閑話 元泥棒猫の独白④

「当然よ。わたくしがこれだけ時間を割いているのだから」


 その日の放課後。ルルーシェ様に小テストの点数を報告するやいなや、さも当然とばかりに一蹴されてしまった。うぅ。もうちょっとさ、褒めてくれてもいいじゃん……。


 ルルーシェ様にバレないようにむくれていると、ルルーシェ様は私の隣の席に横座りになりながら、優雅に足を組み替える。


「というより、ようやく自覚したのがそれなの?」

「……どういうことですか?」

「もっと前から、周囲の人の見る目が変わったとかあるでしょう」


 い、言われてみれば……陰口が少し減ったかなぁ? サザンジール様……改め、殿下の隣に相応しくないという陰口がひっきりなしだったが、それが減った気がする。一人の時でもチラチラと見られているのは変わりないけどね。その代わり、男子から見られてコソコソされる頻度が増えたかも。


 ルルーシェ様がくすりと笑った。


「最近レミーエ嬢が可愛くなったなぁ、ともっぱらの噂よ? 殿下がいなければ、告白したいという声もちらほらあるとか」

「なななななな何をおっしゃっているんですか⁉」


 そんな私が⁉ 馬鹿でグズな学者の娘(笑)が⁉

 私がたじろいでいると、ルルーシェ様が小首を傾げる。


「そんなに驚くことかしら? 元から容姿は整っているのだし、それに自信と気品が備わったのだから、好意をもたれることくらい当然でしょう」

「じ、自信と気品ですか……」

「えぇ。わたくしがいない時でも、姿勢や立ち居振る舞いに気を付けているでしょう? その努力が実を結んだだけよ」


 だってちょっとでも気を抜いている所がルルーシェ様にバレたら――スタスタと笑顔で背後を取られて容赦なく背中を叩かれるんだもん! あれ痛い! そしてめっちゃ怖いの!


 でもそっか……私、今ちょっとモテてるんだ……。

 そんなこと初めてだから、ちょっと嬉しくて。恥ずかしくて。はにかんでいると、突如ルルーシェ様が訊いてくる。


「あなたは……どんなドレスが好みなの?」

「ドレス、ですか?」


 話が変わったのはありがたいけど……ドレスか。

 ドレスといって思い浮かぶのは、こないだサザンジール殿下が貸して・・・くれると言ったドレスだ。まぁ、正直全く好みじゃないんだけどさ。だけどお手伝いの流れで一緒に選んでしまった手前……殿下の顔を立てるためにも、一回は着ないとダメだろうなぁ。


 そのことをルルーシェに報告しておくべきかなぁ、と思いながらも……。


「ただの世間話よ。好みの系統くらいあるでしょう?」


 ――笑顔の奥が怖いから、面倒な話はまた今度にしよう。

 そう結論づけた私は、大人しく質問に答える。


「大人っぽいドレスが好きです。紺とか黒とか……まだ私には早いと思うんですけど、マダムたちが着ている姿を見るとカッコいいなぁと思って……憧れるんですよねぇ」

「そう……やっぱり、あなたは可愛いひとね」


 え、どういうこと? 嫌味? そんな変なこと言ってないと思うけど……。

 私が眉間に力を入れると、ルルーシェ様は小さく首を振る。


「嫌味ではないから安心して――さぁ、雑談はこれくらいにして。今日の勉強を始めましょうか」


 彼女は椅子から立ち上がり、指示棒を手に打ち合わせた。




 ちょうどその頃だった。いつも通りサザンジール殿下と食堂で昼食を摂っていたら、急にお腹が痛くなって。「お花を摘みに」と言うことも出来ず、私は慌ててトイレへ駆け込んだ。同じようなことが何日も続いて――とうとう、殿下に気づかれてしまう。


「これ以外にも、また何かされているのか?」


 それに、私は答えない。しばらく止んでいたものの、また最近殿下がいない時に――また教科書に落書きされたりだとか、鞄に虫が入れられていたりだとか。間違った時間割変更を教えられたりだとか――でも、どこもこれも大したことないもん。


 だから、これ以上殿下の手を煩わせる必要はない――それなのに、殿下は提案してしまう。


「これから俺が毒味をしよう。こういった育ちなのでな、毒に関しては人並み以上に詳しい」


 言うのが早いか動くのが早いか――私の前に置かれたランチプレートにフォークを伸ばそうとする殿下の手を、私はペシッと叩く。


「馬鹿な真似はやめてください。殿下に何かあったらどうするんですか。ご自身のお立場をお忘れなきよう」


 我ながら、思ったより低い声が出たな……。

 そんなことに自分でびっくりしていると、殿下が苦笑する。


「まるでルルーシェだな」

「……えぇ。このくらい何てことありませんので。だてにルルーシェ様に扱かれていませんから」

「それは頼もしい」


 二人でくすくす笑いながら――私はプレートの下に置かれた便箋をそっとしまう。

 そして私は殿下と笑顔で別れてから、その手紙を読みもせずにビリビリに破った。だって、いつも置かれたその手紙には、また同じサインが書かれていたから。


 あのルルーシェ様が、こんなくだらない嫌がらせをするはずがない。それを裏で手を引いているなんて以ての外だ。


「負けないんだから」


 私はその紙片をゴミ箱に放り捨てる。




 そんな折、ルルーシェが三連休に我が家で合宿がしたいと提案してきた。


「勿論、アルバン男爵が許可してくださればの話だけど……あなたのお屋敷に三日間お泊りさせていただきたいの。どうかしら?」


 うわぁ……当然、また勉強づくめになるのが目に見えているよね。しかも同じ部屋とか……何だろう? 寝相でもチェックされるのかな。めちゃくちゃ怖いんですけど。


 だけど、自分でも思いの外素直に「父に相談してみます」と言葉が出てきてビックリする。もしかして、私もちょっとだけ楽しみなのかな? もっと仲良くなれるかな? そんなことを期待する自分に思わず笑ってしまって。


「どうしたの?」


 小首を傾げた年相応に目を見開くルルーシェ様に、私は笑顔を返す。


「いえ――お泊り、楽しみですね!」



 ◇ ◇ ◇ 


 今になってみれば……もっと教えてもらいたいことがたくさんあったのに。

 今の私を見たら、あなたはまた叱りますか? それとも褒めてくれますか?


 どちらでもいいから――私はまた、ルルーシェ様に会いたいです。

 

 ◇ ◇ ◇

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る