ラグナロクRagnarφk MAGAZINE

遠藤

第1話 チュートリアル①

「燃え上がれ!そして、焼き尽くせ!地獄の業火を味わうがいい!!」


 目の前に、火が広がる。

 それは決して燃え上がる炎では無く、何の変哲も無い、ただの火が。

 並び立てられた大層な言葉とは裏腹に、最弱魔法のファイアが放たれていた。

 周りに人が居たのならば、「一人で何をやっているんだ...あいつは?」と、冷めた目で見られていた事に間違い無い。

 そして、この時の僕のキメ顔が、酷く鼻についていた事だろう。

 ...可笑しいな。

 こんなにも格好良いと言うのに。

 




 場面は切り替わり、チュートリアル中の一場面。


「ファイア!!」


 ヴォイスアシストによる魔法の発動。

 自身を投影したキャラクターの呪文詠唱が終わると、ゴブリンを対象にして、その中心部から火が燃え上がった。


「くーっ!やっぱり魔法は格好良いな!」


 僕は、目の前の光景に感動をしている。

 魔法を使える事が、とても嬉しく、とても楽しいのだ。


「そうだ!この感じだったら、魔法の発動と掛け声のタイミングを合わせられないかな?」


 ヴォイスアシストを使用してから、魔法の発動まではタイムラグがある。

 それは、僕が呪文名を叫んでからキャラクターの詠唱が始まり、キャラクターの詠唱が終わり次第、対象に向けて魔法が発動するからだ。


「それなら、早速、試してみるか!先ずは、ヴォイスアシストでファイアを発動させてから...」


 キャラクターの詠唱が始まる。

 この時、今までに一度も聞いた事の無い言語で詠唱をしていた。

 この言葉は一体、何語なんだろう?

 それは解らなかったけど、僕は、キャラクターの詠唱時間をカウントしながら、呪文の発動に合わせて呪文名を叫んでみる。

 こうする事で、僕自身が魔法を使用している感じが、少しでも得られて格好良いからだ。

 無詠唱発動って感じ?


「ファイア!」


 ただ、魔法の発動に合わせて叫ぶが、発動と掛け声のタイミングが全く合っていなかった。

 それはそうだ。

 ぶっつけ本番。

 突然の思いつきで始めた事なのだから。


「タイミングが合わないか...中々難しいな...格好良く、発動と同時に決めたいんだけどな」


 何度も失敗を繰り返しながら、成功するまでチャレンジする。

 発動までの詠唱時間を身体に沁みこませるように。


「うーん、難しいな...これは毎日、練習続けて、身体に無理矢理、覚えさせて行くしかないか...」


 流石に、一日で感覚を身に付ける事は出来無かった。

 こればかりは時間や日数を掛ける事で、ようやく身に付く感覚だ。

 ゲームだからと言って、そんな甘いものでは無く、修練が必要なのだから。

 ただ、何度か試している内に、僕は、詠唱時間中の暇な時間を利用した遊び方を見付けた。


「だったら...逆に、台詞で間を...埋める?...うん!そっちの方が格好良いね!!」


 それは詠唱中に声のアテレコをする感覚。

 キャラクターの詠唱中は動きが固定されてしまう為、発動までは、ただただ、時間を消費するだけなのだ。

 それだと、あまりにも素っ気無いし、勿体無い。

 そこで、僕はキャラクターの呪文時間中に合わせて、台詞のアテレコをしてみる事にした。


「それなら、雰囲気も大事にしないとね!...ヴォイスアシストじゃ無く、コンソールから魔法を選択して...。キャラクターが詠唱を始めたら...」


 雰囲気を作る為、ヴォイスアシストで魔法名を先に言うのでは無く、面倒なコンソールを使用して火属性魔法(ファイア)を選択する。

 キャラクターが詠唱を始める。

 後は、発動までのタイミングに合わせて言葉を埋めれば良いだけだ。

 それも、自分オリジナルの最高に格好良いと思われる台詞を。


「右手に眠る力を解放する!ファイア!」


 僕の言葉と魔法の発動のタイミングが見事にズレている。

 だけど、漫画やアニメ、映画の主人公のように台詞を言ってから魔法が発動する事が、とても楽しい。

 何だろう?

