勃発

 鏡の中の少女<アリス>は、自ら命を絶っていた。 

 多くの人間が彼女に敵意を向け、苛め抜いていた。戦う術を持っていなかった少女は、生きることに疲れてしまっていたのだ。

(わかったよ……アンタとの約束は必ず果たす!)


「ねえ、そこのアンタ! えっと……ベス!」

 ベスと呼ばれたのは、先ほどから部屋の中をちょろちょろと動き回っている年若いメイドである。

「は、はいっ!」

「アタシ、ずっと寝てたからさ、腹減ってんだよね。何か食べるもんない?」

「こんなものしかありませんが……」

 ベスはアリスに、白い布に包まれたものを差し出した。

「何だい、コレ……?」

 布に包まれていたのは、謎の黒くて固い物体だった。

「……パンです、お嬢様」

「パン? これが?」

 アリスは驚きの声を上げた。

「はい、お嬢様がいつ起きてもいいように、私のパンを半分取っておきました」

「これ、アンタのなの? アタシの分の食事は?」

「お嬢様の分のお食事はありません。お嬢様の分の食事は用意しなくていいとのことでしたので……」

「……そうか、わかった。じゃあ、こっちから行ってやるよ。ベス、案内しな!」


「あの、お嬢様、どちらへ行くつもりで……?」

 勢いよく部屋から出てきたものの、ベスはアリスが行こうとしている場所がわからないでいた。

「決まってんだろ。メシ食えるところだよ」

「あっ、あの、お嬢様……」

 ベスが何か言いかけたようとした。

「おっ、いい匂いしてんじゃん!」

 廊下に食べ物の良い香りが漂って来て、アリスとベスは同時に腹の虫を鳴らした。

「何だ、アンタも腹が減ってたんだね。アタシの分なんて残しておくから腹が減るんだよ」

 食べ物の匂いに釣られたアリスが辿り着いたのは、召使い用の食堂であった。

 ドアを開けると、食卓には湯気が立ったおいしそうな食事が並べられてある。

「グッドタイミング!」

 アリスは一番大きな肉が盛り付けられている席を見つけ、その席に着席した。

「ベス! あんたも早く来なよ。腹、減ってんだろ?」

「いえ……私は……」

 ベスはその場でもじもじして、食卓に近づく様子がない。ベスだけではない。部屋には他にも多くの召使いがいるが、誰一人として食卓に近づいてくる様子がない。

 アリスが訝しんでいると、大声でしゃべりながらドアを開けて入ってくる一団があった。

 その一団の一人が、アリスの姿を見つけるとつかつかと近づいてきた。

「お嬢さん、そこはあんたの席じゃないよ。さっさとどきな」

「あ?」

 アリスは隣に立っている女を見上げた。アリスは、その女の顔に見覚えがあった。<アリス>の記憶の中で見た顔だ。確か……メイド長のジョバンナと言ったか。

 アリスに対する態度から察するに、こいつも<アリス>を虐めていた人間に違いない。

 しかし、今回は、アリスが本当に間違って彼女の席に座ってしまった可能性があるため、アリスは大人しく席を立った。

「悪かったね、アンタの席だって知らなかったもんだから。で、アタシの席は?」

 とアリスが尋ねると、食卓に座っていた一団が腹を抱えて笑い始めた。

「長いこと寝ていてボケちまったのかい? あんたの席? そんなものはないよ!」

「じゃあ、アタシの食事はいつ?」

「あんたの食事? そいつに聞いてごらん」

 ジョバンナはベスに向かって顎をしゃくった。それに気がついたベスはアリスに、

「お嬢様、私たちの今日の食事はもう終わりました」

 と小さく囁くように言った。

 ベスが言う私たち――というのは、部屋の隅で立ち尽くしている使用人たちのことだろう。ベスもそうだが、彼らは一様に痩せており、顔色が悪い。それに比べ、食卓を囲んでいる連中はどうだろうか? 丸々と肥え、肌つやが良い。

 どうやらこの屋敷には、使用人が二種類いるらしい。特権を享受できる使用人と、そうではない使用人が。

「そうかい。じゃあ、勝手に食べさせてもらうよ」

 アリスはジョバンナの目の前にある肉を素手でつかみ取ると、そのまま肉に齧り付いた。


 

 

 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最凶レディース総長、最弱いじめら れっ子令嬢に転生~アンタの無念はアタシが晴らす!~ 林 真帆 @maho551

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