第3話 チュートリアル② 体力テスト

「そういえば、この身体って、どれくらい動けるんだろう?」


 僕はチュートリアルを始める前に、この疑問から始まった。

 現実世界の自分と仮想世界でメイキングしたキャラクターとでは、そもそもの身長や体重が違う。

 ステータスによる能力アシストがあれど、キャラクターを動かすのは自分自身だ。

 そのキャラクターが持つ身体能力が、現時点でどうなっているのかは未知数だった。


「...調べてみるか」


 僕が今いる部屋は、チュートリアルモード専用の部屋。

 終わりの見えない無機質な空間で、ただ広くて何も無い部屋。


「先ずは、キャラクターとの連動率...」


 自身が投影されたキャラクターの身体を動かす操作に慣れる為、現実世界の僕は脳内で右手を上げるイメージを浮かべた。

 すると、仮想世界のキャラクターが連動し、僕のイメージ通りの動きを再現して行く。


「うん...ズレがない!...現実の感覚そのままで、本当に自分の身体みたいだ!意識とキャラクターがここまで連動出来るなんて凄いな!」


 自分の感覚や神経がキャラクターと完全同化している。

 現実世界の僕はコンソールを通じて仮想世界に直接コネクトしている為、その場から動く事は出来無い。

 だが、仮想世界のキャラクターは現実世界の僕の脳や神経と直接繋がっているの為、イメージした通りに動く事が出来るのだ。

 五感の感覚も現実そのままだから、とても凄い技術だと思う。

 と言うか、オーバーテクノロジーって奴か?


「じゃあ、早速。部屋の機能を変えてみようかな?」


 チュートリアルモード専用の部屋には、室内の内装を切り替えられる媒体(水晶)が浮いていた。

 その水晶に触れれば、ホログラム式のディスプレイが現れ、スクロールして選択する事で内装を変えられる仕組みだ。

 ちなみに、現時点での内装の種類は、デフォルト(無機質な空間)、運動場、海、山、コロッセオと切り替える事が出来る。


「ええっと、運動場に設定してと...おお!陸上競技場だ!」


 僕は水晶から映し出されたディスプレイを指でスクロールし、運動場を選択した。

 すると、今居る空間が一瞬揺らいだ後、部屋の内装が瞬時に切り替わる。

 400mトラックが完備された場所に、投擲や跳躍と言ったものが測れるフィールド。

 正直、この大きさを一人で使うのは勿体無いが、設備環境が充実している。

 それぞれの場所(種目)には、測定を自動で補助してくれるアシスト機能が備わっていた。

 これなら一人だとしても、自身の身体能力を正しく測定する事が出来るだろう。

 僕は、その測定を始める前にストレッチをしっかりと行い、準備運動を済ませて行く。


「...凄いな。運動中の発汗作用まで、しっかり再現されているよ。感覚がここまで共有出来ているなんて、本当に凄いな」


 僕自身の姿は現実世界のものと変わっている。

 だが、ゲームキャラクターの域を超えて僕は此処に存在しているのだ。

 現実では無いこの仮想世界に、僕自身が本物として。


「じゃあ...50mから測ってみるか」


 準備を済ませた僕は、400mトラックへと移動する。

 そして、直ぐさま測定が出来るようにと直線レーンのスタート地点へと向かった。


「ここがスタート地点になるのかな?」


 スタート地点らしき場所に移動すると、レーンの外には丸い水晶が浮いていた。

 チュートリアルルームの内装を変更した物と同一の媒体だ。


「これを操作すれば良いのか?」


 情報が不確かなまま、恐る恐る水晶に触れてみる。

 すると、内装を切り替えた時と同じようにホログラム式のディスプレイが浮き上がった。

 そのディスプレイ上には、現実世界にて世界競技に含まれている種目、体力テストで行われる種目が映し出されていた。


「うわあ!こんなに種類があるんだ...へえ。砲丸投げとか、ハンマー投げもあるんだ。でも、一度もやった事が無いからな。...この身体でやったら、どうなるんだろう?」


 現実とは違って明らかに動ける身体だ。

 そんな状態を感じてワクワクと期待が膨らむ。


「ええっと、最初は50mを測りたいから...」


 競技項目をスクロールして、50m走を選択する。

 すると、スタート地点の地面からスターティング・ブロックが現れた。

 それと同時に無機質な音声が突然、始まりの合図を出して。


「On your marks(位置について)」

「えっ!?何...?英語?位置についてって言ってるのか?」


 頭の中で英語が自動翻訳された。

 僕は、その音声の指示に従って、スターティング・ブロックに足を乗せてクラウチングスタートの姿勢を取る。


「...こうすれば、良いのかな?」


 ドキドキと僕の心音が高鳴っている事が解る。

 今までにした事が無い、イメージだけのそれっぽい構えが、尚更緊張感を生んで。


「Set(用意)!」


 深呼吸を一度行い、僕の高鳴る気持ちをフラットにさせて平常心にさせる。

 後は、ゴールを見据えて号砲が鳴るのを待つ。


「BAN!!」


 号砲が鳴り響くと、僕はその号砲と共に走り出した。

 スタートの合図に一才出遅れる事が無く、瞬時に反応出来てしまう反射神経。

 嘘みたいに身体が軽い。

 現実世界の僕よりも手足が滑らかに動いている事を感じる。

 だが、それでも必死に肺へと空気を取り込んでいる。

 能力は上がっていても、人としての身体機能は変わっていない。


(凄い!ちゃんと僕が走っているよ!呼吸まで苦しいけど...断然速い!!)


