第21話 ????②

 シュコー。

 スー。

 シュコー。


 無菌室のガラス張りの部屋。

 部屋の中にあるのは、ベッドと機械と少年。

 これだけだ。


 シュコー。

 スー。

 シュコー。


 ベッドの上で、身体中に機械を取り付けて寝ている少年がいた。

 いや、機械の中に少年がいる。

 少年は、自分の意思で好きなように動く事が出来ない。

 呼吸も、食事も、着替えも、お風呂も、排水も、何一つ自分では行えない。


 カッ。

 カッ。

 カッ。


 足音が聞こえる。

 誰かが部屋に近付いて来ているようだ。

 その人物が部屋の前で止まると、何かの機械を弄り、ヘルメット型のディスプレイを被った。


「...聞こえるかな?今日の調子はどうだい?」


 部屋の外からガラス越しでこちらを見ている男性が、マイクを通して話し掛けて来た。

 ベッドの上で寝ている僕は、返事が出来無い。

 だが、頭に取り付けてある機械(ネットの世界)を通して、外の世界(映像)を見る事が出来る。

 機械の中(ネットの世界)の僕は、情報の集合体である自分専用のアバターに乗り移り、その限定空間の中では自由に動く事が出来る。

 カメラを通して男性の映像や、音声を確認する。

 僕は直接喋れないので、機械の中のアバターが男性に「はい。大丈夫です」と答えた。

 男性が被っているヘルメット型のディスプレイにも、同じように文字が浮き上がる。


「そうか...それは良かった」


 男性は返事を聞いて、安心したと優しく微笑む。

 これは毎日の日課。

 僕と男性とのやり取りだ。

 ただの確認作業で、それ以上でも、それ以下でも無い。

 機械に繋がれた僕の意思確認。

 ただ、それだけだ。


「この部屋から出る事は出来ないけど、何か不自由は無いかい?」


 男性が毎日、僕に確認して来る質問だ。

 答えは解かっている筈なのに、何故、毎日そんな事を聞くのだろう?

 此処にいる僕は不自由でしかないのに。

 だって、僕の意思では身体を動かす事も出来無いんだよ。

 だって、人と喋る事も出来無いんだよ。

 だって、ご飯を食べる事も出来無いんだよ。

 だって...

 生きているのでは無く、生かされている。

 そんな事、聞かなくても解かっている事じゃないか?

 僕はいつも、この質問に答える事が出来無い。


「...」


 男性も解かりきっているのだろう。

 だた、いつも僕の顔を、その目を真っ直ぐ見ている。

 正直、この男性が何を考えているのか僕には解からない。

 沈黙が続く中、男性が再び口を開いた。


「...君の為になるかは解からないけど、新しい治療の被験者にならないか?」


 現実世界での苦痛の緩和を試み、電脳世界に意識を没入させる。

 ただ、それは現実世界にほぼ戻って来れない事を意味する。

 今の環境は僕を苦しめている。

 それならばと、電脳世界で自由に動いてみないかとの新しい提案でもあった。


「時間は限られているが...やってみないか?」


 僕はすぐに答えられない。

 だけど、これだけは解かるよ。

 見ず知らずの僕の為。

 ずっと。

 今日までずっと。

 ずっと、親身になってくれている。

 その男性の優しさに、貴方の思いを。


(ありがとう)


 僕は、心の中で感謝を伝えた。

 すると、男性はガラス張りの部屋から離れて、ヘルメット型ディスプレイの電源を切った。

 電源を切れば、男性の音声が僕に届く事は無いから。

 ただ、男性はマイクが切れた後もこちらを見て何か喋っている。


「???」


 その声は僕に届かない。

 だが、口の動きは頭の機械の映像を通して良く見えた。

 「生きろ」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る