第22話 アルヴィトル③

「そう言えば...アルヴィトルは、戦う事が出来るの?」


 僕のそんな疑問から始まった。

 アルヴィトルは戦乙女(ヴァルキュリー)と称される魂の選定者。

 戦場で死んだ者の魂を、主神オーディンの下へと運ぶ役目を担っていた。


「はい。ルシフェル様。今はまだその能力が制限されておりますが、戦場を単騎で支配出来るようにと主審オーディン様に創造されております。ですが、私の役目は、あくまでもルシフェル様のサポートでございます」


 僕の眼を真っ直ぐに凝視めて、そう答えた。

 相変わらず表情が硬いのだけれど、その眼差しにはアルヴィトルの感情が乗っていた。

 まあ、この時の僕には解る事が出来なかった感情なんだけど。

 

「そうなんだ。やっぱり、戦う事が出来るんだね。じゃあ、僕と一緒に冒険や依頼(クエスト)に行く事は出来るのかな?」


 ラグナロクRagnarφkを独り(ソロ)プレイしている僕にとっては大事な事だ。

 僕は、他のプレイヤーと一緒に協力する事も、パーティーを組む気も無い。

 と言うよりも、出来無いと言った方が正しいだろう。

 これは現実世界の自分が置かれている状況があっての事だが、他人に迷惑を掛かる行為になるからだ。


「...ルシフェル様、申し訳ございません。“今の私”では一緒に行く事が出来ません」


 少しばかり、間が空いての返事。

 やはり、人のように感情が、その状況に合わせた対応の仕方が成長している。

 でも、何でだろう?

 アルヴィトルが答えに戸惑うだなんて珍しい。

 それに...

 そんな悲しそうな表情をしないで大丈夫だよ。

 僕は、独りに慣れているのだから。


「“今の私”って事は...いずれは一緒に行けるようになるのかな?でも、そうなれれば嬉しいな...まあ、僕には夢物語なのかも知れないけれど」


 僕はその場で俯き、立ち尽くしたまま心を抱えた。

 独りに慣れていても、やはり、寂しいものは寂しい。

 正直、パーティーを組んでいる他のプレイヤーが羨ましい。

 僕もパーティーを組んだら、もっとラグナロクRagnarφkを楽しめるのかな?

 皆と他愛も無い事で巫山戯たりするのかな?

 自分の知らない新しい自分が見られるのかな?

 そんな事を考えてばっかりだ。


「ルシフェル様...」


 アルヴィトルが、先程よりも切ない表情を浮かべていた。

 可笑しいな...

 此処は、「そんな事ありませんよ」って否定して欲しいんだけど。

 まあ、仕方無いか。

 僕■■■■■■■■■だから。

 だから、やめてよ。

 そんな表情をされたら...

 僕は...

 充血してしまう瞳。

 ウルウルと滲む視界。

 必死で抑えていたものが零れ落ちる感覚だ。


「大丈夫です...私が、ずっと傍におります」

「!?」


 僕は不意に、アルヴィトルに抱き締められていた。

 その美しく、綺麗な両腕を背中へと回し、自分の胸にそっと引き寄せるように。

 柔らかく、それなのに力強い。

 そんな優しさに溢れた温かな抱擁だ。

 ...心地良い。


「...」


 アルヴィトルは、ゲームのサポートキャラでしか無い。

 所謂(いわゆる)NPCだと言うのに、その感情や言動、行動と言ったものはゲームの範疇を軽く凌駕したもの。

 ゲームだからと言った、細かい規制や制限が一才無いのだ。

 まるで、現実世界のように人と人が触れ合う関係。

 その為か、プレイヤーによってはそのサポートキャラに恋愛感情を持つ者も、肉体関係を持つ者も居るらしいけれど。

 まあ、そもそもが仮想世界にイマーシブ(没入)する為、己の人体を改造するのだ。

 それで個人が死のうが、問題が起きようが、国は知った事では無い。

 完全なる自己責任で成り立つ世界なのだから。

 これは、ラグナロクRagnarφkが五感を完全再現しているからこそ出来る芸当だった。


「アルヴィトル...ありがとう」


 誰かに抱き締められる事なんて、今までの僕にあっただろうか?

 アルヴィトルの不器用な表情の優しさ。

 相手の心を気遣う想い。

 その想いが込められている言葉。

 そして、肌と肌が触れ合う事での心と身体の安らぎ。

 僕はその温かさを感じて、自然と感謝の言葉が漏れ出ていた。


「...」


 何も言わずに、ただただ、その時間を過ごす。

 他人から見れば、“空白”で“無駄”のある時間。

 でも、僕からすれば、“優楽”で“付加”のある時間。

 アルヴィトルは、“僕”の行動によって成長をするNPC。

 だが、その“僕”も、アルヴィトルによって成長をさせて貰っていたのだ。


「ねえ...アルヴィトルは何かしたい事あるの?」


 アルヴィトルに自我が芽生えている事は確かだろう。

 だが、そこに自分の意思はあるのか?

 僕はそれを確認したかった。


「私の...したい事、ですか?」


 これは初めて、アルヴィトルが己の意思との対話を試みる出来事。

 目的(僕のサポート)以外の目的の発見。


「そう。アルヴィトルがやってみたい事でも、好きな事でも、楽しい事でも」

「...ルシフェル様。私には...“それ”が何か解りません。私の役目はルシフェル様のサポートだけです」


 アルヴィトルは、やってみたい事が解らない。

 好きな事が解らない。

 楽しい事が解らない。

 己の存在意義は、主人をサポートする事だけなのだから。


「そっか...まだ、解らないよね?じゃあ、“それ”が何か、一緒に探して行こうか?」


 他人から与えられた目的では無く、自らが望んだ目的を生き甲斐に出来るように。

 今度は僕がアルヴィトルをサポートする。


「はい。ルシフェル様」


 “慈愛”に満ち溢れている笑顔。

 僕の知らなかった感情だ。

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