閑話 元泥棒猫の独白②
……やっば。王子様だよ。本物の王子様だよ⁉
しかも自国の王子様の顔も知らないとか……我ながら凹むわぁ。私、そんなに馬鹿なのか……。
そんな超大物を隣に侍らせる日々が、こうして始まった。
「どうしてあんな子が?」
「ルルーシェ様はどうしたの?」
「もしや愛人……」
「あんな子が?」
「ペットにも不相応でしょう」
でーすーよーねー⁉
私如きが王子様の隣にいるなんて分不相応にもほどがありますよねー⁉
それでも、お昼休みに指定されたカフェテリアに行けば。
「レミーエ。こっちだ」
待っていてくれたサザンジール様が手を挙げて私を呼んでくれるから。
ひぇ~っ、と肩身が狭いを我慢して、サザンジール様が引いてくれた椅子に腰掛ける。
「わ、私のこと呼び捨てなんですか……?」
「嫌だったか?」
「い、嫌ではないんですけど……」
普通さ、あんな仲良くない異性相手だと〇〇嬢とかって『嬢』とか付けるじゃん? 付けなくていいの?
その意図を込めて聞いてみれば、サザンジール様は真面目な顔で声を潜める。
「ある程度懇意に見せておいた方が盾として効果的だろう。それに、そもそも俺は友人に敬称を付けるのが好きではない」
友人――その響きに胸が跳ねたのは、嬉しいから? 悲しいから?
そこは考えないようにして……私は「なるほど」と頷くだけ。そんな私に、殿下はさらに対策を提示してくれる。
「レミーエさえ良ければ、直接相手に注意してもいいのだが?」
「あ、いえ……あまり大事には……」
だって王子様に口添えしてもらったとなれば、嫌でも大事でしょ? お父さんの耳にも入るでしょ? それは嫌だもん。まあ、すでに王子様を盾にしている時点で大事なのは置いておいて……。
その親切を断っておきながらも、しっかりとしておかないといけないこともある。
「でも、その……婚約者さんは、いいんですか?」
「ルルーシェのことか?」
「はい」
「ルルーシェは……」
俯いたサザンジール様はこっそりとポケットから例のぬいぐるみを取り出す。
「しっかりと説明しておきたいのだが、どうにもこれが直らない限り、会わせる顔がなくってな」
……なんだろう? そんな二人の大切な物なのかな? ルルーシェ様ってそんなに怖いの?
私が何て訊けばいいのか悩んでいると、サザンジール様が顔を上げる。
「だから、なるべく早くこれを直したい。協力してもらえるか?」
「もちろんです」
だって、私に拒否権ないし。それに……どのみちここまで来たら、最後まで付き合うつもりだったもん。だから、私は迷うことなく即答して――。
――安易な引き受けは良くないと、すごく後悔した。
ほんっとうに不器用。元の製作者さん(ルルーシェ様)も不器用なんだなぁって思ってたけど、それに輪を掛けて本当にサザンジール様って不器用!
いやぁ、まさか長期休暇までかかるとは思わなかったよね。ほとんど前期まるまる時間をかけても終わらず。長期休暇もサザンジール様の都合がつく限り(といっても、三日に一度一時間もないくらいの細切れで)頑張って――計四ヶ月くらい? あんな小さなぬいぐるみの首を直すだけで‼ なんでようやく半分できたと思ったら解いちゃってるかな⁉ 「いや、今ならもっと上手く縫えるかと……」て大して変わらないから。というか解き方が下手で布の補強する方が大変だったから!
