第5話


                  5


  明けて、次の日、希 宇来、人生初の出勤だ。


 今日から社会人、気を引き締めて行こうと、気合を入れていると、スマホに連絡が入る。 朝樹からだ。


『今からそっちに行くから、1分で着く。用意は出来たかな?』

「はい、準備はおっけ~です」

『この電話切ったら、30秒で着くから』

「は~い」


 朝樹から電話を切り、本当に30秒経たないうちに到着した。


「おはようございます。ありがとうございます」

「いやいいから、初出勤が遅れたら困るだろ? 早速行こうか」

「はい」


 昨日言った通り、宇来は助手席には乗らずに、左の後部座席に乗り、会社に向け出発した。


                ・・・


 道のり約7分で、会社の駐車場に着くと、宇来は朝樹にお礼を言って、すぐさま会社のエントランスに向かって、歩いて入っていった。


(うわ~、何か緊張してるの分かり過ぎだ)

 そういう仕草が、ありありの宇来だった。


                  △


 事務員だけの入社式が終わり、新入社員二人の配置が、あらかじめ決まっている部署に、宇来は、先輩の女子事務員から、簡単な作業内容を教えてもらい、早速机に向かった。

 もう一人の女子新入社員の 鈴木 愛美(すずき あいみ)も、一緒の部署になった。

 

「おはようございます。 先ほど式の時に紹介しましたが、 鈴木 愛美 と言います、コレから一緒ですね、よろしくお願いします」 

(うわ~、身長が高いし、スレンダーな、飛びっ切りの美人だ) と、宇来は思った。



 今日から同期の 愛美が挨拶してきたので、宇来も、自己紹介した。


「おはようございます。希 宇来 と言います、こちらこそ、これからよろしくお願いします」

(なんか私、ちんちくりんだな~)と、自分を蔑(さげす)んでしまった。


 お互に挨拶を言い、決められた席に座り、先輩事務員より、コレから事務関係などのレクチャーを受けた。


 一方の朝樹たち現場に出る社員は、すでに会社のトラックで、現場に向かっている。 現場によっては近かったり、遠い所では1時間以上かかる現場もある。

 今の朝樹の担当している現場は、会社から、20分くらいなので、大したことは無い。 なので、5時半くらいになれば、帰社出来る。 宇来には5時半に送るからと言ってあるので、時間に遅れないようにしなければならない。


