第4話 殿下と話す時間はございません②
顔をあげれば、見覚えのある美少年。ザフィルド=ルイス=ラピシェンタ殿下。サザンジール殿下の弟君で第二王子である彼は兄殿下にそっくりの美形ながらも、兄殿下と違い襟足の長い銀色の髪を持っている。通称『銀王子』。あとはまだザフィルド殿下のほうが背が低いのと、目尻が少し下がっていますかね。そんな彼に特定の婚約者はいない。遊んでいる女性は多いとの噂ですけども。
わたくしと同い年で同じクラスのザフィルド殿下とは、将来義弟になる予定のこともあり、懇意にさせてもらっている。
そんな彼が容赦なく告げる。
「さっき兄上とも喧嘩してたけど……もうやめたら? 運動したいなら、ダンスとかで十分でしょ?」
「嫌ですわ。わたくしは強くなりたいんですの」
ぷいっとそっぽを向いたついでに、落ちた小剣を拾いに行こうとする。だけど、ザフィルド殿下がなぜかわたくしの腕を引いた。手を取られる。
「あーあ。手の皮も剥けちゃって……痛くないの?」
「……そりゃあ、痛いですわ」
痛いものは痛い。我慢しても仕方がないので素直に認めれば、ザフィルド殿下は兄殿下よりも愛嬌のある顔が笑った。
「あっはっは。でも続けるんだ?」
「えぇ、勿論ですわ」
「テーピングの仕方、教えようか?」
「え?」
突然の有り難い提案に目を見開けば、ザフィルド殿下がそっとわたくしの手を撫でる。
「仕方ないから、剣の基礎も教えてあげる。スパルタで良ければだけどね」
ザフィルド殿下は、一年生にして剣術部のエースと謳われる人物だ。兄上殿下と違い、武芸に特化している。頭脳の兄と、武芸の弟。とてもバランスの良い王子らだと評判なのだが……その弟君からの提案は、喉から手が出るほどありがたい。
「いいんですの?」
それでもわたくしが剣を学ぶことは、皆が反対しているから――と確認してみれば、ザフィルド殿下がわたくしの首に手を回す。そして馬の尻尾のようになっている髪をひょいっと指先で弾いた。
「その代わり、人前で訓練はやめようね。みんな、ルルーシェの白いうなじに欲情しているから」
「なっ⁉」
チラチラと視線はそのせいでしたの⁉ と訓練中の剣術部たちを見やれば、皆が一斉に視線を逸した。わたくしは思わず顔を押さえる。
もう、もうっ! こんな居たたまれないのは久々ですわっ! そんなんだから、いつまで経っても婚約者ができないんですのよ⁉
ザフィルド殿下の楽しげな笑い声が聞こえる。
夜もザフィルド殿下から聞いた素振りを百回ほど行って。疲れで気絶かのように、ベッドに倒れた。そして、わたくしは彼に会う。
『あら神様。今宵も会いに来てくださるなんて嬉しいですわ』
『……それは、毎日来るなという嫌味かな?』
『まさか。本当に嬉しく思っているのですよ?』
毎晩、神様はわたくしの夢に現れていた。正直少しだけ『またですの?』と思うけれど、決して嫌ではない。毎晩わたくしのことを心配してくださいますし、そのせいで翌朝に疲れが残っているということもない。
それに神様とお喋りできるとわかっていれば……死への恐怖に震える気持ちも、紛れるというもの。
今宵も真白な世界で、わたくしは神様に対面する。
『それで、今日はどんなお説教をしてくださいますの?』
『お説教って』
『剣の稽古を始めた時は本当に喧しかったですよね』
『喧しい……』
あら、またはしたないことを言ってしまったわ。でも、本当に喧しかったのよ? 危ないとか、一朝一夕で身に付くものはないだとか……それでも神様が現実に関与するというのは規律や因果で宜しくないようで、本当に口だけなのだけど。
そんな神様は、やっぱり眉根を寄せている。
『ねぇ……本当に稽古を続けるつもりなの?』
『勿論ですわ』
『素人の女性が百日間だけ訓練したって……プロの刺客を退治することなんかできないよ。きみにあの男は守れない』
『そんなこと、やってみないとわからないじゃないですか』
わたくしは即座に否定してみせるけど……そんな真剣な顔で、はっきり言わないでくださいまし。美形の真面目な顔ほど、怖いものはありませんのよ?
わたくしが視線を下げると、神様は続けざまに言う。
『そんな不毛なことするくらいなら、もっと楽しいことをするべきだろう⁉ もっとやっておきたいことはないのか? 旅行に行きたいとか、美味しいものを食べ尽くしたいとか、遊びたいとか……訓練と教育に明け暮れる最後で、きみは本当にいいのか⁉』
『……勿論』
視線は下げても、口角までは下げない。常に微笑を。優雅に。そして美しく。たとえ汗と血に塗れようとも――それがわたくしの矜持だ。
『そんなことしても、きみが死ぬという未来は変えられないよ』
そう言われても、わたくしは笑みを崩さない。
『どんと来やがれですわ』
『……勝手にしろ!』
あら。神様がそっぽを向いて消えてしまいました。拗ねるだなんて、お可愛らしい。
『では、また明日』
わたくしも夢から醒めるべく、ゆっくりと瞼を閉じましょう。また明日会えることを、神様に感謝しながら。
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