そんな長き苦難を乗り越えて、
「やった……! やったぞ、レミーエっ‼」
「やった。やったね。サザンジール様……!」
もう敬語なんかどこへやら。先輩だとか、王子様だとか関係ない。
この苦難の間に、私たちは友情を超えた感情を抱いていた。仲間だ。我らは同志だ。二人で手を握り合い、涙を流し合う。あぁ……その合間に少しの恋心を抱いたとて、きっと誰も責めない。私、頑張ったもん。そりゃあ、その間サザンジール様も付きっきりでそばに居てくれたから、私もかなり助かっていたけども。
だけど、現実は残酷だ。
「ようやく、これでようやくルルーシェに会えるぞ!」
この王子様、本当に律儀で。有言実行、本当にこの数ヶ月婚約者さんとまともに顔を合わせなかったらしい。婚約者さん、ものすごく怒っているんじゃないかなぁ……。こんなに「ルルーシェに会える!」と、直った(といっても縫い目ガタガタなんだけど)桃色のぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうなサザンジール様に、そんな野暮なこと言えないけどさ。
だから、私は黙っておこうとした。ポケットの中の手紙を握りつぶそうとして――だけど、神様は非情らしい。
「明日からちょうど新学期だ。共にルルーシェに会いに行こう!」
そう――明日からは心機一転新学期。サザンジール様の私への用も済んだんだし……会わなくなるにはちょうどいい区切り。それに……ルルーシェ様、怖いもん。だから、私は首を横に振る。
「私は遠慮するね。どうか、サザンジール様だけで」
「……たしかにレミーエがルルーシェに会う理由はないかもしれないが、俺のために同行してくれないか? 彼女にきちんと友人だと紹介しておきたい」
そりゃあ……巷では「いよいよ婚約破棄か?」とか「公爵令嬢が捨てられた」とか噂になっているもんね。もうちょっと早く手回ししろよ、と思わないでもないけど。その挽回のために、協力したい気持ちもあるんだけどさ。
でも――と、私がポケットの中の手紙を握っていると、サザンジール様が眉根を寄せる。
「さっきから何を隠し持っているんだ?」
「ふぇ?」
「悪いが、少々見せてくれ」
私が小さな悲鳴を上げるよりも前に、その手は引き抜かれてしまって――それは、見られてしまう。
「これは……ルルーシェからか?」
それは、ルルーシェ様と同じ頭文字が書かれた便箋だ。先程家に届けられていた。『明日からの新学期、我が身が可愛ければ身の程を弁えなさい』――それが何を意図としているか、私みたいな馬鹿でもわかる。
それなのに、サザンジール様は訊いてくる。
「俺がいない間に、何かされたことは?」
……別に大した被害はない。ノートを破かれていたり、黒板に悪口が書かれていたり。陰口叩かれたり。最初の頃に比べたら大した実害もないし、私が気にしなければどってことないことばかり。この休暇中はサザンジール様以外には会わなかったから……仕方無しに参加した
だから黙っていたのに……サザンジール様は無理やり私の手を引き上げる。
「きちんと誤解だと説明しに行こう! それに……正直ルルーシェがそんなセコい手回しをするとは思えん。これはルルーシェの名を騙った何者かの仕業だ。それを証明してみせよう!」
あっ、いいなぁ。その必死なまでの真剣な顔を見上げて、そう思った。
私もこんな真剣に想われてみたい。こんなに、こんなに、誰かから本気で愛されてみたい。
いいなぁ。いいな。いいな。いいなぁ。
その憧れは、決して叶わないモノなのに。確かな恋心へと変わって――。
だけど、新学期。いくらサザンジール様がルルーシェ様に声をかけても、彼女は「スン」と無視してばかりだった。そりゃそうだよな、と思う。だって噂の泥棒猫である私を引き連れているんだもん。そりゃ怒っているよ。
でもサザンジール様もそれをわかってか、
「……すまん。きちんとルルーシェが犯人でないことを証明するから。だから明日も懲りずに付き合ってもらえるか?」
と、毎日私なんかに頭を下げてきて。付き合いながらも、私もどんどん怒りを覚えていく。
どうして、ちゃんと話を聞いてあげないの? サザンジール様はこんなに真剣なのに。こんなに……あなたのことを想っているのに。それとも、やっぱりあなたが犯人で合わせる顔がないとか?
もし違うなら、私ならちゃんと。私だったら。私だったら――。その怒りは、次第にある勘違いへと変わっていく。
……もしもこのまま破局したら、サザンジール様は私を想ってくれるかな?
そしてある日、報せが届く。
ルルーシェ=エルクアージュ様が階段から転落し、意識が戻らないという。
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