 この、心の底から湧き上がる高揚感は?


「おお!!これは、上手く出来たかも!!でも、発動までの誤差を考えれば、もう少し台詞が長い方が良いのか?」


 現状、台詞と発動のタイミングを完璧にする事は出来無い。

 これはあくまでも僕の中だけでの感覚なのだが、格好良い言葉を並べて魔法と言う必殺技を放つ事が、途轍も無く堪らない事なのだ。

 そうなると、どんどん欲が出て来てしまうもの。

 更なる雰囲気を追い求め、更なる格好良さを追い求めて行く。

 魔法発動までの間を台詞で埋める為に言葉数を増やして試してみる。


「魔法を選択してから...と」


 コンソールで呪文を選択して、キャラクターに詠唱をさせる。


「封印されし、異能の力!!右手に眠る力を解放する!!ファイア!!」


 言葉数的には、先程よりも発動のタイミングが合わせられている。

 自分が思っていたよりも、格段に上手く出来た事を喜ぶ。


「わあ!!それっぽくなったぞ!!言葉数的にタイミングは、まあまあ良さそうだな...でも、何か、物足りない?何だろう?...声か!声の雰囲気だ!!」


 では、言葉数はこのままにして、次は声色を変えながら試してみよう。

 最初に、自分が出せる一番低い声で試してみる。


「うーん...まだ、低い声が安定しないな」


 僕の想像している理想の声が出せていない。

 だが、声色を変えただけで他愛も無い台詞だったものが、雰囲気や臨場感が出始める。

 そうなると、更に僕の気分が乗って来ると言うものだ。

 そして、先程よりも一音一音ハッキリ聞こえるように喋り、言葉に、強弱のアクセントをもっと付けて試してみる。


「封印されし...いや、もう少し出だしを、ハッキリ聞こえるようにした方が良いか」


 無理矢理、低い声を出している弊害だ。

 「ふういん」と言う言葉の、“ふ”と“う”が重なってしまい、「ふーいん」と喋ってしまっている。

 これじゃあ、格好良くない。

 僕は、“ふ”と“う”の言葉が、ハッキリと別々に聞こえるように意識する。


「封印されし異能の力!!右手に眠る力を解放する!!ファイア!!!」


 バッチリだ。

 自分なりにだが、台詞にアクセントを付ける事が出来た。

 言葉の一音一音を丁寧に喋る事が出来た。

 声を生業にしている人々が聞いたら、「それだと、全然、出来てませんが?」と、鼻で笑われるかも知れないけど。

 だが、僕は声色を変えて喋る事が楽しかった。

 僕自身が、キャラクターそのものになれた気がして。

 現実ではあり得ない、英雄のように強くなった高揚感を得る事が出来て。

 「やっぱり、楽しむ事が一番でしょ!」と。

 調子に乗るとは、こう言う事なのだろう。

 もしくは、馬鹿の一つ覚え。

 だが、楽しくて仕方ないのだ。

 そこからは、僕は無我夢中で言葉を、声色を変えながら色々と試しみた。


「もう、こうなったら手加減は出来ないぞ!全てを焼き尽くせ!!」


「ここから始まるのは、蹂躙だ!泣き叫べ!喚き散らせ!」


「ふははははっ!ふははははははははっ!!燃え尽きろ!!」


「右手はくれてやる!力を貸せ!火の精霊イフリート!!!」


 気分が良過ぎる。

 発動する魔法は変わって無いと言うのに、発動に合わせて言葉を喋っているだけだと言うのに、自身に溢れる全能感が堪らない。

 心の底から、とても楽しいのだ。

 しかも、喋る時に表情を付ければ、その声質も変化する。

 笑いながら言えば、声に明るさが。

 眉間に皺を寄せれば、低くこもった力強さが。

 無表情では、何処か少し無機質な感じに。

 自分なりにだが、声の変化するポイントを探りながら喋って行く。


「燃え上がれ!そして焼き尽くせ!地獄の業火を味わうがいい!!」


 自分の台詞に、声の雰囲気に満足する。

 これは、最高に格好良いと!

 僕は、この後も時間を忘れながら試行錯誤して楽しんだ。

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