僕と詩人

片喰

第1話死はいつもそこにある


「なぁ、少年、死ぬのかい?」


 川に足を踏み入れた僕に声を掛けたのは

 痩せた女の人だった

 緩い服を着ていても分かるくらい細い身体

 白い肌が死人に見える。


「そうだって言ったら、どうする?」


 無視しても良かったけれど

 彼女の言葉は不思議と返答をしたくなる

 そんなおとだったんだ


「死ぬ前にさ、私の話を聞いてくれないかい?」

「なに、考え直せとかいうの?」

「そんなんじゃあないよ、ただどうせ死ぬのなら少しくらい相手をしてくれてもいいだろう?」


 彼女は川沿いに腰を落とすと

 こっちに来いと手招きをする。


どうせ終わる命なら、少し死ぬのが遅れるくらい、なんて事ないか・・・


「なぁ、君いつもここで小説を読んでる子だろ?」

「え、うん、そうだけど・・・なんで知ってるの・・・」


僕は学校が終わると

ここでいつも好きな小説を読んでいる


「作家の名前は?」

園江伊織そのえいおり先生」

「あぁ、最近なんかの賞を取った人か」


 園江 伊織

小説「君の目」を書いた小説家で

今回芥川賞を取った人だ


「この先生の小説は、今回だけではなくてどれも凄いんだ。まるで別の世界にいる気持ちになれる・・・」


自然に笑ってしまっていた僕はハッとして

すぐに顔を逸らしたが遅かった

彼女の顔を少し横目で見ると、腹立たしいニヤけた顔をしていた


「なんだ少年、良い顔ではなせるじゃないか」

「うるさい、先生の話をしてる時だけだし」


元々父が集めていた小説の中にあった本の作家で、父もこの作家が好きだったらしい。


この人の本が今まで僕を生かしてきた様なものだった

この本を読むと何故か安心した


誰だって1つは有るんじゃないか?

持つだけで、見るだけで何故か不思議と安心する物

自分にとって、大事なもの

僕はいつも先生の世界を見ると安心した


だから、この話になると多弁になってしまう


「そんな顔の出来る、まぁ、未来ある少年がなぜ死にたがるんだい?」


「・・・母さんが死んだんだ」


どうせ死ぬのなら話しても問題は無いだろう

ありきたりな身の上話、不幸話だ。


「父さんは僕が生まれた時にさ、病院に来る途中で事故にあって亡くなったんだ、僕が産まれたって聞いて、急いでたんだって・・・母さんは、それを受け入れれなくて心が病んじゃって・・・」


毎日毎日、母は父を待っていた

幼い僕にロクに眼もくれず

ただひたすら父さんだけを愛し続けた


「でも成長してから僕の顔が父さんに似てきて、僕が父さんを殺した、奪ったんだって暴力振るうようになったんだ」


 僕は服の袖を捲りあげ

 痣を彼女に見せた


「だけど母さんを憎む事が出来なくて大人しく殴られ続けたんだけど、ついこの間自殺で死んじゃったんだ」


 深い溜息をついて

 ははっ、と笑う


「結局、僕が我慢した所で母さんは僕なんて見てなかったんだ・・・。透明人間なんだよ僕は。父さんの持ってた本を読めば父さんになれるかなって、読んでたんだけど、馬鹿だよね」


少しでも家族を感じたくて

母が嫌がると分かってても読むのをやめれなかった。


「ま、読んでる内に僕自身がファンになっちゃってたんだけどね。死にたくなったらこれ読んで気持ちを落ち着かせてたの」


けど、母さんが死んで・・・

今日はもう、止められなかったんだけど・・・


が今まで君をこの世に繋げてたんだねぇ」


 彼女は小説に指を指す


「少年、私は自称詩人なんだ、そんな君に一言贈らせてくれ」

「なんだよ、自称って」


僕の言葉を無視して彼女は立ち上がって

川の方へ歩き出した


「人は人に絶望をするが、又、人を救うのも人である」

「・・・なにそれ」


「そのままの意味さ、君は母親に絶望して切望してる、会いたいんだろう?あの世に行きたいんだろ? だが見てみろ、その小説の作家は文字だけで君をここまで生かし続けた」


 彼女は笑う

 とても眩しい笑顔で


「君を生かしたのは本の向こうにいる人間だよ、その人の言葉が本となり少年をここまで繋ぎ止めていた」

「人間・・・」


僕は人が嫌いだ

何考えてるか分からないし

めんどくさい、だけど本の世界の人は好きだった

特に園江先生の作る世界の人間は・・・


「絶望を繰り返して人はまた一つ大人になって行くんだぞ、少年」


「すっげー不健康そうなおばさんに言われたらなんか説得力があるね」

「ほぉ?、生意気も言えるんじゃない」


 彼女は僕の頭を軽く叩き

 そして撫でてきた


 懐かしい人の温もりだ

 人に撫でられたのはいつぶりだ?


「あれ?おかしいな」

「なにが・・・?」

「涙なんて、母さんが死んでも、出なかったのに・・・」


 気が付くと涙が溢れていた

 胸が熱い、心臓の鼓動が早い

 身体で感じる、僕は今生きているのだと


「少年、私はいつでも君が死ぬのを止めたりしない、だけど死ぬのがもう少し先でも良いなら、私とご飯を食べないか?、そして明日もここで話そう、私ともう少し生きてみないか?」


彼女の言葉は僕の胸に風のように入ってきて

・・・生を吹き込む


保護者と名乗る親戚の人は、僕を呪われた子供と影で呼び、家に帰っても誰もいなくて

遺された遺産で過ごす日々・・・


「ねぇ、おばさん、名前なんて言うの」

「おばさんじゃないけどな、舶来 凪はくらい なぎ


「・・・凪さん、僕家に帰ってももう誰もいないから、夕飯付き合ってあげてもいいよ」


少しだけ

あと少しだけ生きてみようかな


「お!そう来なくちゃね、何が食べたい?少年」

「凪さんの手料理」

「ほぉ、お目が高いね、こう見えて料理はできる方なんだ」


凪さんは僕に手を差し伸べる


「少年、家へおいで」

「ねぇ、僕未成年だけど、バレたらヤバいんじゃない?」

「傍から見れば分かりゃしないさ、バレなきゃセーフ」


僕の手を掴み取り

凪さんは僕を引っ張って歩く


例え、これが法に触れている

この人に迷惑がかかるかもしれない


そう思っても、僕は甘いこの感情を

拒む事が出来なかった。


僕からすれば

「自殺を防いだ人」でも世間からすれば

「未成年を家に連れ込んだ人」になる


分かってる、分かってる・・・けど

誰も、見てくれなかった僕を

凪さんだけが見つけてくれた


死の直前に現れたまるで光の様な人


僕は、僕を助けてくれたこの人に

甘えられずにはいられなかった


これは、死にたい僕と生かしたいひとの物語だ・・・

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僕と詩人 片喰 @katagami

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