第8話


                  8


「ねえ タカシ....」


 平日の夕食が終わって、貴の部屋で寛ぐ貴と瑠美奈。


 最近になって、平日も良く悠生家に泊まりに来る事が多くなった瑠美奈が、今まで疑問に思って居た事を、この日は言葉にした。


「なに? 」


 ただの受け答えを何となく返すが、貴はノートパソコンの画面からは目を離さない。 そんな態度に、瑠美奈は貴の背中に抱き着いてきた。


「たぁかしぃ....、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる....」

 全く持って、その行動に動じなく、しかも釣れない返事を返した。

 それでも液晶画面から目を離さない貴に、瑠美奈が両手で貴の顔を横に向かせて、思いっきり深いディープキスをし始めた。


「うむぅ....」


 それでも、横目で画面を見ているので、その両頬に当てた手を、今度は左右で抓ってみた。


「イテテテ...、ま、参ったから~....」

 降参した貴は、一時大学のレポートを保存した後に、瑠美奈に向きあった。


「何だよルミ、イチャイチャなら、このレポート終わってからでいいだろ?」

「やだ! 今が良い」

「オレ何やってるのか分かって言ってるんだよな」

「やだ! 今、話を聞いて」

「えぇ....」


 こんな我儘は今までに無かった。 普段の瑠美奈とは違い、何だろうと思い、データも保存したので、一旦の休憩ながら、話を聞く事にした。



「う~ん、じゃあ聞くから、ちゃんと話して」


 漫勉の笑みで、瑠美奈が答えた。

「ごめんね、ありがとう」

「いいから....、で?」


 先ほどとは違い、あからさまにOKが出ると、若干躊躇してしまう瑠美奈。


「あ、あのね。実は....、タカシってば高校の時に、一時期付き合っていた彼女が居たでしょ? 本当のことを言うと、私、タカシと付き合ってからも、その事が時々気になってて....って、ごめ....、今更イヤな女だよね....、はぁ....やっぱゴメンね、もういいや」


 あぁ、そう言う事かと、貴は今更ながら高校時代の元カノの 叶(かなえ)の事を、記憶の底から引っ張り出してみた。


「叶の事だよな」

「う、うん....」

 少し元気無さそうに、頷き、不安そうに貴を見上げる。

 そんな瑠美奈を見て。


(今でも 叶の事で、ルミをこんなに悩ませていたんだ)


 そう思った貴は、高校時代の叶との交際の事実の全容を、瑠美奈に全て打ち明け時は今だと思い、包み隠さず話す事にした。




       *  *  *




 叶とは高校3年生の時に初めてクラスが一緒になった。


(へえ、こんな奇麗な女子がこの学校に居たんだ)

と、叶の事を今まで全く知らずに3年生になった貴は、この時はただそれだけの意識のみだった。

 叶は中学時代から、その容姿の良さから、男子から言い寄って来る事が絶えず、告白も何度となく受けてはいる。

 だが、その誰とも交際にまで発展する事は無く。

『良いお友達でいましょうね』

と、上手に躱してきたのだった。


 そんな中、高校3年生になった時に、同じ委員に男女で選出され、放課後の行動が時々委員を介して一緒になる事が多くなり、親しくなっていった。

 だいたいその頃から、特に柔道部のキャプテンから叶に対して、しつこいくらいのアプローチが続く様になり、叶が相当困って居ると言う事を、委員の共同作業中の世間話の中で困惑した面持ちながら、相談してきた。

 恋愛に関しての相談事など、今まで恋どころか、彼女さえ居た事のない貴にとっては、無縁の世界なので、美味い案など一切出てこなかった。

 それならばと、叶が導き出した対策が。


『わたしとあなたが“交際中”という事を、周りにアピールすれば、あの迷惑なアピールも含めて、周りは諦めてくれるんじゃないかと思うんだ』


 と言う結論に達した叶の意見に。

「いやいや、待ってくれ。 その状態だと、叶 的にはハッピーエンドになると思うけど、その反動でオレが命に係わる自体なるとは思わないのか?」

「あ~....、そうか。嫉妬だね」

(コイツ、いま軽そうに言いやがったな)

 ココは冷静に対処する貴。


「つまり、オレと暫くフェイクカップルを続けて、周りの目を欺くと言う事なんだな?」

「そう言う事ね」

「でもその対象となる相手は、あの柔道部のキャプテンなんだろ? オレの命が危険なんだが....」

「まあ、そうなったら、先生でも呼んで頂戴、そうすれば解決よね?」

「あのなぁ~....」


 本当に簡単に考えている叶の思考に、貴は呆れてしまった。

「ま、何とかなるだろう」

「あら、潔いのね」

「おまえな~」

「うふふ....」


(意味深気だな、この性悪女は....)

 そう思った貴だが、そんなに長期間でも無いだろうと思い、取りあえず“フェイクカップル”の件は了承した貴だった。




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