第6話 ボランティア活動[1]

「せ、先輩、おはようございます!」


早朝、灯火が学校に登校すると後ろから声をかけられる。それは後輩の優里亜だった。


「おはよう、優里亜。」


「あの、私こんなの見つけたんですけど、今度の日曜日に一緒に行きませんか?」


そう言うと、優里亜は灯火に一枚の紙を差し出す。そこにはボランティア清掃の募集を呼び掛ける学校のプリントだった。地域貢献の一環として、この学校では毎年行われている活動で近くにある河川の掃除を行っている。


「先輩は今年、大学受験ですし、私も来年は受験です。推薦をもらうには、こういう活動に参加しておかないといけないって聞きますし、一緒にどうですか?」


灯火は今まで、ボランティア活動をしたことがない。確かに、大学進学のためにボランティアをするのも良いが、人生経験として一回くらいこのような活動に参加してもいいのではないかと考えていた。そのため、灯火は優里亜の提案に快く賛成する。


「ボランティアか、今までやったことないから一回くらいやってみてもいいかもしれないな。よし、やろっか。」


「よ、よかったです、日曜日は先輩と一緒ですね!では、先輩の気分が変わらないうちに、先生に参加を伝えましょう。」


そう言うと、彼女は灯火の手を取り、職員室へと引っ張っていく。彼女は少し無理をしているのか、その手は震え、顔は火が出るように真っ赤だった。




「峰鷹、お前はボランティアに行くんだよな?まさか、そこの後輩と日曜も過ごしたいからという不純な動機で行くはずないよな?」


ボランティア担当の先生は灯火の担任である時彩先生だった。いまの彼女の目の前には灯火と優里亜の姿が見えているが先生は額に青筋を浮かべている。


隣に顔を真っ赤にして、もじもじしている後輩がいるのだ、そんな二人を目の前にして、奉仕精神の塊であるボランティアをしたいと言われても、その目的が本当の目的だとはだれも思わないだろう。


灯火はこれ以上、先生を怒らせるのはまずいと不純な理由でボランティアに参加するのではないと説明する。優里亜も隣で灯火の説明にうなずく。


「そんなわけないないじゃないですか、僕は人々の役に立ちたいという自己犠牲の精神で志願したんですよ。」


「本当にそう考えている奴は自己犠牲なんて言葉は使わないんだよ。だが、単純に志願してくれることは助かる。誰も参加しなくて困っていたんだ。」


時彩先生は二人の怪しげな姿に目を向けつつも、二人の名前をボランティアの参加名簿に追加する。


「どうして先生が困るんですか?こんなの、参加する生徒がいなければ実施しなければいいんじゃないですか?」


「そういう訳にはいかないんだ。上からの命令には逆らえないんだよ、教師なんて縦社会の代表例のようなものだ。あの教頭、なにが時彩先生は彼氏もいないし、日曜日は暇ですよねだ!私だって、予定の一つや二つあるっていうのに。あーっ、くそ!思い出しただけでイライラしてきた。」


灯火と優里亜はそんな先生の文句を聞きながらあきれていると、表情を固まらせる。そんな二人に気づいた先生は何事かと尋ねようとするが、後ろから聞こえてきた咳払いで完全に固まってしまう。


「オッホン!時彩先生、何か私に言いたいことがあるのでしたら、いくらでもお聞きしますよ?私の仕事の中には先生方のメンタルケアも含まれていますから。」


時彩先生は恐る恐る、後ろを振り向くと険しい顔でこちらをにらみつけている教頭先生がいた。どうやら、先ほどの文句を聞かれていたようだ。文句があるなら聞こうじゃないかと言いそうな目で睨まれている。


「い、いえ。教頭先生には大変よくしてもらっていると生徒達に教えていたんですよ。アハハハハ!」


先生は必死に笑いながらごまかしていた。


「そうですか、それならいいですが。それよりも、今週のボランティア活動、よろしくお願いしますよ。この活動は市からも評価されているわが校の大事な行事なのですから。」


そういうと、教頭先生は去っていく。時彩先生は緊張の糸が切れたのか一気に脱力する。


「助かった、まさか後ろにいたとは。お前たち、黙っていないで教えてくれればいいだろ。」


「いや、時彩先生がほかの先生たちもいる職員室でそんなこと言うからでしょ。周りの先生でも聞こえていますよ。というか、さっきの言い訳の仕方は何ですか?中学生でももう少し、ましな言い訳を思いつきますよ。」


「ゆりもそう思います。中学生の弟でもバレない嘘をつけますよ。」


二人が先ほどの時彩先生の幼稚な言い訳に対して各々の意見を述べる。生徒に言い負かされて恥ずかしかったのか、時彩先生はさっさと二人を追い出す。


「お前たち、大人を心配する暇があるのなら、勉強の一つでもしろ!とくに峰鷹、お前は受験生なのだからさっさと出ていけ。それに、目黒もだ、2年生だからってゆっくりしていたら、あっという間に3年生だぞ。ほら、生徒は出て行け、ここは教師のみがいることを許された聖域なんだからな。」


二人は先生にせかされながら、職員室を追い出された。

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