閑話 元泥棒猫の独白①
◆ ◆ ◆
私、レミーエ=アルバンは勉強が嫌いだった。
父が学術機関の所長補佐をしている手前、当然それなりの知能や知識を要求されたけど……。父が専門としている美術から読み解く歴史学とか、まるでさっぱりで。
『レミーエは女の子なんだから無理しなくていいんだよ』
『ほら、レミーエは裁縫が得意なんだから。きっと素敵なお嫁さんになれるね』
そんなフォローをされるたび、本当に自分が情けなくて。
学者である父の娘と紹介されるのが嫌で、社交界からも足が遠のき。次第に勉強すること自体が怖くなったの。
それでも『結婚するにしても学歴があって損はないからね』と爵位と父のコネで入学した貴族学院。
爵位があるといっても、うちは所詮男爵だから。噂で聞くような華やかな令嬢令息たちは、ただただ眩しいだけだった。次第に、すぐに腰が引けていた私はいじめられるようになって。
困ったなぁ。もう学校行きたくないなぁ。でも惨めな自分をお父さんに知られなくないなぁ。と、四面楚歌だった時――私は、あの方に出会った。
「あの……落ちましたよ?」
始めは、そんな高貴な方だと思わなかったの。だって、落としたのが桃色のうさぎのぬいぐるみだよ? しかも超絶不細工なやつ。妹からでも貰ったのかなぁ、いいお兄ちゃんなのかも……と微笑ましい気持ちで金髪の背中に声をかけたら。
「あぁ、感謝する」
――なっ、なにこのカッコいいひとおおおおおお⁉
こんな綺麗な顔面、絵画とか彫刻でしか見たことない。王子様とかかな? でも王子様がこんなものを持っているはずがないし……あぁ、でもほんと眩しいこと眩しいこと……。それですぐに押し付けて立ち去れば良かったのに、思わず手を離すタイミングを誤って――。
『あっ』
うさぎの首がもげた。……多分、元からほつれていたんだと思うんだよね。だって細い糸がプチプチと逆だっているし。相当古い物だと思うんだ。それを王子様みたいな人も承知だった様子。
「あ……気にしないでくれ。古い……そう、とても古い物なんだ……」
――もうなんでそんな泣きそうな顔してくれちゃってんのよおおおおおお⁉
そうだよ! 仕方のない事故だったんだよ。王子様じゃなくても、ここは貴族の学校なんだから貴族でしょ? そんなもの幾らでも買えるでしょ⁉ むしろそんな不細工なのは売ってないってか。え、そんなレアなの? もしかして今は亡き著名な裁縫家が最期に縫った国宝級の逸品だったり……⁉
何を血迷ったか――私は分不相応なことを口走る。
「わ、私……直しましょうか?」
「直せるのか⁉」
「お裁縫は、得意なので……」
だって勉強するのが嫌で嫌で、そんなことばかりやってたからね。お母さんからは「いっそ平民だったら幾らでも仕事があるのに」と泣かれたくらいだ。
すると、王子様(っぽい人)のサファイアブルーの瞳はキラキラと輝く。
「ぜひに頼む……いや、きみさえ良ければ、俺に裁縫を教えてくれないだろうか⁉」
「ふえっ⁉」
◇ ◇ ◇
それが私と彼の不運の始まり――いや、そんなこと言ったらルルーシェ様に怒られちゃう……。でも、私の転機だったのは間違いない。
◇ ◇ ◇
そして、人気の少ない時間に裁縫を教える日々が始まった。中庭の隅の花壇に座って、チクチクと格闘する日々。
「だから、針に糸を通して――」
「糸が裂けたぞ。不良品か?」
「いえ、先輩が不器用なだけです」
私は糸の先を斜めに切ってあげて、もう一度渡す。
うぅ……自分でやった方が何倍も早いよぉ。この人、いつになったら針に糸を通せるようになるんだよぉ……。
やはり私に何かを教わるのは恥ずかしいのか、指定された時間はこんな朝早く。早起きが苦手だから放課後が良かったんだけど……どうにもこの人忙しいらしく、朝の十分とか二十分しか時間が取れないということで懇願されてしまった。こんな綺麗な人に真剣に頭下げられたら、断れないよぉ……。
まぁ、どうせ二、三日の辛抱だと思ったら――。
針に糸を通るので三日。玉止めできるようになるまで一週間。その頃にはまた針に糸を通せなくなっているので、二日戻って……その後も一日ひと針、ふた針な日々を過ごしていたら、あっという間に仲良くなりました。
だって頑なに私にやらしてくれないんだもん! 手本のひと針すら解けと言われたからね。なんだったら私が一から全部作り直した方が圧倒的に早い。この程度のぬいぐるみなら、授業中の合間に目をつぶってでも一日で作れる。
いくら王子様(っぽい人)の頼みとはいえ、飽き飽きしていた私はそれをやんわりと提案すると――彼は泣きそうな顔で、首を横に振った。
「それだけは呑めん。これは……ルルーシェが俺にくれた物なんだ。俺が手づから直してやりたい」
ルルーシェ……? どこかで聞いたことある名前だけど、誰だっけ?
でもそっか。この人、恋人がいたのか……。そりゃ、そーだよね。こんなカッコいいんだもん。恋人の一人や二人いない方がおかしい。
その事実にちょっとだけ落ち込んでいた時、彼に聞かれてしまう。
「ところで、今日は革靴ではないのか?」
「ふおっ⁉」
思わず変な声出しちゃった……。靴ね、靴……。昨日体育で運動用の靴に履き替えた時に、制服用の革靴を隠されちゃったんだよね。それを見つけることができなくて、買うにも学校特注だから時間かかるし。親から事情を説明してもらえれば融通効かせてもらえるのかもしれないけど、いじめられているなんて話したくないし。仕方なく、運動靴のまま登校していたのだけど。
私はアホっぽく笑う。
「あはは~。革靴、失くしちゃったんですよねぇ」
「……普通、失くすようなものではないだろう?」
「私、馬鹿だからぁ」
成績も悪い。勉強もできない。馬鹿なのは事実。だから学者の娘のくせに、といじめられる。
それを仕方ないと笑って流そうとしていると、なぜかその王子様(っぽい人)は「わかった」と頷いた。
「あ、ようやくコツ掴んでくれました?」
「違う……当分、なるべくきみと行動するようにしよう」
「ふわぁっ⁉」
なんで? なんでそうなるの⁉
私が戸惑っていると、鐘が鳴る。そろそろ大勢の人が登校してくる時間だ。だから、私たちは解散――のはず。だけど、彼は花壇から腰を上げなかった。
「……教室に行かないんですか?」
「だから、ギリギリまでレミーエと共にいよう。少しは被害が減るはずだ」
「……私、名前教えましたっけ?」
「あぁ。そりゃあ世話になる者の名前くらい調べるさ。こちらこそ名乗ってなくてすまなかったな」
そして彼は立ち上がり、完璧なまでに眩しい微笑で手を差し出してくる。
「俺の名前はサザンジール=ルキノ=ラピシェンタ。改めて宜しく頼む」
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