 現実世界の僕よりもキャラクターの僕の方が身体能力は断然高い。

 走り出した僕は、ゴールに向かって全力で手足を動かすだけ。

 ゴール地点にはタイムレコードを映すディスプレイが表示されていた。

 そこには、コンマ四桁まで正確なカウントが刻まれていて。


(もう少し!)


 そうして全力を出し切り、ゴール地点へと辿り着く。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 僕の持てる全力を出した。

 これはゲームとは思えない疲労感を感じている。

 肺が苦しく、呼吸が荒れている。

 喉は乾き、脳に酸素が行き渡っていない。

 だが、やはり身体が軽く感じられる。

 僕は歩きながら息を整えて呼吸を落ち着かせた。


「すーっ、はぁー。...タイムはどうだ!?」


 呼吸が落ち着いたところで、ディスプレイを覗いて結果を確認する。


「えっ、5.6214秒!!凄い!」


 現実世界の僕では絶対に出せない記録だ。

 世界記録に近しい記録。

 今の身体は仮想世界の擬似キャラクターであるが、感覚は現実そのもの。

 身体を此処まで自由に動かせる事が楽しくて、脳ではアドレナリンが過剰分泌されて興奮している。

 勝手に英雄へとなった気分だ。


「この感覚、最高だな!」


 興奮覚めぬ間に自分の能力を知る為、次の種目へと移って行く。

 解り易く能力を調べる為に、競技は一般的に体力テストで測るような種目を選択して。


「丁度トラックにいる事だし、このまま1,500mを測ってみようかな?」


 此処からは次々と競技を選択して計測して行く。

 スタート位置へと戻り1,500m走を選択した。

 1,500mの場合は、50m走と違いオープンスタート。

 その為、半身に身構えるくらいなので、そのままスタート地点で号砲が鳴るのを待った。


「BAN!!」


 同じように全力を出して、400mトラックを三周と四分の三走る。

 息苦しいが、心肺機能は高くなっているので身体も軽い。

 結果は。


「1,500m、3分33.2147秒!!」


 次は、110mハードル。

 スタート地点で110mハードルを選択すると、レーンには10個のハードルが地面から出現した。

 もう、此処からは矢継ぎ早だ。

 同じように合図を待って全力で走る。

 走っている時と飛んだ時の頭の位置を変えず、ジャンプの流れがとてもスムーズに出来ている。

 ハードルを飛ぶ時の姿勢が全くブレない。

 嫌でも体幹の強さを感じるものだ。

 結果は。


「12.8647秒!」


 此処からは、トラックから場所を変えて跳躍や投擲を順次計測して行く。

 次は、垂直跳び。

 垂直跳び専用の計測出来る場所があり、その場に立つと複数の小型浮遊撮影機(カメラアイ)が周囲を取り囲んだ。

 その場でジャンプをすれば、カメラアイが様々な角度から立体的に計測してくれる仕組み。


「1.21m」


 次は、立ち幅跳び。

 立ち幅跳び専用の場所は、目盛りの付いた計測レーンが直線的に伸びていた。

 スタート地点に立ち、レーンの中を跳べば、自動的にスタート地点から着地点を計測してディスプレイに表示してくれる仕組みだ。


「3.75m」


 次は、走り幅跳び。

 立ち幅跳び専用のレーンの隣にあった。

 こちらの場合、助走用のレーンが追加されており着地点が砂場に変更されていた。

 同じように自動で計測をしてくれる。


「8.99m」


 次は、砲丸投げ。

 2.135メートルの円内から前方に投擲する競技。

 投擲の円内を中心とする34.92度の扇形のラインの内側で投擲をしなければならない。

 フィールド全体が測定器となっているようだ。

 砲丸を投げた位置から着地した位置を自動で計測して、ディスプレイに表示してくれる。


「22.87m」


 最後は、やり投げ。

 助走レーンがあり、投擲位置から角度約二九度のラインの内側に着地したものだけを計測する。

 砲丸投げと同じように、フィールド全体が測定器となっていた。


「97.23m」


 これらの体力テストを終えて、その結果を見て驚いた。

 現実世界の世界記録に近い数字をそれぞれの競技で出しているのだから。

 キャラクターが持つ肉体の強靭さに身体能力の高さが、仮想世界で身体を動かすイメージを誘導してくれる。


「初期状態のままなのに、これだけ身体が動けるって凄いな!この状態からステータスが上がったら、一体どうなるんだ!?...やばっ!楽しみだ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る