第14話 恋愛とはなんですか?①
――あと42日。
その日の曇天の朝も。
「ルルーシェ! アルジャーク男爵とは無事に会えたんだろう。他にも悩みはあるか⁉」
「本日もご機嫌麗しゅうございます。男爵の件はありがとうございました。お陰様で父にも新しい友だちができましたので、もうわたくしに悩みはありませんわ」
――あと41日。
その次の雨の朝も
「ルルーシェ! 今日こそ遠慮することはない! 思いのままを打ち明けるがいいっ!」
「本日もご機嫌麗しゅうございます。悩みはないのですが、たとえあったとしても公衆の面前で打ち明けない程度の慎みは持ち合わせているつもりですわ」
――あと40日。
その次の晴れた朝も。
「ルルーシェ! 悩みを聞いてやるからこちらへ来い! カフェテリアを貸し切ってある」
「本日もご機嫌麗しゅうございます。残念ながらあと五分でホームルームが始まってしまいますので、またの機会にさせてくださいまし」
――あと39日。
さらに次の少し肌寒い朝も。
「ルルーシェ! 今日はお前の所の担任は休みだぞ! 一限も自習になった。さぁ、カフェテリアへ行こう!」
「本日もご機嫌麗しゅうございます。ですが申し訳ございません。連日殿下に挨拶を返してもらえないため……悲しくて、もう殿下のお顔を拝見できませんわ」
――あと38日。
そして、その次の風が強い朝も。
「おはよう、ルルーシェ! 今日もいい朝だな! さぁ、そういうことで今日こそ――」
「あら殿下。ご機嫌麗しゅうございます。そうですわね、とても良い天気です。こんないい天気は思いっきり素振りができる日ですわ。なぜか担任が連日強制的に有給を使用することになったらしくわたくしは寂しいので、この想いを自習中にしたためたくございますの。失礼しますね」
――あと37日。
さらにその次の朝は――変な者に絡まれず、平穏無事に登校することができた。
変な者とは失礼ですね……れっきとしたラピシェンタ王国のサザンジール第一王子殿下ですのに。でも、毎朝校門で浮気相手とともに待ち伏せしているのは変だと思いますの。
もう一種の伝統芸みたいになっているらしく、日に日に他の生徒たちの注目を浴びている。裏では『今日の殿下の振られ文句』で賭け事が行われているらしいですわ。まぁ、賭け事と言ってもジュース一杯とか可愛らしいレベルですし、そもそも当たる人が誰もいないらしいので、見て見ぬ振りをしてますが。
ちなみに『今日の殿下の口説き文句』は連日正解する人が増えているようです。そちらは殿下が対処するべきかと思いますので、わたくしは知らぬ存ぜぬですわ。
なので……今日は何人の方がこの展開を想定できたのでしょうね?
「ルルーシェ! 今日こそは俺と話してもらうぞ‼」
えぇ、まさか授業中に突入されるとは。薄々そろそろ来るんじゃないかなぁ、と思っていた人はわたくしだけではないはず。
来たぜ。
やっぱ来た。
よっしゃ、担任来た時点で来ると思ってた。
そんな空耳を聞き流しつつ、わたくしは前を向いたまま声だけあげます。
「サザンジール殿下。本日もご機嫌麗しゅうございます――が、今は授業中ですのよ? 殿下は今日この時間は近世界歴史学のテスト中なのでは?」
「そんなものすでに全問解いてから来ている! 教師には驚かれたが、全問正解だったのでお咎めはなしだ!」
……まだ授業始まって三分ですが? 成績優秀は次期国王として大変好ましゅうございますが、秀才の無駄遣いなのでは?
わたくしは前を向いたまま、淡々と返答する。
「ですが、わたくしは見ての通り授業中ですの。申し訳ございませんがまたの機会にしてくださいまし」
「だが、朝は時間がないだろう?」
「わたくしはぎりぎりに登校してますからね」
「昼休みだって時間が取れないという」
「ザフィルド殿下に剣術を教えてもらう貴重な時間ですから」
「放課後だってそうだ!」
「レミーエさんとの勉強会です」
「ならば今度の祝日はどうだ⁉ エクルアージュ家まで迎えに行こう!」
「早朝から畑仕事。家族でお母様特製の朝ごはんを食べてから、剣術の自習訓練。お昼ごはんを食べたらお父様と一緒に街へ苗を見に行こうと思っております。ついでに弟の様子を覗き見しつつ、アルバン男爵の元へ行きレミーエ嬢と歓談しつつ、また家に帰りお母様特製の夕食を取るという予定ですので。殿下のお相手をする時間はありませんわ」
話している途中で廊下から「ひぇっ」と声が聴こえた。あらレミーエ嬢。授業を抜け出して覗き見しておりましたの? サボりというだけでなく、令嬢にあるまじき奇声ですわね。あとでしっかりとご指摘させていただかなければ……。
ズンズンと大きな足音が近づいてくる。そしてとうとうわたくしの席まで来たサザンジール殿下はわたくしの机を大きく叩いた。
わたくしはスンと前を向いたままお話しする。
「僭越ながら殿下。間近でそんな大きな音を立てられしまうと怖いですわ」
「決して怖がっているようには見えないが?」
「そんなことはございません。心の中では恐怖で泣いておりますのよ?」
「ならば、それを顔に出したらいいじゃないか」
「いついかなる時でも動じないよう淑女としての教育は受けておりますので」
「あーいえばこーいう!」
「そのお言葉、そのままお返しさせていただきますわ」
「いいから来いっ‼」
堪忍袋が切れた殿下が、わたくしの腕を強く引っ張ってくる。弟殿下に比べて貧弱といわれるサザンジール殿下ですが――それでも年上の男性ですわ。訓練しているとはいえ、元はさらに貧弱なわたくしには振り払うことができない。
いい加減わたくしも腹を括る時が来たのかしら……と、ため息を押し殺した時だった。
「兄上。そろそろ見苦しいですよ」
彼よりたくましい弟殿下ことザフィルド殿下が、わたくしたちを引き離してくれる。当然サザンジール殿下はザフィルド殿下を睨み上げた。
「貴様には関係ないだろう⁉ 邪魔をするな!」
「関係ないはないでしょう。れっきとした授業妨害をされているのですから」
「そんな勉強熱心な弟を持った記憶はないがな」
「ははっ、それじゃあ率直に……兄上にこんな醜態を晒されたら、僕も恥ずかしいんですよ。婚約者を口説くくらい、もう少しスマートにしてくれませんかね?」
「それはルルーシェが――」
「彼女を責められるほど、兄上が誠意を尽くしていると?」
ザフィルド殿下は冷徹に言い放つとともに、廊下に目を向ける。当然、そこには身を強張らせたレミーエ嬢。彼女の腰は引けているが、それでも半泣きの顔でその場に居座る根性だけは素晴らしいわ。それこそ根性の無駄遣いですけど。
当然サザンジール殿下の不誠実は、この場の全員が知る所。殿下は気まずそうな視線を逸らす。
「……また機会を改めよう。貴重な勉学の時間を邪魔をして、すまなかった」
そして悔しげに顔を歪めたまま、サザンジール殿下は帰っていく。その丸い背中が、いつになく淋しげに見えて……覚えた罪悪感に、わたくしも視線を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます