素敵な連休を満喫しますわ①

 ――あと31日。


 さぁ、明日からは楽しい連休ですわ!

 三泊四日。アルバン男爵の家にお泊りする準備は万端です。それでも明日からは朝起きた時から夜の寝姿まで指導させていただきますので、さすがの今日は放課後のお勉強をお休みにしてあげました。それでも退屈しないように、おすすめの書籍を五冊ほど紹介してあげましたが。


 それでも、最近はレミーエ嬢もそんなに嫌がらなくなってきましたのよ? 周囲からも「最近レミーエ嬢が綺麗なった」ともっぱらの噂ですし、サザンジール殿下にも直々に褒められたと聞きます。それに小テストでも今までと段違いの高得点を連発しているようですから。目に見える変化に、彼女の向上心も着いてきてくれているようです。嬉しい限りですわね。この調子なら、わたくしがいなくなった後も安心かしら?


 なので、今日は久々に予定のない放課後。三日間剣術の訓練もできなくなりますし、その分家で自習でも……と考えながら、帰路につこうとした時でした。


「ルルーシェ様」


 久々に声をかけられて、思わずびっくりしてしまうわ。

 だって自分で言うのもあれですけど、最近のわたくしの見た目はますます進化してますもの。テーピングを巻くのみならず、制服まで破れてきてしまってますからね。さすがに虐待を疑われ始めてしまったので、もったいないなど言ってられないかと考え始めていた所です。


「お噂を耳にしたのですが」


 声をかけてきたのは、同じクラスのララァ=ファブル公爵嬢とメディア=レメル伯爵嬢。別に姉妹というわけではないのに、亜麻色とキャメル色の髪を同じようにリボンでまとめる仲良しさんが、揃って聞いてくる。


「トロアの男爵家の娘と休日を過ごされるとか?」

「あのサザンジール殿下と仲が良い方ですわよね?」


 せめてクラス名ではなく、名前を言ってあげなさい。知らないわけがないでしょうに。

 そう目は細めるものの、指摘してあげるほどこの方たちに情はありませんので、わたくしは笑顔で応えます。


「えぇ。最近わたくしも仲良くさせていただいておりますの。ですが連休は女二人だけで友好を深めるつもりなので、とても楽しみですわ」


 すると、ララァ令嬢が「もし宜しければ」と耳打ちする仕草をしてくる。

 仕方無しに、わたくしは耳を近づけた。


「わたくしらも協力しましょうか?」


 ……ん?

 顔を離してお二人の様子を見やれば、お揃いであろう口紅を付けた唇が同じように歪む。


「おひとりでは大変でしょう? わたくし、連休明けにお花を用意しますわ! 最近東国の貿易商と取引がございますの。東国では真っ白いキクというお花が好まれているそうでしてよ? 人生最期を彩るお花に選ばれるくらいに」

「まあ、素敵! でも、あの方にそのような博識がありまして? 一緒にお花の辞典もお贈りしなくては‼」


 そうね。うふふ。二人はそれこそ花が咲いたように盛り上がっている。


 ……くだらない。

 何よりたちが悪いのは、決して『いじめる』『嫌がらせ』などという悪意的な言葉を使わない所ね。上手くいったら王太子妃に恩を売れて? 何かあったら、全てわたくしに押し付けるの? ずいぶんとご都合の良い立ち回りですこと。


 でもお生憎様。いつ壊れるような手駒を使う主義はないの。わたくしがもうすぐ砕け散るのですから――わたくし一人で十分ですわ。


「盛り上がっている所申し訳ないけど、わたくし急いでおりますの。ごめんあそばせ」


 二人よりも薄汚い格好で、わたくしは二人よりも完璧な《カーテシー》を披露して立ち去った。


 でも……良いことは聞けたわ。人生最期を彩る花、か。

 それはちょっと考えておいてもいいかもしれないわね。それと――


「噂、ねぇ……」


 自分の噂なんて、最近気にしてなかったけれど。ちょうど今日は予定もございませんし、調べてみるのもいいかもしれません。




『それで? 調べた結果そんなことになってたの?』


 どうせ調べたのなら、誰かに報告したいもの。

 ちょっと愚痴るならちょうどいい相手と、わたくしは神様にお話する。


『えぇ――もう根も葉もなさすぎて、片腹痛かったですわ』


 箇条書きにあげるのなら。

 ・レミーエ嬢の教科書を燃やした。

 ・レミーエ嬢に嘘の試験範囲を教えた。

 ・レミーエ嬢のランチに虫を混ぜた。

 ・レミーエ嬢の頭の上に教科書を積んで遊んでいる。

 ・レミーエ嬢が泣くまで毎日嫌味を言っている。

 ・レミーエ嬢からの挨拶を無視する。などなど。


 どれもこれも、本当に小さな嫌がらせ。最後のなんか位の高い者からしか声をかけてはならないという王城マナーですわ。学校でそこまで徹底している方は少ないですけど。しかも実際に思い当たる節が二、三個紛れているのがまた巧妙だなぁ、と感心する始末。

