第5話 桃兎亭

 ラグナロクRagnarφkでは、五感全てを楽しむ事が出来る。

 魔法と言うファンタジーを合わせれば、大六感もあるのだが、本日は、その内の一つ、味覚についての話。

 此処は仮想世界の為、此処で食事をしても、現実世界の僕のお腹が膨らむ事は無い。

 勿論、栄養を取る事も出来無いのだが、しっかりと食材の旨味を、料理の全てを味わう事が出来るのだ。

 そして、今日が、仮想世界に来て初めて料理を味わう日。


「匂いが...食欲をそそる...どれも美味しそうに見えるな」


 此処は始まりの街プリモシウィタス南区にある飲食エリア。

 所狭しと様々な飲食店が凌ぎを削っている場所だ。


「直感になるんだけど、何となく、ここにしてみようかな?」


 僕が選んだのは、木造で出来た一階建ての大衆的な飲食店。

 看板には、『桃兎亭』と書かれていた。


「桃兎亭(ももうさぎてい)?読み方は、これで合っているのかな?」


 入口は両開きのスイングドア。

 そのドアを開けて入れば、ドアに連動した鈴が「カランカラン」と音を鳴らす。

 建物を入れば直ぐにレジカウンターが置かれていた。

 室内の最奥にはカウンター席がずらりと並び、その間には幾つものテーブル席が置かれていた。


「へえ。外観からは想像がつかないほど中が広くなっているんだな」


 カウンター席が、全部で10席。

 4人一つのテーブル席が、全部で8席。

 その一つ一つの間隔が広く、かなりゆったりと座れる空間だ。

 そして、カウンター席の奥に厨房がある作りをしていた。


「この大きさは...亜人種の為にも、広く作ってあるのかな?」


 種族によって、身体の大きさはマチマチだ。

 天井も高くなっているので、きっとそれらに対応する為だろう。


「いらっしゃいませ!ようこそ桃兎亭へ!!」


 僕に、そう声を掛けて来たのは兎人族の少女。

 14〜15歳くらいの小柄で愛らしい見た目をしている。

 身長は、150cmくらいだが、縦に伸びている兎耳を合わせれば、170cmくらいになる。

 桃色ショートが良く似合う、笑顔の可愛い少女だ。

 メイド服のような制服を着用しており、料理の配給、片付け、お会計と言った作業を一人で担当しているみたいだ。


「何を、お召し上がりになりますか?」


 僕が着席する前。

 初めに注文を聞かれた。

 どうやら、先にお会計を済ませてから料理を提供するシステムで、食い逃げ防止と作業の効率化を図っての事らしい。


(注文が先の、お会計が先払いのシステムなんだ)


 ただ、僕は初めてこの場所に来ている。

 お店にどんな料理があるのか全く知らない。

 そうして「メニューは何があるんだろう?」と、僕がキョロキョロと首を動かしていると。


「ああ、これは大変申し訳ございませんでした。初めての...お客様でしたね?どうか、お料理は、こちらのメニュー表からお選び下さいませ!」


 どうやら、ホールに立っているのは、この女の子だけみたいだ。

 周囲を見渡せば、とても忙しそうな雰囲気だ。

 だと言うのに、僕に対して丁寧に対応をしてくれる。

 笑顔でメニュー表を差し出してくれた。


(わあ...何だか忙しいのに、申し訳無いな...)


 この忙しい状況の中、店員さんを待たせてしまう事は非常に申し訳無かった。

 しかし、この世界で初めて食べる料理。

 妥協をしたく無かった。

 メニュー表には、多種多様な料理が掲載されており、しかも、見易いように、丼、魚、肉、麺、サラダと品群毎に分かれていた。

 どうやら、現実世界と同じような料理で、その素材のみがファンタジーな物になっているようだ。


 メニュー表の一部抜粋。

 『丼メニュー』

 火食う鳥の親子丼。

 頓沌豚のカツ丼。

 暴れ王牛丼。

 『魚料理』

 コールドフィッシュのムニエル。

 お辞儀マグロのバターソース。

 『肉料理』

 暴れ王牛のステーキ。

 頓沌豚の生姜焼き。

 『麺料理』

 三色トマトソースのパスタ。

 千年チーズのクリームパスタ。

 『サラダ』

 公爵芋のポテトサラダ。

 緑人参、黄南瓜、色トマトのシーザーサラダ。


(どれも美味しそうだな...でも、ここはやっぱり肉料理が食べたいな。一番興味が惹かれているステーキは、他と比べれば値段が高いけど...)


 お店の中で断トツに高いメニュー。

 だけど、その名前からして食欲がそそられると言う物だ。


「暴れ王牛のステーキでお願いします!」

「かしこまりました!それでは、先払いでお代を頂きます。暴れ王牛のステーキで、3,980ガルドでございます」


 僕は銀貨を四枚渡して、銅貨を二枚受け取った。

 兎人族の少女は、待っている間も嫌な顔一つ見せず、ニコニコと笑顔で対応してくれた。

 その姿がとても愛らしい。


「それでは、カウンター席へとご案内致します」


 僕は一人と言う事もあり、奥のカウンター席へと案内された。

 席に着くと直ぐ、現実世界の飲食店さながら、水の入ったグラスを持って来てくれた。


(く〜っ。待ち遠しいな...)


