そう。私は野球界のティンカーベル

去年にも同じように行われた決起集会では、始まってわりと早々にカラオケを歌いながら暴飲したシャンパンによって自滅した俺。



そんなわたくしは知らなかったけれど、こうやってルーキー選手が監督やコーチ、主な先輩選手のところへ挨拶に行くのを通例にするらしい。




監督をはじめとした首脳陣のところには全員で向かい、それが終わったらポジション毎の先輩のところに個別で回るみたいだ。




去年出来なかった分、俺も着いて行こうかと思ったが、料理を楽しむ時間がもったいないのと、あんまりウケなかったので止めておいた。





桃ちゃんと一緒に、自分で巻いて食すタイプの生春巻をバクバク食べていると、とある1人のルーキー選手が俺達のところへやってきた。




「はじめまして。ドラフト3位の露摩野(ろまの)と言います。よろしくお願いします」




髪の毛をスマートな七三分けでセッティングしていた清潔感のある男。



露摩野。ドラフト3位の外野手。右投げ左打ちで、振り子打法のようなバッティングスタイルで六大学ではトップクラスの安打数を記録した選手だ。




身長は桃ちゃんと同じくらいの170センチ後半。しかし、その桃ちゃんと比べると少し細みな印象だ。




「おー、よろしくなー。新井さんがいるからレフトは無理だけど、センターとライトはいつでもレギュラー取れるから頑張れよ!」




桃ちゃんはそんなノリでちょいと冗談をまじえながら、露摩野君の背中を叩く。




露摩野君は、いきなり知らない人間に撫でられた犬みたいな顔をひきつらせるようにしながら、背中を丸めてからいた。






「露摩野(ろまの)って珍しい名前だね。出身は何処なの?」




「生まれは千葉の東京育ちです。父方の先祖は東北の方らしいんですけど。どこら辺の名字なのかは分からないです」




「へー。ちなみに、何処の野球チームのファン?」




「東京なので、やはりスカイスターズでしたけど」




「じゃあやっぱりスカイスターズに入りたかったの?」




「いえ。プロになれれば何処でも……スカイスターズは競争が激しいですから。とりあえずドラフト3位くらいまでに引っ掛かればいいなと」




少し話した感じ、露摩野君はなんだか真面目というか、こっちがおちんちん剥けてるの? とか聞いても、止めて下さいよー! とか言うタイプじゃないみたい。




最近の若い選手には珍しいというか。先輩2人を目の前にしているからそういう風に振る舞っているのかもしれないけれど、なんだか俺はちょっと不安になった。




頭が固そうなので。





そういう選手は上手く行かない時はどんどん深みに入ってしまう傾向にある気がするからね。





「それでは、柴崎さんや杉井さんにも挨拶してきますので」




露摩野君は軽く会釈をすると、俺と桃ちゃんの前から立ち去って行った。






「新井さん。なんだか露摩野は真面目そうなやつですね」





「なー」





桃ちゃんも同じ印象を持ったようだった。









「新井さん、新井さん」




さすがに生春巻は飽きてきたので、チキン南蛮的なこゆい料理を召し上がっていましたら、あんまり知らん球団スタッフがさささと中腰の姿勢で俺の元に寄ってきた。



その表情はどこかワクワクしている感じで、いいニュースがあります!そんな風に言い出しそうな雰囲気だった。



「どうしました? 何かありました?」




「あの。ステージにカラオケの準備が出来ましたので………」




「………え?」




そのスタッフはまるで俺がお願いしてカラオケを用意しましたみたいな表情に変わって俺を見つめていた。




確かに去年は勝手に自分で機材を引っ張ってきて歌いましたけども。あれはちょっと現場の雰囲気が盛り上がってなかったやったのであって。





「食事会はあと40分ほど時間ありますので、自由によろしくお願いします。監督さんの許可は出てますので」





いや、萩山監督の許可なんかどうでもいいんですけど………。




しかし、ステージに設置されたマイクポジションにはスポットライトが当てられている。




球団スタッフは俺のことをなんだと思っているのだろうか。



周りの雰囲気も何か始まるのかなあとにわかに注目している様子なので、俺は1杯酒をあおってから、そのステージに上がった。







「えー、紳士淑女の皆様方ご機嫌いかがでしょうか。お待ちかね、球界のティンカーベル、新井時人でございます。


わたくしことではございますが、先日新たにマイプロのネット新CMの撮影が決まりまして、嬉しいことこの上ないのですが、街を歩いても全く誰にも気付かれない実情に、わたくしもまだまだだなあと実感したわけでございます。



明日からはみんな大好きキャンプインということで、景気づけに沖縄にちなんだ1曲を披露しようと思います」




俺はそんな風に前口上を述べながら、カラオケマシンに曲録を入力。




朗らかな沖縄三味線の音色で始まる沖縄のヒットナンバーを丁寧に歌い上げた。




1つ言っておくとすれば、俺は歌うのは好きだが、それほど歌は上手くないということ。それだけは覚えて帰っていって欲しい。




パチンコ屋のバイト次第に、お腹がすいてしまったよ。や、サッカーを見なきゃいけないことを思い出す。などのオリジナルの持ち歌がある俺だが、残念ながら歌唱力は褒められるほどではない。




しかし、カラオケなどにいけば1番に歌い出し、そのわりには微妙な歌唱力で、周りの人間の緊張とハードルを下げるなどの活躍を見せることもある。



ある意味核弾頭。3回思い切りスイングして気持ちよく三振してくる潔さである。





そんな1番バッターは困るけども。






なあ、柴ちゃま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る