第3話 血が沸き、肉踊る新井さん

「おっ、来たな!2年目外野手トリオ!揃って登場しやがって!」



宮森ちゃんに言われた通り、エレベーターで上がったフロアの右側に向かうと、でっかい真っ白な用紙に墨で、北関東ビクトリーズ様! 最下位様!と書かれている大広間を見つけた。



その入り口には、キャッチャーの鶴石さん他数名の選手が居て、現れた俺達に、ようと右手を挙げた。



「おはようございます!」




「おはようございまーす!」





などと、若手の俺達は挨拶をしながら、適当なテーブルの上に荷物を置いた。




「もう結構揃ってますね」




「まあ、俺達が最後みたいだからね」




大広間に入ると、卒業式みたいに椅子が縦横ずらりと100脚ほど並べられていて、場合によっては合唱団の皆様が上がるような立派なステージにはポツンとマイクが立てられている。




選手はもちろん、萩山監督をはじめとした首脳陣、球団スタッフ、ビクトリーズの球団の

事務所のお偉いさん方も何人か見えている。




こういう時でないと、顔を見ないようなおじ様方。こうたくさんの人が緊張した面持ちで、スーツを着てずらっと揃っているのを見ると、途端に真ん中でダンスでもしたくなってしまうプロ野球選手あるある。




なんか堅苦しそうな集会でめんどくさいなあと思いながら、俺は肩や腕を伸ばしたり、足首を回したりして、ウォーミングアップを始めていた。





「大変お待たせしております。準備が整い次第、決起集会及び新シーズン激励会を行いますので、皆様お席着いてお待ち下さい」




ステージに昇る階段のすぐ横で、台に設置されたマイクに、進行役のおじさんが着いて、その誘導に従って、スーツを着た大人達が動く。





「おーい、選手は前の椅子なー。若い奴は1番前に座れよー」




と、コーチの誰かの声が聞こえた。




それに従いルーキーの選手達や俺ら若手組が並べられた椅子の最前列に腰を下ろす。




中堅やベテランの選手達もそれに続き、1番後ろにはコーチやチームスタッフが座る。





ほぼ全員が椅子に座り、にわかに静まり返ったり、誰かの話し声がしたりする中、進行役の男性がまたマイク話す。




「大変お待たせしております。間もなく、球団社長と代表がこの大広間に向かいますので今しばらくお待ち下さい」




そんな言葉を聞いて、椅子に座る連中からは僅かながらのため息が漏れる。




球団代表だの、球団社長だのという言葉を聞いただけで、選手やコーチの間には緊張が流れるもの。




俺達が作業員ならば、萩山監督は現場監督であり、阿久津さんや鶴石さんは古株なリーダー。



宮森ちゃんは、事務所に居る若いお姉ちゃんみたいな感じか。




球団代表とか社長なんかは、ぺーぺーの奴たらにしてみればほとんど会うこともない存在だ。




こんな集会なんかがなければお目にかかることはないものだ。






北関東ビクトリーズは、1年前に回転寿司屋で会ったアメリカおばちゃんの経済力で成り立っている新球団。




アメリカおばちゃんの本名から取った、ビクトリアカンパニーという、アメリカでも十指に入る食品会社が親会社である。




ビクトリアガレットというザクザクしたワッフル型のお菓子が1番有名で、他にもドリンクやってたり、冷凍食品やったり、ファストフードの系列店もあったりする会社が日本は宇都宮市で北関東ビクトリーズを所有しているわけである。



そことは別に、球団経営のための委託している会社があって、その社長が球団代表という形なのだが、その人の到着が遅れているそうだ。




そりゃあそう。何故なら空港からの道で事故があったみたいで大渋滞になっていたのだ。




だから、俺達の乗ったタクシーも遅れてしまったわけ。先に行った連中は遅れなかったけれど、譲って譲って最後尾のタクシーに乗った俺達が宮森ちゃんに叱られたってわけ。



ともかく、あと10分15分、集会が始まるまで時間が掛かりそうで、みんな椅子に座って暇をもて余しているようだ。



そういうことならばと、ウォーミングアップもしたことですし、俺は椅子から立ち上がって、柴ちゃんと桃ちゃんの制止を振り切り、ずんずんと歩を進め、堂々とステージに上がった。










ステージに上がった俺は、微塵の揺らぎもなくスタスタとそこを歩き、真ん中に立てられたマイクの前に立つ。




ステージの上は、真上からの照明によりかなり眩しく、反対に明るさの抑えられた椅子に座る愚民どもがいる広間が少し薄暗く感じるくらい。



1人1人の瞼の辺りが暗く、前の辺りしか誰が誰だかはっきりては分からないが、彼らの表情から察するに、俺の登壇を喜ぶ者はおらず、総じた今の周囲の感想は………何でこの人急にステージへ上がったのだろうといういわゆる困惑、動揺そのものである。





それは本人である俺にも襲いかかる。




俺は一体何をしているのかと。






しかし、上がってしまったものは仕方ないので、マイクのスイッチが入っていることを確認し、口を近づける。




「えー、紳士淑女の皆々様、どうもお疲れ様です。ビクトリーズきってのイケメン外野手、新井時人でございます。いよいよ明日からキャンプイーン! というわけですので、とりあえず……………踊ります」




俺はそう言って、用意していた数束ねた輪ゴムで、マイクに自分のスマホをくくりつけ、アプリを起動して音楽を流す。





場内に流れる音量を上手く調整しながら、イントロのリズムを取る。





お送りしているナンバーは、最近流行りの男性5人組ユニットによる、ハイテンポなダンスミュージックだ。



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