静かな彼を振り向かせたい

和泉秋水

第1話

 皆様ご機嫌よう、私は一条玲香れいか

 絶世の美少女と自称し他称される女。容姿端麗、文武両道、道を歩けば誰もが目を釘付けにし、告白された回数は三桁を超える。

 そのモテ具合は幼稚園から始まり高校に入学した今でも続いている。


「玲香様、おはようございます!」

「あら、おはようございます」

「玲香様! おはようございます!」

「おはようございます」


 新学期が始まった九月の今日も朝から多くの人から元気よく挨拶をされる。なので私も笑顔で挨拶を返す。

 すると後ろから軽快な靴音が近づいてくる。きっと彼女だろう。


「おはよう玲香!」

「おはようございます永和とわさん」


 私に挨拶をする彼女は白上永和。私とは別のクラスだが友人だ。しかも私にとってはただの友人ではない。ライバルだ。

 なにせ彼女は私と一、二を争う美少女なのだ。私を“令嬢のような美しさ”だとすれば彼女は“アニメでのヒロインのような可愛さ”である。

 当然彼女も私と同じぐらいモテる。

 それでいて彼女は私にはないものを持っている。“彼氏”だ。そう、彼女には彼氏がいるのだ。今年の七月に付き合い始めたらしい。どうやらその彼は彼女と昔馴染みのようで、高校に入って男女を意識し出し、付き合うに至ったらしい。そのことを知った男子連中といったらそれはもう凄いものであった。悲恋、絶望、羨望、混乱、それらを一緒くたに混ぜ合わせたような凄まじい、一言で言い表すならば地獄のような、そんな形相であった。その時私は男子達に同情さえした。

 そんな彼女が実に羨ましい。私はモテこそすれど、この人が良いという人には出会えていない。なにせ私はモテすぎた。だから私は私に簡単に振り向かないそんな人を求めるようになってしまったのだ。


 私は彼女と雑談を交わしながら教室に向かい、クラスが別なため途中で別れる。私が教室に入ると既に教室にいたクラスメイト達が私に挨拶をする。それに挨拶を返しながら私は自分の席に座り荷物を整理する。

 そういえば私の隣の席が空いているが転校生でも来るのだろうかと疑問を抱く。しかし朝礼になれば分かるかと思い、予習でもしながら朝礼までを過ごす。


 朝礼のチャイムが鳴って、


「ほら座れー、朝礼始めるぞー」


 担任の先生が来たことで朝礼が始まる。


「夏休み明けだが切り替えて過ごすように。ああそれと今日から転校生がいる。仲良くするように」


 担任の最後の言葉に教室は喧騒に包まれる。男子か、女子か、どんな人だと皆が注目する。


「じゃあ入れー」


 そして教室の戸を開け入ってきたのは一人の男子生徒。同年代の男子達と比べて随分と小さく、どこか可愛さが残る生徒だ。男子の制服を着ているが、女子の制服でも似合うのではないかとすら思える。

 男子だったことに落胆する男子達、しかし可愛いからいいかと思う男子達。そんな様子はお構いなしにその転校生は教卓の隣まで来る。


「では自己紹介を」

「洲上高校から来ました篠月蓮しのつきれんです。程々によろしくお願いします」


 同時に担任が黒板にフルネームを書き、自己紹介が終わる。ニコリとも笑わず無愛想な感じだがそれが彼なのだろう。


「何か聞きたいことがある奴は休み時間にでも聞いてくれ。篠月の席はここだ。分からないことがあったら俺か周りのやつに聞いてくれ」

「分かりました」


 そう言って彼は先頭右端にいる私の隣の席に座る。空いていた席は彼の席のようだった。

  彼は一度私を視界に入れたものの興味がないようで一瞥をしただけで席につき前を見る。

 そして担任は明日実力テストがあることや今日の予定を確認して、朝礼を締める。


「他に連絡事項は……ないな。じゃ朝礼は終わりだ」


 担任は教室を去る。一時限の始業式までの間、彼に質問でもしようと直ぐに彼の周りには男子生徒や女子生徒が屯して質問攻めを行う。好きなものは何か、嫌いなものは何か、得意な教科は、苦手な教科は、好きな異性のタイプはなどなど。最後の質問には少し気になって耳を傾けたがどうやら自分の好きになった人が僕のタイプとだけ答えていた。

 質問攻めがある程度終わる頃には体育館へ向かう時間である。皆んなも各々体育館へ向かっていく。

 私も話しかけたかったので体育館まで案内するついでに私も話しかけてみることにする。


「初めまして篠月蓮さん、私は一条玲香です。お話しするついでに体育館まで案内いたしますよ」

「ありがとうございます、一条さん」


 私が話しかけると無表情のままこちらと目を合わせ付いてくる。


「改めて私は一条玲香。このクラスの学級委員長です。何か困ったことがあったら私に聞いてください」

「分かりました」


 敬語を使いどこか余所余所しい。


「同じクラスメイトになるのですからタメ口でいいですよ」

「分かった一条さん」


 それから彼とこの学校のことについて話しつつ体育館へ向かうが……。

 終始、彼は無表情で美少女な私に無反応な様子。思い切って廊下に人が多いからと彼に体を寄せてみるも無反応。並の男子ならこれだけで卒倒ものですのに。

 これは――


(――彼を振り向かせたくなるわね)