                 △


 昼休憩。 宇来は自分で作った弁当に箸を付けていたが、隣の席の 愛美側では、男性事務員が3人も集まっていた。

 愛美に対して、色んな事を聞いてくる男性事務員に対し、先輩OLが。


「はいはい! 新入社員が困ってるんじゃないの、男子達 散った散った...」

 そう言って先輩OLは、男性たちを追い払った。


 この先輩OL 杉本 咲彩(すぎもと さあや)は、とっても面倒見がよく、性格は男前である。


先輩の咲彩は

「ホント、ちょっとカワイイ子が来ると、ちょっかい出すんだから、ウチの若い男どもは...って、私もその中の男に捕まったんだけどね、えへ! 今は幸せなんだ、あは」

「先輩。それって、男子達に対しての戒めですか? それとも、自分の惚気話ですか?」

「ま、気にしなさんな。 以外に近くにいい男は居るって話だよ」

「...、先輩。 ご主人は?」

 上座に座る、一人のイケメンを指差して。

「あの人」

 と、課長を指さした。


「「うっそ~...」」

 宇来と愛美が声を揃えた。


「でも、ですよね~。 先輩メッチャ美人だから、美人ってやっぱ得なんだな~」

 宇来が、羨ましそうに言った。



 女同士、3人で、ワイワイ喋っていると、いつの間にか休憩時間が終わりに近づいた。


「さあて、後半もがんばっぺ~!」


 咲彩が、宇来と愛美に気合を入れて、午後からの業務がスタートした。




                △



 午後からも、午前と一緒の作業である。


 とにかく初日という事で、液晶画面に食い入るようにしていたので、目の疲れが半端ない、午後5時の終了と共に、何とか初日の業務を終えた。


「愛美さん、疲れましたね」

「そうね、凄く疲れたわ~、特に目が」

 それを聞いていた咲彩が


「はは、初日にコレだけ出来ると、お二人さん、今後が楽しみだね~、いじめ...コホン、 教え甲斐があって」

「先輩、今 不穏な言葉を吐きだそうとしていませんでした?」

 咲彩があわてて

「ないな~~い、断じてな~い、うふふふ」


 不服な顔をする宇来と愛美だったが、少し喋っていると、現場に出ていた人たちが、帰社してきた。


 明日の為に、トラックに要るものを積み込んでから、手を洗い、作業員休憩所に入って、明日の予定を数人で立てた後、朝樹と一緒の現場のメンバーは解散した。

 朝樹が宇来を見つけると、手招きをして、事務所の裏に呼んだ。


「うら...、希さん。 終わった?」

 と聞かれたので

「はい、もう終了です」

「じゃあ、返ろか?」

「そうなんですが...」


 何か言いたそうな宇来


「あの、今って結構帰る社員が居るので、ここでこのまま駐車場に行って、朝樹さんの車に乗るのは、会社の人達の目があるので、何か恥ずかしいです」


「そうだな、気が付かなかった、ゴメン。じゃあ、どうしよう?」

「それでですね、私が2~3分歩きますんで、会社から適当に離れてから、載せてもらうと嬉しいです」


「そっか、じゃ、そうしようか」


 という事で、そう言う事にした。




                   ◇



 一度アパートに帰った後、着替えをして、今度は歩いて藤堂家に向かった。


 まだ明るく、人通りも多いので、心配は無い。



「お邪魔します、宇来です」


 インターホンを鳴らし、返事を聞こうとしたら、玄関ドアが開いた。

「宇来ちゃん、いらっしゃい。待ってたよ~、ささ、入って~」

 未来が出てきて、手を握り、家の中に入れた。


 いきなりキッチンに呼び込まれ、今まさに夕食の支度をしている恵が、忙しそうにしていた。


「あ! 来たのね、宇来ちゃん。 気楽にしていてね、もうちょっとかかるから」

「あの、それなんですが...」

 

ないか言いたそうにする宇来。


「どうしたの? まっててね」

「いえ、あの、 私も手伝わせてください」


 恵の手が止まって、宇来の顔を見た。

「気にしなくてもいいのよ」

それに、未来も同じ事を言う。


「気にしないで宇来ちゃん、待ってていいから」

 首を横に振る宇来、どうしてもジッとしていられない。


「私手伝いたいんです、そうしなきゃ、居てもたっても居られません、お願いします」

 少し恵が考えて

「そう...、そうね。 手伝ってもらおうかしら。未来もお願いね」

「「は~い」」

 宇来と未来が、元気よく返事をした。


 何かホッとした様な表情をしてから、宇来は持って来たエプロンを付けて、恵の指導の下、夕食の支度が再び始まった。


                 ・・・


「あれまあ...、あららら...、へえ~...」


 恵が感心して、宇来の手先の器用さに、関心する。 いつも親の手伝いをしていると思われる仕草に、安心もして見ていられる。

「宇来ちゃん凄い、メッチャ出来る女子なんだ~」

「自活2年の実績です」

 少し エッヘン が出た。



 夕ご飯の支度の終盤。

「宇来ちゃん、後の盛り付けもお願いね」

「はい」


 気分良く宇来は恵の手伝いをしている。楽しいのか、小さな声で鼻歌まで出ている。



                  △ 



 いただきますと言う拓也の号令と共に、夕食が始まった。


 女3人で支度をしたので、いつもよりも、早めの食事の時間となった。


「今日から宇来ちゃんも一緒だから、賑やかで楽しいわね、。それに、手伝ってくれたから、早く支度ができたわ、ありがとう、宇来ちゃん」

 宇来が少し照れながら。


「いえいえ、ただ頂くよりも、何かお手伝いがしたくって、しないと、気が済まなくって、無理強いしてしまいました」

「十分戦力よ~」

「ありがとうございます」


 拓也が聞きたかった事を、宇来に聞く。


「宇来ちゃん、社会人としての初日はどうだったかな?」


「え~っと」

 今日あった、色んな事を思いだしていたら、閃いた。


「最初は心配で心配で、仕方なかったんですが、業務が始まってしまうと、いい先輩OLの方が、とってもおおらかな性格だったので、もう一人の娘(こ)と共に、すんなり出来たと思います」

「会社に好印象が持てたかな?」

「はい、とっても」

 それを聞いた朝樹も、口を挟んだ。


「良かった。 ウチの事務所、結構雰囲気が良いから、多分大丈夫だと思っていたんだけど、やっぱ 初日だと、気になっちゃうんだよな~、大丈夫かなって...」

「はい、特に杉本先輩がとても、愉快で、今日一緒に入社した同期の 鈴木 愛美さんとも、何か気が合うみたいです」

「あ~~、咲彩さんって、面白いんだよね。 何か 男前って感じで」

「あ、それ 感じました。みんな思っているんですね、杉本先輩の事」


 今日あった事を、藤堂家の皆と話して、楽しい夕食の時間を過ごす。 


 夕食が終わり、洗い物も手伝う。 恵は やらなくても良いとは言ってくれたが、短大からの一人暮らしの習慣で、やらないと気が済まない。 なので、お願いしてやらせてもらっている。


一息つき、皆がリビングに集まる時間になると、もう8時に近い。 宇来はそろそろ帰ろうと、両親に挨拶をする。


「夕食ありがとうございました。私 そろそろ帰らせてもらいます」


「色々とありがとうね、宇来ちゃん。 朝樹 、宇来ちゃんを送ってあげなさい」

「あ、いえいえ、そんな、近いですし。大丈夫です」

「だ~め! コレはオレの役目だから、護衛しますよ お姫様」

「お......、そんな...」

「いいのいいの、送ってもらわないと、私が不安になるの、だから、コレも私からのお願い...ね」


 宇来が済まなさそうに

「ありがとうございます。それじゃあ おやすみなさい」


「はい、おやすみ。 また明日ね、気を付けて」

「はい」


 そう言って、宇来は朝樹と一緒に、ほんの200mも離れていないアパートに向かった。




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