まさかの引き継ぎ
膝から下を素早く払うようにステージの床を蹴り、ステップする。気分はたまにニュースとかで見る、世界大会で活躍するダンサー。
yourtubeに投稿されていた初心者でも簡単に出来るダンスのやり方みたいな動画でみのりんにうるさいと怒られながら夜な夜な練習していた甲斐もあり、音楽の奏でるリズムに乗って、スーツ姿の俺はステージの上で躍動した。
気付けば、大広間の端には、到着が遅れていた球団代表が既にスタンバイしており、その奥ではダンスする俺を見つけた宮森ちゃんがびっくりした表情で大口を開けているのも見えた。
それでも俺は構わずに踊った。
むしろ、ヒートアップした。
今ここで一生懸命踊っておくことで、今後の人生に何かいい影響を及ぼすかもしれない。
そんな思いで俺はただ必死に体を動かした。与えられた持ち時間いっぱい、俺は精一杯自分という人間を表現し尽くしたのだ。
最後は、ステージの床に片膝を着く格好。指先まで伸ばした左手で顔を隠すようにして、右手は天井に向かって、やや斜めに力強く伸ばすフィニッシュスタイルだ。
「あ、新井選手、ありがとうございました。お席にどうかお戻り下さい」
そんな風に、まるで厄介払いするように進行役の男性は俺に向かって発言した。
「大変お待たせ致しました。2018年シーズンに向けての決起集会及び激励会を開催致します。まずは、北関東ビクトリーズ、球団代表取締役、本郷辰彦よりご挨拶でございます」
俺が元の席に戻り、よっこらせと椅子に座ると、ようやく決起集会とやら始まった。
俺が暴れ回ったステージに上がったのは、球団代表取締役という本郷というおじさん。偉そうな肩書きだが、小綺麗にしていて、ゴルフとうなぎが好きそうな何処にでもいそうな50過ぎのおじさんだ。
「えー、ご紹介に預かりました代表取締役の本郷でございます。……新シーズンが始まるに当たって、こんなに素晴らしいダンスを見せてもらえるとは思いませんでしたが………」
「「ハハハハ!」」
なんて切り出し方で、ややウケしながら、本郷おじさんの挨拶は始まる。
「昨年末に、観光も兼ねて家族とアメリカに1週間ほど滞在しまして、ビクトリーズのオーナーであります、ビクトリアさんと会食したんですが、ビクトリアさんは大の野球好きですから、ビクトリーズのことを大変気に掛けておりました。
チームの成績や状況は逐一秘書の山吹さんを通して報告していたんですが、リーグの最下位に終わってしまったとは言いづらくて……。
しかし、ビクトリアさんは、私が初めて2Aのチームを持った時は初年度で110敗もしたのよ。それに比べれば勝率が3割あって94敗で済んだら立派なものよと励まされまして………。
「今年はですね。もちろんペナントレースでは優勝というものを目指し、去年よりもいい戦いが出来ますように、チーム一丸となって頑張っていけたらなと思いますので、今年も1年どうかよろしくお願い致します」
「ありがとうございました。辻田球団代表がの挨拶でした。続きまして、去年から引き続き、主将を務めます、阿久津選手からご挨拶を頂きたいと思います。……阿久津選手、壇上の方によろしくお願いします」
球団のトップ2のおじさんのお話が終わり、次は俺の真後ろの椅子がガタリと動いて、阿久津さんが立ち上がりステージに上がった。
三方に一礼をして、去年の軽い振り返りから挨拶を始めた。
その頃くらいからだろうか。
俺は気づいた。
隣の広間からいいオイニーがし始めていることに。
恐らく隣にも、ここと同じようにだだっ広い大広間があって、そこではうちら北関東ビクトリーズのために立食形式の食事とお酒が用意されているはずだ。
オイニーをかぎ分けるに、鶏の1枚焼きをカットしたやつに甘辛いネギだれをかけたようなやつ。
あと、フライドポテトやハーブが入った長いソーセージが盛られたオードブル。細い串にに、イタリアントマトやチーズのベーコン巻きみたいのが連なったピンチョスとか。
ピラフみたいな米料理もあるな。
しかも、デザートにメロンもあるようだ。
これは宮森ちゃんが大喜びしそうだな。
「私は長年お世話になっていた福岡から来たわけですけども、本当に宇都宮の方々には温かく接して頂きまして。今年は去年よりも、宇都宮の方々にいい思いをしてもらいたいと言いますか。少しでもチームとしていいところをお見せ出来るようにしていきたいです」
そのために精一杯努力しまして、少しでもいい成績を目指しますので、どうか今年も厚いご助力の方をよろしくお願いします」
「ビクトリーズキャプテン阿久津隆之選手でした。ありがとうございました。お席にお戻り下さい」
ガタイのいい阿久津さんが少し緊張が和らいだような顔をしながらステージを降り、席に戻ってくる。
飯食いたいから早く戻ってきてくれ! と俺は阿久津さんを睨み付ける。
「ふう。緊張したなあ。何回やってもこういう場面は慣れん」
と言って阿久津さんは椅子に腰を下ろした。
「というわりにはちゃんと喋れてましたよね」
俺がそう言ってブラボー、ブラボーとベテラン3塁手労うと、そんな俺に向かって阿久津さんはニヤリと悪い顔をした。
「あそこでダンスするよりはよっぽど簡単だよ。来年のあそこで挨拶するのはお前だ、新井。これは、キャプテン命令だからな」
「………え?」
「来年はキャプテン頼んだぞ」
嘘だろ………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます