Re:絶望を駆け抜けろ!

 核の炎が大地を染めていく。核爆弾と化したプレイヤーたちは発射され敵に着弾、周囲諸共爆破していく。恐ろしいのはこの弾が尽きない所だ。



 マグマを滑るためのボードは下側に大きな吸入口が開いており、そこから耐熱・耐圧に優れた金属管を通りバックパックの『同期』用装置に供給される。そこでマグマから再構成を行いプレイヤーを核爆弾として取り出しているらしい。熱エネルギーが高いから原子変換も楽とのことだ。……凄いこと言ってるな。



「核爆弾48連射ヒャッホウ!」


「ミサイル型は可能な限り奥を攻撃しろ! センサーがあるから誤射の心配はない、やれ!」」


『報告、プレイヤーログイン数現在1208万人に対し発射数12万4356、 もったいないから核爆弾をもっと撃て! どうせ一発1000円だ!』



 そして通信に流れるワードはもっと酷い。核爆弾をもったいないというの初めて聞いたぞ。斜め前ではルーカスが核爆弾を毎分200発とかいう意味のわからないガトリング砲を撃ち続けている。その軌道は砲弾というよりもグレネードランチャーを連射しているような方式に近い。そんなもので距離を稼げるのか、と言う疑問への解答こそがあの無限地平線があったとは思えない破壊痕、この縦穴である。



 直径何キロあるかもわからない巨大な縦穴。そう、縦だから重力は下に働き推進力が無くとも遠くまで届くのだ。



 故に核砲弾のような形よりも核爆弾として1発の爆発力を高めたほうが良い。……と仲本先輩が説明してくれていた。そういう本人も核爆弾をガトリング砲でばら撒いている。今ここは世界一の核爆弾生産地であり消費地であった。



 直角かと見紛う程のマグマの斜面をボードで横に削りながら滑り降りていく。スノボ経験あって良かった。周囲も螺旋を描くように滑り降りており、時たま失敗して穴に落下したApollyonがパラシュートを開き復帰する姿が見える。



 核爆弾があちこちで炸裂し幾度もの振動に姿勢を崩しそうになりながら地下に降りる。だがその途中でまた融合型Apollyonや分裂体、機械獣がマグマの中から姿を現した。『UYK』が抵抗すべく自身の体内に彼らを生成しているのだ。それらの数が時間を追うにつれて指数関数的に増えていく。



『脊髄攻撃部隊、地上より10km下に到達、喉奥に到達! 核にて脊髄までの道を切り開く!』


『こちら地上より7km、機械獣及び分裂体の大量発生を確認! 対応開始!』


『17式が10体、20体……何体増えるんだ!?』


『ポップした傍から撃ち殺せ! 挟み撃ちになったら問題だ!』



 報告に緊張が走る。それと同時に俺の進行方向ににょきりと大きな塊が現れる。それらは蒸発と再構成を繰り返しながら蔦を大事に伸ばし始めた。球根のような中心部には大きな金属の牙が生えている。



「弾薬は温存しておくべきだぜ」


「先に行きなさいカメラマン、途中でぶつ切りはつまらないわよ」



 が、横から無手で突撃してきた融合型Apollyonがそれを引っこ抜いて縦穴の中心に放り投げ、核爆弾が着弾し勢いよく爆発する。テオと奏多の声を聞き、ただ「感謝!」とだけ叫び下に滑り降りていく。



 もっと時間がかかると思われたのだが人工惑星を落として頭蓋骨ごと削ったのが効いたらしく、そのまま数分降りていくと視界の奥に連鎖する核爆弾の光が見える。最奥の、脊髄までの肉を抉り取ろうとしている部隊だ。それが見えると同時に足元のマグマが無くなって金属に戻っていくのが分かる。つまりここは惑星により開けた穴ではなく元々『UYK』が保有する体内構造の一つであるという事だ。グレイグと仲本先輩に続きボードを脱いで走り出す。いつの間にかルーカスたちの姿は見えなくなっていた。



「ボードが使えないという事はここから先核爆弾の補給はない。恐らく先行部隊も燃焼兵器による破壊に切り替えざるを得なくなるだろう。走るぞ」



 斜面もまたいつの間にか角度が大幅に緩やかになっている。恐らく今いるのが舌のある部位でありこの先に喉、食道に繋がる穴を飛び越えて爆破した穴に飛び込めば目的地だ。



『テッテレテッッテー、ブチッ、ジー―――』


「グレイグ!?」



 が、その瞬間壁から生えてきたカマキリと爬虫類が合体したような巨大な分裂体がグレイグを突き飛ばす。破滅的な音がすると共にBGMが途切れ通信が取れなくなる。眼鏡先輩の紅い融合型Apollyonが勢いよく跳躍し背中から鱗を貫き脊髄を一撃で寸断した。何回もやったかのような、余りにも手慣れた手付きだ。死骸の向こう側から片腕が砕けコクピットのある胸部が大きく歪んだ機体が帰還するがその通信は少し不安定になっている。


「ありがとうございます、先生!」


「構わな!?」



 そしてそこまで含めて分裂体達の読み通りだったのだろう。グレイグが出てきた瞬間4方の金属壁を突き破り6体の多種多様な分裂体が飛び掛かる。ああ、あいつらは紅い機体がとんでもなく強くて、そして仲間を助けるのだと知っていたのだ。だからグレイグを狙い隙を突いた。



 俺もブレードを突き立て一体の分裂体の動きを縫い留める。通常の量産型Apollyonでは考えられないほど簡単に鱗に刃が突き刺さり、しかし残り5体の動きは止まらない。眼鏡先輩はMNBを起動し舞を踊るかの如く3体の脊髄を一回転で打ち抜く。そこまでだった。



 5体目の分裂体が紅い量産型融合型Apollyonの脚に噛みつき最後の1匹が無防備なそのコクピットに触手を突き立てる。数十本の触手はいともたやすく装甲を貫通した。青い液体の中に赤が混じるのをモニター越しに俺は確認する。



 そうだ。最強と言えど6体の分裂体に捨て身でかかられたらどうしようにもない。眼鏡先輩がいくら強いと言っても所詮人間なのだ。



 今までの人類の滅茶苦茶さに興奮していた頭がすっと冷静になるような感覚がする。





0120号フリーダイヤル先生—――!」



 ……気がしただけだった。グレイグの謎の叫びの答えは背後から訪れた。彼らは湧き出る敵を一撃で粉砕しながら前進する。その2機は共に紅い機体だった。槌を持ちこちらに前進してくる。



「「オレンジとグレイグも無事か」」


0334号なんでや先生と1192号鎌倉幕府先生!」


「いやまていやまてまてまて最高効率だけど確かにそれは」



そう言いながら彼らに歩調を合わせ奥へ進む。俺の疑問を聞いた片方の搭乗者――どっちがどっちかわからないが――が至極真面目に俺に解説してくれた。



「鋼光から聞いていなかったようだな。事の発端はお前の「赤い機体なら3倍速になれませんか?」という質問だった」


「また俺!?」


「しかし3倍速機能は難しかった。そこでお前は考えた。――3000



馬鹿である(自己批判)。なんだよクローン技術で3000倍って、ということは今回の戦力の4分の1は眼鏡先輩じゃねえか。3000等分の眼鏡先輩、なるほどだから一人4体だったんだな。3000×4で必要な融合型Apollyon12000機が揃う。アホ。分裂体に謝れ、眼鏡先輩の方が分裂してるじゃねえか。



グレイグは先生を俺に紹介したくて仕方がないのかテンションの高い声で解説する。



「右が0334号先生だ! ちょっと接近戦が苦手で最近の趣味はプラモデル! 左が1192号先生、少し射撃が苦手で最近スーパーメカバトル5世界王者に輝いた!」



右の機体は槌で敵を瞬殺し左の機体はアサルトライフルで敵を殲滅していく。苦手って言葉の意味を辞書で引き直せ。そしてかなり後ろに100機ほどの紅い機体が現れる。うわー、あれ全部眼鏡先輩だ。眼鏡先輩の軍勢とか存在しちゃいけないだろ、国際条約で規制されるレベル。



『脊髄部間もなく到達! 核爆弾が切れたため手作業にて突破中! 敵の抵抗が強い、援護を頼む!』


『最後尾半壊! 全部隊は完全に入り挟み撃ちに備えろ!』


『地上の生存区域より通信! 微力であるが補助を行うとの事!』


『オーストラリア、ドイツ等計12か所にて地中での核爆発を確認! 同時に地上の『UYK』の融合型Apollyonに向かって兵力を派遣している模様!』


『あそこは民間人しかもう残っていないはずでは!? ……格好つけやがって』



通信も切羽詰まり始め、その言葉を聞きながら機体を前に走らせる。見た目より遥かに軽い、車を軽く超える速度で『UYK』の体内を進んでいく。もうまもなく喉に辿り着くのが目で分かった。



 そうわかるのは先に巨大な穴が地下に続いているからだ。対岸には無理やりこじ開けた穴が出来ていて紅い機体たちが敵と戦い続けている。あれが脊髄目掛けて力づくで穴をこじ開けて進んでいる先行部隊か。それを気にしていると通信からせき込む音が聞こえる。



「ぐふっ……」



 吐血したような音が続く。大丈夫か、と聞くとそれには返事をせずグレイグは語り始めた。



「主人公にでもなった気分ですよ。今俺の通信にHereafter社経由でそっちの配信のコメント流してもらってるんです。……研究所から出た時には既に人類の人口は50万人を切っていましたから信じられない。俺にとっては全人類に見てもらってるようなものです」



 急な語りだったがその意図を察せないほどではない。だがその事実を受け入れたくはなく先読みして否定の言葉が自然と口に出ていた。



「死ぬなよ」


「死にますよ。何があっても引用情報化して終わりです。だから本当に感謝しています。最終決戦を笑いながら戦えて良かった。あの賭けの意味わかってますか?」


「カナたちは分からないと言ってた」


「まあなぜあんな形にしたかは確かに謎です。でもそういうことをやる指針だけなら分かります。お祭りにしたいんです、この最終決戦を。悲壮な特攻ではなく、馬鹿笑いしながら『UYK』を叩き潰す1大イベントに。だからわざわざ合体させたりあんなBGMを指定したり、プレイヤーを核爆弾にしてみたり。手を尽くしてくださったんですよ、あなたは」


