第15話 屋台①

 プリモシウィタス屋台通り。

 まるで、お祭りや縁日の時のように屋台がずらりと並び、通る者の食欲を誘って来る。

 屋台の種類も多種多様で、お肉系、魚介系、粉物系、甘味系、様々だ。


 お肉系メニュー。

 串焼き(牛、豚、鳥)。

 フランクフルト。

 ケバブ。


 魚介系メニュー。

 魚の塩焼き。

 烏賊焼き。

 海鮮(海老、蛸、帆立、蛤)焼き。


 粉物系メニュー。

 焼きそば。

 お好み焼き。

 たこ焼き。


 甘味系メニュー。

 水飴。

 かき氷。

 チョコバナナ。


 他にも、じゃがバターやフライドポテトなど、数え切れない程の屋台が並んでいた。

 うん。

 どれも美味しそうだ。

 涎が止まらない。

 だけど、匂いで一番食欲を誘って来るのは、やっぱりお肉系や魚介系が強いよね。

 お肉は言わずもかな。

 こんがりと焼けた香ばしい匂いに、タレの芳醇な匂いが堪らない。

 魚介系は他人(ひと)によって意見が分かれると思うが、烏賊、海老、蛸の焼けた匂いは強烈。

 他にも、粉物系に掛かっている芳ばしいソースの匂いや、甘味系のクリームの甘い匂い。

 いっその事、一通り全部を食べたいよね。

 ただ、想像している量よりも一つ一つの量が多いのかな?

 現実世界で売られている串焼きは、一口サイズのお肉が3〜4個串に刺さっていると思うけど、この世界では握り拳一つ分のお肉が3〜4個刺さっている。

 魚の塩焼きも一匹丸々のところは変わらないけど、現実世界なら10〜15cmくらいのところ、30〜40cm程ある。

 どれもこれも、想像している量の倍は違くて、大食い料理で出て来そうな量だ。


「凄い量だな!だけど、どれも美味しそうだ!」


 知らず知らずの内、口の中に「ジュルッ!」と音を鳴らせる位に涎が溜まっていた。

 「ハッ!」と我に帰れば、思いの外、自分が意地汚い事が解った。

 申し訳ない...

 そして、屋台を歩き回りながら、どれにしようか迷っていると、ふと、ソースの芳ばしい匂いに刺激を受けた。

 甘さとしょっぱさの入り混じった匂い。

 空腹の状態では、我慢出来ない匂いだ。

 その匂いの正体は、今も尚、鉄板の上で焼かれている、たこ焼きだ。

 どうやら、その大きさも規格外らしい。

 通常なら一パックに一口サイズのたこ焼きが8個くらい入っていると思う。

 だが、此処の屋台では拳一個分の大きさが8個だ。

 これはもう、たこ焼きと言うより爆弾焼きだ。

 見た目から匂い、どれも衝撃的なインパクトを受けた。


「いらっしゃい!」


 おじさんが僕に気付き、声を掛けて来た。

 まあ、足を止めて魅入っていたら当たり前か。

 鉄板の上のたこ焼きは、どれもカリカリに焼けていて美味しそうだ。

 それにしても、やはり大きい。

 だが、僕は値段を見て更に驚いた。

 この量のたこ焼きが、600ガルドで食べられるのだ。

 えっ、どう言う事!?

 絶対に安過ぎでしょ!?


「おじさん!8個入りを一つ下さい!」


 見た目とボリュームの破壊力。

 目が釘付けになってしまい、意気揚々と注文を頼んだ。

 すると、おじさんが僕に手を伸ばして来た。


「あいよ!じゃあ、600ガルド頂きます」


 僕は言われた通り、おじさんに600ガルドを手渡した。

 そうして金額の確認が取れると、「うし!用意するから待っててね」と言い、直ぐさま手を洗い出した。

 屋台だと言うのに衛生管理が徹底されているようだ。

 お客様に気を遣ってくれているようで嬉しくなるよね。

 おじさんの手洗いが終われば、焼き立てのたこ焼きを容器に移して行く。


「トッピングはこちらから選べますけど、どれにしますか?」


 選べるトッピングの種類。

 ソース。

 刻みトマトのソース。

 照り焼きソース。

 照り焼き玉子ソース。

 明太マヨネーズソース。

 ハーブバジルソース。

 ガーリックオイルソース。

 チーズソース。

 天出し(天カストッピング)。

 金額を多く払えば、此処から最大で四種類まで選ぶ事が出来るらしい。

 う〜ん、悩む。

 こう言うのは定番が一番美味しかったりするらしいけど...


