を向いていると、顔をあげたレミーエ嬢にザフィルド殿下が言う。


「隣の可憐な従者を紹介してもらっていいかな? 物凄く見覚えがあるんだ」

「えぇーと……今日、私のエスコートをしてくださるということで、その……」


 そうね。そういうアドリブはまだ早いわね。

 わたくしは顔をあげて、胸に手を当て一礼した。


「本日レミーエ様の世話役、ルルーシェ=エルクアージュでございます」

「うん、知ってる。だてに毎日の昼休みを君に捧げていないからね」


 ザフィルド殿下。口元を隠しているおつもりのようですが、笑い転げたい様子が一目瞭然ですわよ? まぁ、今宵ばかりは見逃してあげますが。

 わたくしはしれっと話を逸します。


「殿下こそ珍しいですわね? サザンジール殿下は後ほど顔だけ見せるとのお話ですけども」

「兄上はあれでも忙しいからね。さすがに伯爵家次男の誕生日まではってことで……」

「弟殿下は忙しくないんですの?」

「僕は要領がいいからさ」


 そう苦笑するザフィルド殿下は、いつものザフィルド殿下。

 だけどレミーエ嬢はいっそうガクブルと震えていた。そうね、あなたザフィルド殿下とは面識ありませんものね。殿下のおかげでよりいっそう注目を浴びてますし。


 そんな注目の中、パーティが始まる。主催者の挨拶。今日の主役の紹介。順当にセレモニーが終わり――さぁ、歓談の時間だ。主役に挨拶をしないとね。


「それでは殿下。わたくしたちはお祝いの挨拶をしに参りますので」

「……今日はレミーエ嬢を売り込みに来たの?」


 殿下と離れようとした時、あまりに率直に聞かれてわたくしは吹き出す。

 わたくしは紅の引いていない己の口元に、人差し指を当てた。


「わたくしが育てた令嬢を、そんな安売りしなくてよ?」 

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