アイルランド詩人の食す夢

中田もな

haon

 アイルランドの首都・ダブリン。観光客の行き交う大通り、そこから少し入った裏路地で、今日もメアリーは忙しく働いていた。色素の薄い滑らかな髪に、透き通るような青い瞳。長く白い四肢は、爽やかなエプロンドレスに包まれている。

 彼女が営んでいるのは、ケーキが自慢の小さなカフェ。元々は地元の人が利用する程度だったが、インターネットで大々的に掲載された結果、今では海外の人が気軽に訪れるまでになった。そのため、彼女も中等教育を修了した後、両親を手伝うべく毎日カフェのホールに立っている。

「メアリー! 掃除は終わったかい?」

「ええ、ばっちりよ! もう店を開けるわね!」

 派手なエプロンに身を包み、次々にタルトを焼き上げていく母。メアリーは彼女の野太い声に返事をしながら、「open」と書かれたプレートをドアに掛けた。今は八月。学校も夏休みに入り、観光客も非常に多い。早くから店を開けるに越したことはないのだ。


「バナナケーキ二つ」

「バナナケーキですね、かしこまりました!」

「店員さーん!」

「はーい!」

 ……案の定、店を開けた瞬間から、メアリーは目が回るような忙しさに襲われた。注文を取り、キッチンに駆け込み、メニューを出す。これら全てが彼女の仕事なのだ。一息つく暇もなく、次の客がやって来てしまう。

「よっ、お嬢ちゃん。今日も忙しそうだね」

「あら、おじさま! いつもの席に座ります?」

「いや、今日はケーキを買って帰るよ。孫たちが家に来ているんだ。夏休みだからね」

 途中で来た常連客は、いつも通りの飄々とした姿で登場した。適当な格好に、適当に揃えられた髭。本来ならば「だらしがない」のかもしれないが、メアリーは彼らしくて良いと思っている。

「お孫さんですか! そしたらこのチョコタルトはいかがですか? 小さいお客様に人気なんです」

「おお、美味しそうだね。じゃあ、それを三つ。あとはいつもの、ウイスキーケーキね」

「はーい! おまけにカップケーキも入れておきますね!」

 今でこそ客も増えたが、メアリーが小さい頃は客足も少なく、本当に隠れたカフェだった。彼はそのときからずっと、この店に通ってくれているのだ。彼女はもちろん、両親たちともなじみが深い良客だ。

「しかし……、八月になって、随分と人が増えたね。特に観光客が多い」

「そうですね。ここら辺は空港の近くですし、ダブリン城や大聖堂もありますから」

 テキパキと手を動かしながら、彼と会話をするメアリー。あっという間にケーキを詰め終えると、笑顔で彼に手渡した。

「はい、どうぞ! また来てくださいね!」

「ああ、もちろん。今度はコーヒーも一緒にいただくよ」

 彼がドアをくぐると、次は女性の二人客が入って来た。見たところ、アジアからの観光客のようだ。

「えーっと、二人なんですけど……」

「お二人様ですね! こちらにどうぞ!」

 彼女たちを席に案内すると、隣の席からオーダーが入る。メアリーの忙しい一日は、まだまだ始まったばかりだ。

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