「……」



 片腕しかないグレイグの量産型融合型Apollyonは多彩な蹴りで敵を撃破し、危ない所を眼鏡先輩2人が潰していく。だが進むたびに数が増えていきそして脊髄への穴を塞ぐかの如く分裂体が前方を覆い尽くし雪崩の如く俺達に迫ってくる。



「ありがとうございます。あなたのお陰で私たちは惨めな死兵ではなくなりました」


「……ああ」


「お先です。未来、楽しんできてください」



 敵の群れに向かって無謀に前進した灰色の機体が最後の核爆弾を発射する。閃光と共に金属の内臓が弾け飛び道ができる。しかしそれでも立ち上がろうとする分裂体の体をグレイグの機体が抱え込んだ。その機体は俺達を爆発に巻き込まないよう身を盾にしたが故に無数の傷が出来ている。



 そして彼は迷うことなく最期の一歩を踏み出した。



 その先には大穴が空いており食道に繋がっている。抱え込んだ分裂体ごと彼は穴の奥底に姿を消した。もうあのBGMが聞こえることはない。彼の遺志に応えるべく俺は視線を下に向けるのをやめ走り出した。



「行けオレンジ!」


「ありがとうございます!」



 核爆弾により空いた穴を埋め俺たちを阻むべく無限に敵がまた湧き出してくる。それを眼鏡先輩2人が槌を振るい止めた。その隙を突いてMNBを起動し大穴を全力の跳躍にて飛び越える。ガン、という衝撃と共に機体が揺れ、俺の機体は見事対岸に渡ることが出来ていた。



 そしてその先もまた地獄だった。無数の敵を素手で、あるいは槌で引きちぎる量産型融合型Apollyon達の姿。かなりの距離を掘ったのであろうがあと一息が足りず弾薬が切れた彼らは近接戦により道を切り開こうとしていた。だから俺はようやく腰に付けていた武装を腕に装備する。



 『UK-0000』。『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-02』の本来の運用法ともいえる姿をしていた。俺が使っていたあの砲は本来融合型に持たせるガトリング砲を分解しその一本を量産型Apollyon用に改造したものなのだ。UK-22を10本束ねたその姿は破壊力を俺に確信させてくれる。一つで分裂体に大きな傷が与えられるこの兵装を2丁構えて連射したらどうなるか。



「構わん俺たちごとやれ! 狙いは12時の方向に真っすぐだ!」


「了解です!」



 眼鏡先輩の叫びを聞き道の中心を狙ってガトリングを起動する。がたがた、と鈍い音を立てていたそれは次第に甲高い叫びを上げながら毎分1200発の弾丸を発射し始める。あまりの火力に分裂体が複数纏めて撃ち落とされ、残った威力だけで壁が削れ青い液体をまき散らした。



「届けっ………!」



 銃弾の嵐は止まらない。もう浸水が酷く機体のくるぶしまで『UYK』の血液があふれ出し、そしてついにごつりという音と共に内臓の中から薄く光る壁が見える。それもまた甲高い金属音と共に剥がされ、遂にその中心を露わにした。



 巨大な無数に伸びる脊髄の軸だ。融合型Apollyon数台分はあるであろう大きさのそれが出現すると共に壁から今まで以上の勢いで敵が出現し始めた。



《Shed Armors System 起動》



 弾切れと共に装甲をパージして身軽な姿になる。掃射により一直線に開かれた道を、槍一本を抱えて俺は迷わず突撃した。無数に出てくる敵をMNBを活かした圧倒的機動力ですり抜け先に進む。だがそれでも迫って来る敵は新しい眼鏡先輩が横から叩き潰す。無限に湧いてくる敵の処理にはまるで足りず、しかし彼女らがいた。



『こちら右眼孔担当の白犬レイナ! 脳の破壊を達成!』


『左眼孔担当のラックも同様です』



 その声と共にぐん、と敵の生成速度が落ちた。その隙をついて全速力で前進し跳躍する。目の前には地球そのものであり人類を滅ぼす生命体『UYK』の脊髄があった。装甲の剥がされた柔らかいそれに全力で拳を叩き込み、鈍い音と共に体液を噴射させる。そのまま2撃3撃と蹴りを叩き込み脊髄が破壊され尽くした所で俺は強制逆潜兵装と呼ばれた槍を突き刺した。



『眼孔側も強制逆潜兵装を3本差し込むことに成功!』


『バックパックに全機異常なし、合図とともにトリガーを引け! 3、2、1』



 これから人類はどうなるのだろうか。『UYK』を倒してハッピーエンドで済むのかまた別のごたごたがあるのか。何も分からない。これからがどうかなんて誰も知らない。ただそれを考えるためにはまずこいつを倒すしかない。



 未来は未だ決まっていないから未来なのだ。だからこそ、



『0!』


「絶望の未来を確定させてたまるか!」



 その一言と共に操縦桿のトリガーを引いた。

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