第13話 敵情視察と参りましょう③
「ザフィルド殿下、ようこそいらっしゃいました!」
『ようこそいらっしゃいました!』
ブラックスーツを着込んだ店員たちが、一斉に頭を下げてくる。
貴族街手前の庶民でも足を運びやすい立地。本来なら、背伸びしたい庶民や中流階級に向けた店なのだろう。
外壁の一部に使われた青いタイルは異国のものらしい。金のランプ。変わった形のシャンデリア。これらは我が母『異国の美姫』の祖国のものだろう。織物産業が盛んなのだ。店内にも異国の調度品が多く並べられており、なるほどこれが流行りの店かと胸が躍る。
わたくしだって、流行りに興味がないわけではございませんのよ?
ただ公の場ですと、古き良きを重視する方も多いですから。わたくしみたいに見た目で特徴のある者は、オーソドックスでいるのが一番無難なのです。流行りの最先端だから美しいとは限りませんしね。
そんな貸し切りの店内を呑気に見渡していると、「面白い店だね」とザフィルド殿下が話しかけてきて。
そうですわね、と答えようとした時、ひとりの店員が声を掛けてきた。
「僭越ながら……そちらの女性とはどのようなご関係で?」
こらっ、と叱ってから、上司らしき店員が「失礼しました!」と頭を下げている。こんな詮索なんて、貴族を商売相手とする店にとって論外の言動。
急に人気が出て、まだ社員教育が行き届いてない様子に、連日王族を連れてきてしまったことの申し訳無さを覚えつつ……ザフィルド殿下は悠然と「いいよいいよ」と微笑む。
「この子は……僕が口説き落としたいひとなんだ」
片目を閉じて、口元で指を立てる殿下。
きゃあああああ、と店員たちの黄色い悲鳴があがった。あら、さっき説教したばかりの店員まで悲鳴をあげているわ。……わたくしも叫びたい。もう、何を仰っていますの⁉ 恥ずかしさのあまり、叫んで逃げてしまいたい……。
だけどそういうわけにもいかず、両手で顔を隠していると。状況を軽く笑い飛ばした殿下は本件に入る。
「彼女のドレスを選ぶ前にさ……先日兄上が頼んだドレスを見せてもらえないかな?」
仮縫いくらいは出来ているんだろう、と尋ねる殿下に、店員はあからさまに戸惑っている。他人の依頼品を見せてくれなど、普通は要望されないのだろう。
「で、ですが……その注文は特注でして……」
「無理を言ってごめんね。でも、兄上と似たようなドレスを僕も贈るわけにもいかないし……今回は僕もかなり本気なんだよ」
両手を顔の前で合わせて「だからお願い」と頼む第二王子殿下に……店員さんたちは顔を見合わせて。「どうかご内密にお願いします」と、バックヤードへ下がっていく。
「やったね」
「やりすぎですわ」
小声でそんなやり取りをしていると、すぐにそのドレスは出てきた。
唖然ですわ……。
派手なピンクのサテン生地に、これまたピンクのリボンがこれでもかと付いている。トレーン部はレース生地と二重になっているが……淡いとはいえ、ピンクはピンク。胸元がこれでもかと開いており、首元にはこれまたリボンをモチーフにしたピンクゴールドのネックレスを付けるらしい。宝石は当然ピンクダイヤモンド。靴も当然ピンクのスパンコールが敷き詰められている。
これでもかというピンクの大洪水に、思わず訊いてしまう。
「これを身につける方は……どんな方ですの?」
「桃色の髪が愛らしい方、でした」
でーすーよーねー? 間違いなくレミーエ嬢ですわよね⁉
色々と疑問に浮かぶことがあるものの……ザフィルド殿下も考えることはわたくしと同じようだ。
「これを……兄上が選んだのかい?」
「……はい。それはもうノリノリ……こほん。嬉しそうに選んでおりました。その……今までの女性は、こういうのを着てくれなかった、と」
ザフィルド殿下が横目で見てくる。
いや、かつて王城にデザイナーを呼んでドレスを作ってもらったことは――社交界デビューの時以来ですわ。
