ルーキーの頃の気持ちを忘れない新井さん

あんなにご飯をご馳走してあげたのに。焼き肉とか、ハンバーグとかお寿司もありましたし、出前の丼や蕎麦をみんなの分とまとめてお支払いしたこともありましたのに。



それに加えて、あんなに色々仕事の相談とかにも乗ってあげたりしたのにこの子ったら。ビービービービー泣いていた時も慰めたりしたのに。



考えられませんわね。




それならイケメンを呼べばいいんでしょと、軽ギレしながら辺りを見渡す。




するとすぐに、ライトを守る強肩型のイケメンがいた。





「宮森ちゃん、桃ちゃんならいいよね? 結構イケメンの方だし」




「え!? も、もも、桃白さんですか!?」




宮森ちゃんは持っていたスマホを落としそうになりながら、そんな風に驚いた。




「桃ちゃんじゃ不満かー? ビクトリーズの中なら男前の方でしょ?まあ、もちろん俺のちょい上くらいだけど。ムキムキの肉体でカバーしている感じかな?」



「も、も、もちろん……不満なんてないですが……」





「おーい、桃ー! ちょっとこっち来てー」





「ういーす!」




桃ちゃんは話していた誰かに別れを告げると、もう中身が無くなりそうなグラスを持ってこっちにやってきた。





「どうしました?新井さん」



「宮森ちゃんが球団のアレに上げる用の写真撮るんだって。桃と俺のツーショで行こうぜ」





「分かりました」







「新井さん、肩でも組みましょうか」




「おお、そうだな」




一旦食べるのは止めまして、ちょっと壁際に移動し、ほんの若干背の高い桃ちゃんとがっしり肩を組んだ。



カメラマンである宮森ちゃんと程よく距離を取り、白い歯をキラッとさせながら、組んでいない方の手はぐっと親指を立てた。




「それじゃあ、撮りにゃすよー。………うっひゃあ!!」




スマホを構えた宮森ちゃんは何故だか覚束ない感じに手をプルプルさせはじめ、またしてもスマホをトゥルンと滑らせる。




「宮森大丈夫かあ。ローストビーフ食べ過ぎたんか!」




「い、いえ! なんでもにゃいですよ!」




宮森ちゃんはごまかすようにえへへへと笑いながら絨毯に落ちたスマホを拾い直した。





「それじゃあ、いきにゃすよー!」





桃ちゃんが来てから、宮森ちゃんの様子がおかしいぞ。なんだか顔も赤くしているし。




俺はティロリンと写真を撮られながらそんな風に感じた。





「おふたりとも、ありがとうございました! 別の選手のところへ行くので、私はこれで!」




写真を撮り終わると、彼女は自分の取り皿を置きっぱなしにしたまま、逃げるように俺達の前からダッシュで居なくなった。






なんなんだ、一体。






「新井さん、あっちのテーブルに生春巻がありましたよ」




「マジで!?」









この決起集会を兼ねた食事会は、80分くらいの時間が取られているのだが、俺のように料理を楽しむのも大事だが、メインは違う。





「萩山監督、2軍打撃コーチに就任しました根上です。よろしくお願いします」




「同じく2軍バッテリーコーチの榎木です。今回はどうもありがとうございます」




近くにいた萩山1軍監督の所に、見慣れないおじさんがさささと現れた。




新しい2軍のコーチのようだ。




シャンパンで少し顔を赤くした萩山監督がその2人のコーチとガッチリ握手を交わした。





つまりは新しくビクトリーズにやってきた面々にしてみれば、今日が基本的には初顔合わせとなる。




その挨拶周りというか、コミュニケーションを取るために、わざわざこんな立食形式のスタイルになっているというわけだね。





もちろん新しくやって来たのは、コーチだけではなく………。





「萩山監督、お疲れ様です!」




「「お疲れ様です!!」」





2軍のコーチ2人が萩山監督の前から捌けると、今度は初々しい7人組が現れた。





去年ドラフト指名を受けて入団したルーキー達だ。




外れながら1位指名を受けた大学ナンバーワンキャッチャーの呼び声高い選手をリーダーのようにして、7人の若い選手達が萩山監督の横にズラリと並ぶ。






当然ながら、俺もそこに加わった。









「キャッチャーの緑川です! よろしくお願いします!」




「おお、よろしくな!おっ、思ったよりも背丈あるな!」




「ピッチャーの友岡です! ご指導よろしくお願いします!」



「おっ!よろしくな!先発ローテーション目指していけよ!」



「3位指名頂きました、橋辺です。内野ならどこでも出来ます! よろしくお願いします!!」




そんな感じで、ホテルの大広間で腹から声を出すようにしてハキハキと挨拶をしていくルーキー達。



「山田ブライアンです! ピッチャーと外野出来ます! よろしくお願いします!!」



「お!君か!2刀流!結構デカイけど、ちょっと細いな!まずはしっかり体を作っていけよ!」



山田ブライアン君という謎の選手も挨拶を終えて、俺に順番が回ってきた。




「新井時人です!! 28歳です! 好きな女性のタイプは、透明感のある優しい感じの子です! 座右の銘は、焼き肉焼いても家焼くなです!よろしくお願いします!!」





萩山監督は、ポカーンとした顔をしている。それは、横に並ぶルーキー選手達も同じようだ。





「あ、ああ。よろしくな。今年はシャンパンを飲みすぎんなよ。………とりあえず明日からのキャンプが皆元気出してやろうな。ミスを恐れずに、自分のいいところをどんどんアピールしてくれよ」





「「はい!!」」



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