「じゃあ、定番のソースでお願いします!」


 沢山の種類からソースを選べる訳だが、僕は現実世界と仮想世界を含めても、初めてたこ焼きを食べるので定番を選ぶ。

 他のも食べてみたいけど、それは次回にしようかな?


「あいよ!じゃあ、用意するから待っててね!」


 返事がハキハキして力強い。

 手慣れた動きは職人って感じだ。

 たこ焼きを専用の容器に串で移して行く。

 容器は分厚い紙で出来ており、舟の形をしていた。

 焼き立てのたこ焼きを容器に移すと、直ぐにトッピング作業へと入った。


 先ずは、ソースをたこ焼きの上面たっぷりに塗りたくる。

 次に、マヨネーズを網掛けし、その上に青海苔を振り、最後に鰹節をトッピング。

 何と此処までの工程を一瞬で仕上げてしまった。

 僕が瞬きをしている間にたこ焼きが完成しており、たこ焼きの上で鰹節が踊っていた。

 速い!

 速すぎるよ!

 おじさん凄腕過ぎだよ!?

 いつの間に!?と思っていたところ、タイミング良くお腹が「ぐ〜」と鳴ってしまった。

 どうやら、もう待ち切れないらしい。


「お待ちどお!熱々だよ!」


 目の前のたこ焼きを見て、喉が「ゴクリ」と音を鳴らす。

 たこ焼きをトッピングするのに掛かった時間は一瞬だった。

 おじさんのスマイルが眩しい。

 熱々のたこ焼きから香る、青海苔の風味、濃厚なソースやマヨネーズの混じった香ばしい匂い。

 僕の理性が崩壊した(現実世界では実際お腹は減っておらず、目の前で体験するだけ)。

 堪らず、急いでたこ焼きをおじさんから受け取り、息つく暇も無く竹串を手に取って、たこ焼きを口に運んで行く。

 濃厚なソースがたこ焼きに絡み、マヨネーズ、踊る鰹節、青海苔のコントラストがとても綺麗だ。

 此処まで来ると芸術にさえ見えて来る。


「頂きます!」


 大きいたこ焼きを竹串で口に運び、一口食す。

 熱々だ。

 口の中が火傷し、薄皮が捲れる程の熱さ。

 だが、この一口は待ちに待った思いもあって、最初の一噛みは忘れらない味となった。

 表面のカリカリに焼けた生地はサクッと歯応えがあり、中からはトロトロに焼けた具材が口の中で溢れた。

 中に入っている具材は、蛸、天カス、長葱、紅生姜とオーソドックスな物だが、贅沢にも一口サイズの蛸がたこ焼きの中に幾つもひしめき合っていた。

 どこを齧っても蛸が食べられるように設計されている。

 いや、計算尽くされている。

 濃厚なトロトロの生地も、海老粉や和風出汁がしっかりと効いていてソースが無くても美味しく仕上がっていた。

 口の中で溢れたトロトロの生地の部分は“食べる”と言うより“飲める”と言った感覚だ。

 そして、上にかかっているソースやトッピングは、このたこ焼きを美味しく活かす為の分量が完璧な割合だった。

 ソースが多すぎても辛くなるし、マヨネーズが多くてもしつこくなるし、鰹節や青海苔が多いと邪魔になる。

 その、絶妙な加減を完璧に合わした配合が最高のトッピングとなっていた。


「カリカリのトロトロだ...蛸の歯応えは弾けるようで、噛めば噛む程旨味が溢れて来る!鰹節の風味が鼻から抜けて、トロトロの生地と長葱がソースとマヨネーズに絡まって口の中に広がる。噛む度に違う味を楽しめて、紅生姜や天カスが程良いアクセントに!うん。美味い!」


 一口噛む毎に自分の世界に没頭してしまい、目を閉じながら味を噛み締める。

 人生で初めて食べたたこ焼きは、この美味しさが僕のたこ焼き史の基本となってしまった。

 現実では二度と食せない味だと言うのに。

 二口目、三口目と竹串が進み、握り拳一つ分のたこ焼きはあっという間に姿を消した。


「はっ!気付いたら無くなっているだと!?」


 自分の意思とは関係無いところで身体が動き、貪るようにたこ焼きを食べていた。

 美味しさが止まらない。

 手が止まらない。

 口が止まらない。

 その後も身体が勝手に動いており、8個あったたこ焼きが僕の目の前から消えていた。


「...ああ。無我夢中とは、こう言う事を言うんだな」

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