 こうして私の戦いが静かに始まった。


 ◇◇◇


 始業式や転校生紹介など夏休み明けにすべきことを午前中に終わらせ、午後からは普通の授業である。

 彼は十分授業についていけるようだが、分からない所は私が教えるため机を合わせて手助けをしている。が、やはりなんとも思っていないようだ。


「ここはこうですよ」


 と、そんな風に彼に接近してみるもちっとも靡かない。

 私はめげずにアッタクを仕掛ける。


「あ、ごめんなさい」


 たまたまを装って手に触れて、さっと手を引いてみる。

 効果は今ひとつのようだ。

 ここまでくるともしや彼は感情がないロボットなのでは、とすら思えてくる。

 アタック虚しく五限目が終わる。次は体育だ。男女合同で体力テストのためのストレッチだったはずだ。そこでならもっと大胆にアタックできるっ。


「玲香〜」


 体育は隣のクラスと合同で、いつもペアを作るときは永和としている。

 だが今日は彼にアタックをすると決めているのだ。彼女には申し訳ないが断っておく。


「ごめんなさい永和さん、今日は転校生の篠月さんと組もうと思っているの。篠月さん、それでいいですよね」


 彼は彼女に目線を向ける。


「じゃあ私は他の人と組んでるね〜」

「じゃあよろしく一条さん」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 許可ももらったので彼にアタッk、こほんストレッチを行う。

 まずは座っての前屈。私の体を彼の背中に付けて押してあげる。


「このぐらいでどうですか」

「んっ、このぐらいで」

「ではもう少し続けますね」


 交代してから次はそのまま向かい合って手を握って前屈。

 私は意外と柔らかい彼の手をニギニギしながら交互に前屈を行う。

 なぜ何の反応もないのか。


 次は背中を合わせて体を反らす。男女でするものではないと思うが私と彼の体格を見て先生は良しと判断したようで何も言ってこない。

 女子かと間違うくらい男子にしては軽い彼の体重を感じつつストレッチを続ける。


キーンコーンカーンコーン


 結局何の成果も得られず今日の授業が終わる。

 明日こそは意気込んで私はアタックを続ける。


 ◇◇◇


 彼が来てから一週間が経った。彼も大分この学校に慣れたようで男子友達も幾人か出来たようで休み時間彼らと一緒にいることが多い。

 私はというと、ずっと男子がドキッとしてしまうような仕草などをしたにも関わらず、相変わらずの無反応だった。彼には性欲がないのでは?

 私は困り果てていた。


「どしたの? 玲香」

「永和さん。一つ聞きたいのだけれど私って美少女よね?」

「うん? そうだと思うよ?」

「ですよね。それなのに彼、何回アタックしても反応してくれないんですよ。本当に困り果てていて」

「ふふふっ」

「何が可笑しいんですか」


 彼女は面白可笑しそうに笑う。


「だって、ねぇ?」

「?」

「彼、彼女いるんだよ」

「……へ?」


 世界が凍った。そう形容してもおかしくないぐらいに教室に静寂が訪れた。永和さんの先程の笑い声で注目を浴びていたようで全員がそれを耳にしたようだ。

 一斉に篠月さんへと視線が集まる。


「あなた、彼女いたんですか?」


 彼はコクっと頷く。


「そんな……」


 私は絶句する。


「そういえば、なぜあなたがそのことを知ってるんですか」

「知りたい?」

「教えてください。誰から聞いたんですか」

「誰にも聞いてないよ」

「じゃあどうやって」

「おいで蓮」


 彼女は手招きをして彼を呼ぶと、彼に抱きついた。

 彼もびっくりしている。


「もういいの?」


 彼は問う。


「うんいいよ」


 彼女は答える。

 すると彼はギュッと永和さんに抱きつき甘える。


「ど、どういうことですか 永和さん」

「実は、私たち、付き合ってます!」

「「「「…………え?」」」」


 本当に驚いたら声も出ないとは聞いていたが、本当に声が出ない。

 私は何とか声を絞り出す。


「い、いつから付き合ってたんですか」

「ん〜? 七月からだよ」

「七月……」


 ちょうど彼女に彼氏がいると聞いてからだ。ということは彼が彼女の昔馴染みなのだろう。


「どうしてそういうことをもっと早く教えてくれなかったんですか。大胆にアタックしてしまったではないですか」

「いや〜、蓮ってばいつも私以外には無反応だからさ、玲香が面白い反応してくれるかなぁと思ってたんだよ」

「そんな……。もし彼が私に反応して浮気してたらどうするつもりだったんですか」

「浮気? しないよ?」

「どうして断言を……」

「愛し合っているから、ね?」


 彼女はみんなが見ている前で篠月さんの顔を両手で抑え、唇を奪う。篠月さんは彼女にされるがまま。だがそれを喜んでいるようだ。


「あなた、性格悪いですわよ」

「ふふっ、知らなかった?」


 彼女は無邪気に笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

静かな彼を振り向かせたい 和泉秋水 @ShutaCarina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