紺のシルク地に金刺繍のドレスを作っていただきました。その時は……そうだ。たしか殿下がレースをふんだんに使ったものがいいと仰っしゃりまして。それならば、と他の要素は大人っぽいものを選んだと記憶しております。パーティーでも好評で、わたくしも気に入っておりましたので、サイズを直しながら今も着させていただいております。わたくしの宝物……でしたの。
た、たしかにサザンジール殿下の意図したドレスとは違ってたかもしれません……と、視線だけで伝わったかはわかりませんが。ザフィルド殿下は「ありがとう」とドレスを下げる指示を出す。目元を押さえているけど、気持ちわかりますわ。目が痛いですものね。
「……ルーナ。あの色以外なら何でもいいよ。好きなドレスを頼むといい」
「あら。本当に買ってくださるおつもりですの?」
「もちろん。君を口説きたいって言ったろ?」
「ドレスひとつで口説けるほど、安い女と思われるのは心外ですわね」
その言葉が店員に対して失礼だとわかった上で。
わたくしは帽子を取る。さらりと落ちる黒髪を掻き上げた。
「それでは――真っ赤なドレスを」
「ルル……」
ザフィルド殿下はわたくしを本名で呼ぶか悩んでいるのだろう。店員らも、わたくしの特徴のある髪色に驚いているようだ。エクルアージュに嫁いできた『異国の美姫』は平民にも有名ですものね?
わたくしはにこりと微笑む。
「飾りは何も要りません。ただただ上質な生地で、真っ赤なドレスを仕立ててくださいまし。伝票はルルーシェ=エルクアージュでお願いしますわ」
『きみは本当何をしてるの?』
『充実した祝日を過ごしただけですわよ?』
今宵も真白な世界で、わたくしは指折り数えてみせる。
お父様とアルジャーク男爵を引き合わせ、
これ以上充実した祝日なんて、考えられませんわ!
わたくしが小鼻を膨らませれば、神様がまたため息を吐く。これはさすがに注意が必要かしらね?
『ため息を吐く癖は直した方が宜しいのでは? 幸せが逃げてしまいましてよ?』
『誰のせいだ、だ・れ・の⁉』
あらいやだ。そんな誇張されなくても……さすがに気にかけていただいていることは承知しております。
でも美しい死に様を目指すには、これが最善――と説明しようとした時、神様がジト目で訊いてくる。
『第二王子の顔に泥を塗ってよかったのかい?』
……気になる点はそこですの?
わたくしの中ではまるで当たり前のことに拍子抜けしつつ、訊かれたことには答えます。
『さすがにザフィルド殿下に買ってもらうわけにはいきませんもの。それに――死装束は自分で用意したかったですし』
婚約者が他の女にドレスを贈っている事実があっても、わたくしの婚約者はただ一人。
もし他の男にドレスを贈ってもらうとすれば……許されるのはお父様くらいのものだろう。ただ何も知らない父からの贈り物を血で汚すのは忍びないですから。
わたくしが視線を落とせば、神様は目ざとい。
『弟殿下は、きみに惚れているんじゃないの?』
『そうかもしれませんわね』
『きみも嫌いではないのだろう?』
『えぇ』
男性として好きかといわれれば……そういう目で見たことがないから、わからないのだけど。幼馴染みたいなものだもの。勿論、嫌いではないわ。
そんなわたくしに、神様が真面目な顔で言ってくる。
『誰かに愛される最期じゃなくて、いいの?』
それに、わたくしは応えない。ただ小さく『ふふっ』と笑うだけ。
だけど、神様はしつこいから。
『本当に……いいのかい?』
『神様もあのドレスはお気に召しませんか?』
本当は、白いドレスと悩んでいたのだ。わたくしにだって、人並みの憧れはある。人生に一度、花嫁衣装を着てみたかった。だけど――。
『……あら、もしかして。あのドレスを着たわたくしに惚れてしまいそうだとか?』
『なっ、なんでそうなるんだ⁉』
『あらあら。神様も照れた時はお顔が真っ赤になりますのね?』
わたくしは公爵令嬢だから。
今宵も、弱音は笑顔の裏に隠す。
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