第25話 桃兎亭
「これで、依頼も無事に終わったな」
討伐依頼終わり、「ンーッ!」と両腕を真上に上げて背筋を伸ばした。
何だか少しお腹が空いた気分だ。
「そしたら...何か食べて行こうかな?」
ラグナロクRagnarφkでは、多種多様な食事処が存在している。
しかも、そのいずれの場所で召し上がれる料理は現実世界に存在しない食材で作られた料理だ。
その全てを食べきるには時間が足りないと言うものだ。
「...それなら、桃兎亭に行って決めるか」
今では常連と言って良いのか解らないけれど、事ある毎に利用させて貰っている馴染みのある場所だ。
何と言っても味付けが僕好みで、量が多い事も嬉しい。
「いっらしゃいませ!!って、ルシフェルさんだったんですね!!ようこそおいで下さいました!!」
元気な明るい声で出迎えてくれたのは、この桃兎亭の看板娘。
プリモシウィタスで一番、二番の人気を誇っており、メイド服のような制服がよく似合っている兎人だ。
僕に気が付けば、その感情に合わせて嬉しそうに兎耳が反応を示した。
プレイヤー、一人一人に違った感情を表し、それぞれに対人関係を築き上げているのだからNPCの域を軽く超えていた。
「今日は...どうしようかな?...あれっ?この匂いって...」
お店の中に漂う香ばしい匂い。
自然と食欲を誘って来る物だ。
「あっ、ルシフェルさん気が付きましたか?今日からの新作なんですけど、よろしければどうですか?」
期間限定と書かれたメニュー表。
それを指差しながらニコッと笑った。
「へえ、カツカレーか...うん!それでお願いします!!」
草鞋のようなサイズの豚カツがドッシリと乗っかったカツカレー。
ルーがご飯へと十二分に掛けられており、カツに奪われていない物だ。
「はい、ありがとうございます!!それでは、1,000ガルドでございます」
この笑顔で勧められると、皆が迷わずそれを選んでしまうのでは無いか?
そんな魔性が込められた笑顔だ。
それにしても、この量で1,000ガルドは安い物だ。
「それでは、いつものお席にご案内致しますね!お席に座って、お待ち下さいませ」
然も当たり前のようにカウンター席の角へと案内される。
今では僕の専用席みたいな物だ。
まあ、席が空いている時にだけ限られているのだけれど。
そうして、席に着けば、直ぐに水が運ばれて来た。
「スパイスの入り混じった匂い...たまらないな!」
食事が運ばれて来る待ち時間。
この時間って、何だかとてもソワソワしてしまうよね。
そうして待つ事5~10分。
「ルシフェルさん、お待たせ致しました!!大変お熱いので気を付けて下さいね!」
テーブルに並べられた大皿のカツカレーと先割れスプーン。
出来立てを示すように湯気がモクモクと立っていた。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ!いつもありがとうございます!それでは、ゆっくりしていって下さいね」
笑顔の連鎖。
そして、親しき仲にも礼儀あり。
言葉遣いは丁寧なのに、フレンドリーな態度。
それに珍しく僕がちゃんと話し合える相手なのだ。
もしも、「妹が居ればこんな感じなのかな?」と勝手に想像をしていた。
「では...頂きます!」
両手を合わせて食材へと感謝を捧げる。
生命を頂き、生命を紡ぐ。
それが食事と言う行為なのだと理解をして。
「先ずはルーがたっぷりと掛かったカツから...」
スプーンでカツに触れてみる。
衣がしっかりと包み込んでおり、ルーが掛かっていると言うのにサクサクしていた。
しかも、スプーンで簡単に一口サイズに切る事が出来てしまう程。
「うわあ!!サクサクしているのにスプーンで切れるほど軟らかい!!じゃあ、早速...」
口を大きく開けて、カツを運んで行く。
茶色い衣と、白く揚げられた豚肉のコントラスト。
切れ目から肉汁が溢れていた。
そうして、パクリと一口。
サクッとした衣の食感に、程良く乗った脂身の豚肉。
舌が火傷する事は無かったが、カツの熱さが口一杯に広がった。
「!?」
先ずはカレーのスパイスの香りが鼻を突き抜け、肉の旨味がガツンと押し寄せて来る。
しかも、噛む度に脂が溶け出し肉汁が口の中に広がった。
食べ応えが、かなりあると言うのに、肉そのものが持つ旨味と軟らかさが際立つ。
「...美味い!!」
揚げると言う調理方法。
“焼く”と“蒸す”を同時に行える調理だ。
しかも、お肉を衣でとじている事で、肉の旨味や水分を残していた。
「サクッとした歯応え!噛む度に溢れる肉汁!鼻を突き抜けるスパイスの香り!...しかも、気が付けば無くなっている肉の柔らかさだ。カツ単体でこの美味さなら...カレーはどうなっている!?」
ルーがたっぷりと掛けられたご飯。
それをスプーンで掬えば、その重量感や濃厚さがヒシヒシと伝わって来る。
まるで、黄金のような輝きを放つ。
様々な匂いが食欲を刺激し、「ゴクリ」と喉を鳴らした。
僕は、鼻が少し膨らみながらも、カレーを口へと運んだ。
「!?」
カレーのルーを構成する多種多様なスパイス。
香りや風味と言った物を調整する役割を持っていた。
エスニックな香りを支配するクミン。
バニラに似た香りと肉の臭みを抑えるクローブ。
香りの王様と呼ばれる甘く爽やかなカルダモン。
ほろ苦さを持ち、野菜の甘味を引き出してくれるナツメグ。
甘さの中にほのかなスパイシーさを併せ持つコリアンダー。
全体を纏める厚みのある風味を持ち、カレーの色味を決めるターメリック。
辛味を増すチリペッパー。
これらのスパイスがバランス良く合わさっていた。
「香りの足し算と引き算...そして、スパイス以外のバランス調整...牛乳やバターによるまろやかさ...野菜が溶け出した旨味...下味の付いた豚肉...」
スパイスによる甘さや刺激、それを中和させる牛乳とバター。
刻んだ玉葱や人参が溶け出し、液状になった旨味成分。
オールスパイスで味付けをされた、豚カツとは別の一口サイズの豚肉。
「美味すぎる!!」
口の中で味わう事が出来る、様々な味覚。
その都度、刺激や香りが変わる為、味に飽きる事が一切無く、ドンドン口へと運ばれて行く。
スパイスの刺激と料理の熱さ。
ジワジワと額に汗を掻きながらも、懸命に胃袋へとかきこんでいった。
「美味い!美味い!!美味いぞ!!」
気が付けば、その全てを平らげていた僕。
像の足跡のような大きさがあった大皿も、一瞬でペロリだ。
「...ご馳走様でした」
両手を合わせて天を仰ぐ。
今日も今日とて満足の行った食事だ。
桃兎亭、ありがとうございました。
ラグナロクRagnarφk、ありがとうございました。
この料理に、この世界に、僕は最大限の感謝を捧げていた。
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