第2話 アルヴィトル①

「アルヴィトル、おはよう」


 “おはよう”。

 この言葉は、日常に溢れている言葉だ。

 普段、普通に生活をしていれば一日一度は聞く言葉だろう。

 ただ一つ、普通と違う事があるとするならば、此処はIMMORPGの世界。

 所謂(いわゆる)、ゲームの世界となるのだ。

 目の前にいる女性は、ゲーム世界だけに存在するNPC。

 人工知能を搭載していて、トップダウン型とボトムアップ型の複合設計で出来ているゲームキャラクターなのだ。

 AIには、人間の意識をコピーした感情や、学習機能を持つプログラムを搭載している。

 このNPC一体にしても、膨大なデータ量が使用されているのだ。

 僕は専門家では無いので、その事を明確に理解している訳では無いが、明らかなオーバーテクノロジーらしい。

 所謂(いわゆる)、ブラックボックスやオーパーツと呼ばれるもの。

 まあ、僕にとってゲームが楽しければ、それで問題無いのだが。


「ルシフェル様。おはようございます」


 アルヴィトルが無表情で答えた。

 今はまだ、AIも初期状態。

 アルヴィトル自身の、感情の起伏があまり無い状態だ。

 ただ、アルヴィトルの視線の動きや、不意に起こる瞬き、喋る時の口の動きや、その息使い、身体を動かした時に揺れる髪の毛や、その香り。

 挨拶に合わせて動くそれらは、現実の人間と寸分変わらず、ゲーム世界のデータには見えない。

 目の前には、確かに“人”がいるのだ。


「突然なんだけど、ステータスの項目について聞いても良いかな?」


 僕はまだ、ゲームを始めたばかり。

 知らない事、解らない事が沢山ある。

 取り敢えずだが、自分の気になっている部分を聞いてみようと思う。


「かしこまりました。それでは、どの項目についてでしょうか?」


 今はまだ、アルヴィトルは定型文のような受け応え。

 だが、僕の問いに対して、瞬時に会話が成り立つAIの対応力。

 その順応性や、知性の高さが、容易に伺える。


「魂位(レベル)についてなんだけど...それぞれの項目が、種族と職業に分かれてるでしょう?その一つ一つに限度が決まっていると思うんだけど、どうやったら、新しい種族や職業を選択出来るようになるのかな?」


 魂位(レベル)には、それぞれに成長限度が決められている。

 そして、キャラクターにも最大成長限度が決められている。

 キャラクターは、その範囲の中で種族や職業を選択して、能力を高めていくのだ。


「はい。ルシフェル様。種族、職業共に、魂位(レベル)が最大で10まで上げる事が出来ます。それぞれを魂位(レベル)の最大10まで上げますと、種族ならば、同族の上位種族を、職業ならば、上位職業、又は、別の職業を、追加選択出来るようになります」


 例

 ヒューマンLV10 → ハイヒューマン(上位種族)LV1

 ※ヒューマンLV10は残ったまま


 剣士LV10 → 騎士(上位職業)LV1、又は、武闘家(基本職業)LV1

 ※剣士LV10は残ったまま


「追加で選ぶ時は、種族が何種類までとか、職業が何種類までとか、制限はあるの?」

「現状ですと、個人が上げれる魂位(レベル)が最大で100までとなっております。その範囲内であれば、種族、職業共に、制限無く選択出来ます。但し、一部の種族、職業に関しては併用出来ない、又は、選択出来ない種族がございます」


 例

 ヒューマン(人族) + サラマンダー(精霊種)

 ※種族が違う為、併用出来ない


 ヒューマン → ドラゴン(限定種)

 ※特殊アイテム使用で変更の為、選択出来ない


「人間や亜人などの人族と、精霊種とかの異なる種族だと併用出来ないし、条件を満たさない限り、選択出来ない種族があるって事か...」

「はい。その通りでございます。同じように職業でも、条件を満たす事で選択出来る複合職や限定職がございます」


 例

 剣士 + 武闘家 → バトルマスター(複合職)

 ※二つを最大にする事で選択出来る為


 勇者(限定職)

 ※特殊アイテム使用で変更の為選択出来ない


「なるほど。そこら辺は魂位(レベル)を上げていけば、自ずと解る事か...アルヴィトル、教えてくれてありがとう」


 僕は、笑顔でお礼を伝えた。

 これは普通の何気ない会話なのだが、普通に人と接するように感情を表して。

 すると、アルヴィトルは僕の真似をするように、口角を少しだけ上げて返事をしてくれる。


「いえ。どう致しまして」

(あれっ?今のって...笑ったのかな?)


 ただ、アルヴィトルの表情に、さほど変化が見られ無い為、僕には確信が持てなかった。

 もしかしたら、それは僕の見間違いかも知れない。

 ただの勘違いかも知れない。

 その事を、相手に聞く事も出来いので、僕はそのまま会話を続ける事にした。


「アルヴィトルは、この世界の事なら何でも解るの?」


 ゲーム世界において、僕専用のアシスタントNPC。

 勿論、物語上、隠さなければならない情報はある筈だが。

 

「申し訳ございません。私にもお答え出来ない事がございます」


 言葉通り、申し訳無さそうに頭を下げて答えたアルヴィトル。


「それはそうか...」


 物語を進めて、初めて解る事もあるだろう。

 それに仮想世界がアップデートされれば、その都度、追加の情報なんて、幾らでも増えて行くだろうから。


「ただ、私は、天界と情報を共有しております。その為、ルシフェル様には最大限のサポートが出来ると思われます」


 アルヴィトルは、ヴァルキュリーである。

 言うなれば、この世界の神と繋がっている存在。

 天界に住まう神族を通して、情報共有(提供)をしている。


「今はまだ、開示出来る情報が限定されておりますが、それでも、ルシフェル様のお役には立てると思います」


 当然と言えば、当然だ。

 ネタバレなんて、ゲーム上、最悪な事が出来る訳も無いのだから。


「そうか...それなら、アルヴィトルの事、頼りにさせて貰うね!」


 満面の笑みで、アルヴィトルに伝える。

 言葉と感情、その表情を、一つの動作として連動させて。


「はい。ありがとうございます」


 アルヴィトルは、お礼を口にした。

 ただ、それだけの事。

 「ありがとうございます」。

 ありふれた言葉で、会話をしていれば何気無く聞いている言葉。

 本当にそれだけの事なのだが、どうも僕は、その時のアルヴィトルの表情が脳に焼き付いて離れない。

 僕の笑顔に返すように、少し照れた様子で口角を上げている、その表情が。

 まだ、見様見真似の不器用な笑顔。

 だけど、確かにアルヴィトルは笑っていた。


(おお!こうやって成長して行くんだ!)


 目の前で起きた、とても些細な変化に嬉しくなる。

 会話が出来る事も、その返って来る反応も、まるで、我が子が成長をして行く姿を見るように。

 勿論、子育てなんてやった事は無いのだが。

 言葉を話せる事、伝えられる事。

 当たり前の事が、当たり前では無い事を、実感しながら。


「じゃあ、次は...」

「はい...」


「それなら...」

「それでしたら...」


「...」

「...」


 この後も、僕達は会話を重ねた。

 それは、アルヴィトルを成長させるように、感情を伝ながら言葉を交わして。

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