 さすがのわたくしも「やれやれ」とため息を吐いてしまいますわ。


『その挙げ句に出てきましたよ。業を煮やした末に、とうとうわたくしが暗殺を目論んでいる――と。こないだ授業中にレミーエ嬢がお花を摘みに駆けて行ったのは、わたくしがランチに毒を仕込んだかららしいですわ』

『一応訊くけど……そんなことした覚えは?』

『あるわけないじゃないですか。お昼休みは毎日ザフィルド殿下と訓練で忙しいんですの』


 それ以外の時間も、朝はサザンジール殿下に詰め寄られているし、放課後はレミーエ嬢と一緒だし。そんな小細工する暇なんてないどころか、しっかりとアリバイがあるのですが。


 神様はつまらなそうな顔で質問を重ねてくる。


『レミーエ嬢の体調は大丈夫だった?』

『ただの腹下しだったので。ちょうど溜まっていたようでしたから、スッキリだったのでは?』

『……なんでそこまで知っているの?』

『該当日時のレミーエ嬢の様子を思い返しただけですわ。下腹部が若干スマートになってましたから』

『なんか気持ち悪いね、きみ』


 あらまあ、失敬な。

 彼女の教育係としては、彼女の体型の管理も仕事のうちだと思います。不本意ですわ。

 わたくしがまた『ツーン』とそっぽを向くと、神様が『きみそれ気に入ってるでしょ』なんて言ってきますが聞かぬふり。あなた様の真似ですわ。


 ともあれ、神様がやれやれと肩を竦めてから質問を重ねてくる。


『でも、それらがどうしてきみがやったことになっているの? それこそ、見ていた人なんて誰もいないんだし』

『そこはいつも証拠が残っているそうですの』

『証拠?』

『これですわ』


 夢の中に持ち込めるかは賭けだったのですが――枕元に置いておいたら、無事に持ち込めたようです。これなら、明日からはティーセットを用意して寝ることにしましょう。いつもお茶もなくお喋りするのは、味気なかったですからね。


 そんなことを考えながら渡すのは、一枚の便箋だ。令嬢受けしそうな押し花がついた便箋には、整った文字でこう書かれていた。

『身の程を弁えた友好関係を』。その末尾には、わたくしの名前と家名のイニシャルを添えて。


 神様はそれをわたくしを見比べてから訊いてきます。


『これ、きみの筆跡?』

『全然違いますわ。わたくしの文字に無駄に跳ねる癖、ありませんので』


 将来王印のついた数々の手紙をしたためる予定だったため、そりゃあ文字の訓練には力を入れていましたわ。教本通りの整った文字を書くことなど、目を閉じてもできます。


 でも、


『婚約者を取られそうになっている嫉妬に塗れた令嬢、という肩書が重なれば……こんな証拠で十分犯人になってしまうみたいですわね』

『実際は婚約者を取られそうにも関わらず、その泥棒猫の毛繕いをしてあげているんだけどね』

『あら、上手いことを言いますわね!』


 さすが神様ですわ、と褒めて差し上げれば、神様は『そこで神様扱いされても』と不本意そう。

 わたくしの方こそそんなこと言われても、仕方のないですわよ?


『だって神様。正直な所、あまり神様らしくないじゃないですか』

『え、どうして⁉ 夢に現れるだけで超常的だと思うけど?』

『それはそうですけど……話しといてなんですが、神様なら今日わたくしが知り得た情報など、すでに知っていたのでは?』


 だって、わたくしの未来もご存知なのですから。

 それに対して、神様はまた呆れ顔。


『……きみが訊いてほしそうだったんじゃないか』

『そんなおねだりした覚えはないですわよ?』

『あんなキラキラした目で『面白いことになってたんですのよ⁉』なんて言われたら、聞くのが礼儀ってもんでしょ⁉』

『あら、声真似がお上手ですのね!』

『きみの方こそたまにはこっちの話を聞いて⁉』


 ふふっ。だって――恥ずかしいじゃないですか。

 そんなに喋りたそうにしてたんですの? たしかに今日たくさん神様とお喋りできて嬉しいですわ。ここ数日喧嘩していましたからなおさら……これでも、神様と喧嘩は寂しかったのです。


 でも、それを告げるのは今じゃないから。わたくしが笑って誤魔化しますと、神様はまたやれやれと。最近はこれ以上話すつもりはないと以心伝心ができて嬉しい限りです。

 察した神様はまた話題を代えてくださいます。


『――でも、これは本当の疑問なんだけど』

『なんですか?』

『たった放課後の数時間で、どうしてここまで完璧に調べられるの?』

『このくらい令嬢の嗜みですわ』


 わたくしは今宵もにっこりと微笑む。

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