第3話
3
年が変わり、梅花が咲き誇る時期になった。
貴の父親は職場に復帰出来たが、今まで治療に掛かった費用が、現在でも生活をひっ迫する事になっていて、由美子と貴の収入で何とか生活の費用と、父親の現在の通院費をまかなうのには、ギリギリの状態だった。
学力では通常、上位に居座っている貴だったが、当然大学などと言う悠生家にとっての高額な学業施設には進む事は出来るはずも無く、惜しい学力を諦めつつ、就職組に転じた。
それに対し、教師たちは口々に。
『大学は進んだ方が良い。 このままいけば、君ならいい職業に就けて、借りた学費も早めに返そうな気がするから。』
と、教師たちは進学を進めてくるが、貴が希望するのは“今の状態”を何とかしたいので、家計上ウカウカしていられないのが、実情なのだ。
最近では、桃菜もアルバイトをして、自分の為の小遣い以外は、家計に協力してくれている。
それを見て、妹だけはこんな思いをさせたくないと、貴は高卒で社会に出る事を決心した。
◇ ◇ ◇
「貴クン、今までありがとう。守ってくれて」
「ま、オレが役に立ったなら幸いだ」
高校の卒業式の日。
「あなたには感謝しきれないわ。 コレからは、私に縛られないで、自由に恋愛をしてね」
「別に、いいさ。 オレはオレで、叶に合わせて居ただけで、コレと言ったお礼なんかいらないからな。 叶も大学行ったら、良い男を見つけろよ。今までありがとな、じゃあコレでサヨナラだな」
「うん、本当にありがとう。このお願いは、下心が無いあなたにしかお願いできなかったわ。それに“あの娘(こ)”には本当に迷惑を掛けたわ、改めてごめんなさい。できれば、直接会って事情を話しておきたかったけれど、何処からバレるかという事を考えると、黙っているしか無かった。 本当に彼女には悪い事をしたわ」
貴が少し考え、間を置いて。
「ま、それは時期を見てオレが話すよ」
「そう....、本当にごめんね。ごめんなさい」
何度も謝罪する叶。 そんな姿を見て、今までのフェイクな交際を、振り返る貴と叶だった。
□
新しい年度が来た。
高校卒業後、市内にある大手建設機械のリース会社に入社した貴は、当然ながら、現場からのスタートとなった。
業務内容は、リース機械のすべての機材・機械名を覚える事から始まった。
また、先輩から時々顧客の建設現場に赴き、現場監督に顔と名前を覚えてもらう事も大事な業務だ。
数ヶ月にわたり、色んな機械の使い方、業者への挨拶まわりと、忙しい日々が続いた。 そんな時に現場の監督達とも親しくなり、その殆どの現場監督が、大学卒業と言う事を知る。
(汚れる仕事なのに、この人たちは学力が高い。オレも今頃大学に通えていたら....)
と、今更ながら思う様になってきた。
現場監督たちとの会話の中で、それぞれ色んな大学から工業科卒の現場監督が居て、その中でも、高卒の現場監督が居た事には貴が驚いた。
「へえ○○さん、高卒なんですか。でも、今は大卒の後輩の面倒をみながらの現場業務、凄いじゃないですか?」
「はは、まあな。でも、オレみたいな高卒な奴でも雇ってくれている、オヤジ(社長)には感謝している。こんなオレでも、年数掛けて1級の資格を取らせてくれた事には、今でも頭が上がらないな」
「でも、今では大卒の方たちを従えて、先頭切ってやって居るなんて、凄くカッコいいです」
「はは、煽てるなよ。悠生(ゆうせい)も、高卒だろうが、今のうちに機会があったら、色んな資格を取っとけよ。この業界では特に資格だからな。あ! それとだな....」
その後の言葉に、貴が食いついた。
「それに、大学だって日中に通わなくても、通信って手段もあるんだぞ?」
「あ!!」
そうなのだ。 金銭面で大学を諦めていた貴にとって、今更気づかされた事柄だった。
「なんだ? まさか仕事しながら大学に行けるって知らなかったのか?」
「そう言うの聞いたことがありますが、選択肢には無かったです」
「悠生なら、今からでも遅くはないんじゃないかな? 進学出来なかった事に後悔があるんだったら、自分の所の所長と相談してみろよ、お前の所の所長、部下の面倒見が良いって聞いてるからな」
この時、貴は心に静めておいた進学断念の悔やみを、再燃焼し始めるのだった。
□
「おじゃましま~す」
威勢のいい声で、瑠美奈が桃菜と共に、悠生家へ遊びに来た。
「ねえねえ今日って、タカシって居るの?」
瑠美奈が桃菜に聞く。
「うん、いるよ。でも最近何か勉強しているみたいで、こういう風に週末になると、殆ど部屋に籠っているよ」
「勉強?....」
「う~ん....、なんか、先月から急に始めたんだ」
「社会に出ても、勉強ってするんだね。あ~やだやだ」
「こら! 私たちだって、来年の受験の為に今頑張っているんだから、私たちは私たちで一つでも高みを目指そうね」
「あ~! べんきょ~....」
「うふふ....」
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