 そうして水を飲みながら待つ事10分。

 桃色兎人の少女が、料理を運んで来てくれた。


(うわ!匂いが、たまらないよ!)


 運ばれて来たステーキからは、鉄板の上で肉汁がジュージューと焼ける音に、ニンニクの香ばしい匂いが香って来た。

 五感を刺激する凶悪な肉料理が、僕の目の前に運ばれたのだ。


「お待たせ致しました!暴れ王牛のステーキです!」

「おおっ!!デカっ!!」


 目の前のステーキの大きさは、2ポンド程あり、分厚さも10cm程ある。

 予め、食べ易いようにと切り分けられているステーキは、脂身の少ないヒレ肉。

 表面を高温で焼き上げ、中はミディアムレアに仕上げられていた。

 ステーキの上に掛かっているソースは、すり下ろした玉葱、ニンニク、薄切りにした玉葱を炒めて味付けをしてある、シャリビアンソース。

 そのニンニクの香ばしい匂いが、食欲をそそるって物だ。


「それに、ものすごく美味しそうだ!!」


 思わず、涎が「ジュルッ」と音を鳴らす。

 もう待てないとばかりに、僕はフォークとナイフを手に取った。

 その焼けたステーキを口に運ぶ為、フォークでお肉を刺す。

 表面のしっかりと焼かれた部分は程良い弾力があり、そのままフォークを刺して行くと、スーッとお肉に沈んで行く。

 中から顔を覗かせる赤身の部分は綺麗なピンク色をしており、フォークでお肉を持ち上げれば、肉汁が溢れてプルプルと揺れていた。


「弾力が...ごくっ」


 この贅沢なお肉を今から食べる事が出来るのだと喉を鳴らす。

 そうして切り分けられたステーキを口に運ぶ。

 先ずは、ソースの掛かっていない、お肉その物の味から。

 一口目。

 噛み締めただけで、「ガツン!」とお肉の旨味が広がる。

 ソースの掛かっていないお肉は、塩、胡椒だけで味付けされた物。

 ただ、それだけだと言うのに、脳内を強烈に支配する美味しさだ。


「んっ!!美味しい!!」


 塩は、粒が残っている天然塩。

 胡椒は、焼き上がった直後に振りかけ、粒が残るようにと粗挽きで香りを立てていた。

 ブランデーでフランベされた香りは、肉の焼けた美味そうな匂いと相まって、食欲を更に刺激して来る。

 そうしてステーキを口に入れた瞬間。

 お肉本来が持つ熟成された味が広がり、噛む度に肉汁が溢れる物。

 何故だろうか?

 知らぬ間に人が本来持っている本能をさらけ出し、その場で「ウォーーーー!!」と叫びたくなるワイルドな気持ちにさせられた。


「これは、たまらないな!」


 次は、シャリビアンソースが掛かったステーキを口に運ぶ。

 すり下ろした玉葱に、ニンニクの香りが、僕の嗅覚を、より凶悪に刺激する。


(くーっ!匂いが最高だ!!)


 もう我慢出来ないと口に入れれば、先程味わった赤身の美味しさに、ソースの旨味が加わって、更に肉のポテンシャルを引き上げた。

 肉汁×旨味は、凶悪なる美味である。

 そうして目を閉じてステーキの美味しさを味わっていると、両端からスーッと涙が零れてしまう。

 感無量。


(ありがとう...ございます)


 それからは少々、はしたないのだが、目の前のステーキにがっつくようにお肉を口の中へと運んで行った。

 バクバクと手が止まらない。

 だが、鉄板の上のお肉を食べている時。

 ふと、目につく料理がそこにあった。

 どうやら、備え付けにマッシュポテトが乗っているようだ。

 お肉を食べ続けたいのに、どうしてもそちらが気になる。


「...ゴクッ!」


 僕が気になった瞬間。

 気が付けば、マッシュポテトを恐る恐る口へと運んでいた。

 パクリと一口。

 すると、程良く素材のごろごろ感を残したマッシュポテトが口の中へと広がった。

 牛乳やバターの味わい。

 それに程良い塩気が加わった素材の美味しさ。

 素朴だが、何処か懐かしさを感じさせるようなマッシュポテト。

 このマッシュポテトを食べた後、お肉を口の中に運ぶと、不思議な事にステーキの旨味が倍増されていたのだ。

 それは、肉と芋の食べ合わせによって生まれる相乗効果。


「何だこれは!?旨味が増しているだって!」


 驚きと共に、どんどんフォークが進む。

 肉→ソース→マッシュポテト→肉。

 この瞬間。

 延々に止まらない三角関係が築かれたのだ。

 “魔の三角関係”、バミューダトライアングルである。


「はっ!!いつの間に料理が無くなっている!?...でも...とても満足だ」


 気が付けば、鉄板の上のステーキは無くなっていた。

 大きく食べ応えのあるステーキ。

 だと言うのに、あっさりと完食させてしまう料理。

 もしも、カロリーなどを計算した場合、とんでもない数値を叩き出すだろう。

 まさしく、美味さも、ボリュームも、常軌を逸した悪魔の料理だった...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る