エピローグ

 あれから10年が経過した。ゲームで見た未来とは裏腹に今この地上には無数の人があふれている。新大阪空港に降り立った俺は大きく伸びをしてトランクを引きずり歩き出した。



「オレンジ、早く行くぞ。予約の時間まであと10分しかない」


「ヒニルさん焦りすぎだ、この距離ならかなり余裕があるだろ」



 俺の横に妙にせかせか歩くヒニル君と呆れた表情の☆スターナイト☆が並ぶ。そんな俺たちを見て周囲の観光客らしき人が一瞬固まり端末をこちらに向けてくる。



「嘘、『オレンジ被害者の会』だ!」


「今年は決勝までたどり着いたんだっけ、やべえよな」


「なんで被害者の会なのに加害者がチームに入ってるんだ……?」



 慣れたもので適当にかき分けながら俺達はその場を通り過ぎる。あれから10年、本当に色んなことがあった。



まずあの日。結論だけ言うと『UYK』は死んだ。観測班によるとオホーツク海に突如青い体液がまき散らされると共に『UYK』のものと思われる反応は消失した。Hereafter社の観測により2060年に『UYK』が生存していないことが確認され、これにて『Hereafter Apollyon Online』はサービス停止を迎えた。



そしてその日小規模な津波と地震が発生した。とはいっても中心がオホーツク海だったこともあり陸地に大きな影響を与えることはなく警報が人を怯えさせるだけで終了した。



 次に言うまでもなく発生したトラブルは1000円未払い問題だ。逆潜を悪用されないよう記憶消去や逃亡し姿を消したHereafter社にプレイヤー全員に1000円を支払う能力は無く、代表にされた名も知らない男が詐欺罪で捕まっていたのを覚えている。これにより『HAO』はありとあらゆる場所でクソゲーの名を不動のものとした。



 でも結局それだけだった。掲示板が荒れに荒れたりしたもののそれ以上の驚くべき何かが起きることはなかった。正確には仲本先輩による分裂体全ての殲滅があったが最早本人が滅茶苦茶過ぎて驚く要素がない。なんなら分裂体が紅いApollyonを見た瞬間逃亡を始めたのが一番面倒だったらしい。トラウマになってんじゃん、化け物かよ。



 そんなわけで全てが終わった俺たちは普通に大学生活を過ごし、普通の社会人――にはならなかった。



 ヒニル君の案内する店に入ると先に待ち構えていた眼鏡先輩と裏色先輩がこっちこっちと手を挙げる。俺も皆も不老化技術のお陰で見た目は学生時代と大きくは変わらないが皆貫録のようなものが出ていた。目の前の二人の薬指には上品なお揃いの指輪がはめられていた。



「試合以来だな、元気にしてたか」



 そう、今俺たちは量産型Apollyonによるチーム戦、『Apollyon Battle』のプロチームとして活動しているのだ! チームメンバーはヒニル君と☆スターナイト☆と俺で『オレンジ被害者の会』と名乗っている。実は遊撃のヒニルに狙撃のスターナイト、近接型の俺という構築で意外と相性が良いのだ。俺だけメカニックも兼任しており、デビューしてから5年くらい経つが自分が巨大ロボットとこんなに密接に関われる人生を送れるとは思わずスポンサー様には頭を下げ続けるしかない。最高過ぎる、本当にありがとうございます鋼光社様。



 何の因果か組んだ3人であるが、ヒニル君の炎上と☆スターナイト☆がイキって晒される点を除けば最高のチームだ。まあ相対的に聖人になれるので実質メリットという事にしておこう。実際ファンは俺だけに妙に優しい。ヒニル君は眼鏡先輩を憎々しそうに睨みながら言った。



「あんたに負けた以外はな」


「次回は頑張れ、かなり惜しい所まで行けていたから次ならワンチャンスあるかもしれないぞ」



 因みに決勝戦とは眼鏡先輩1機vs俺達3機の戦闘のことを示す。流石最強の男、冗談抜きで勝ち目がなく試合の出場は一人で3枠として扱われているのだ。しかも今まで優勝を譲ったことがない。何なら世界各国でもApollyon最強は眼鏡先輩という認識は共通している。強すぎて実際自衛隊の教官すらしている始末であった。何なら現在量産型Apollyonを使ってる人の半分以上は眼鏡先輩を師として仰いでいる。



 量産型Apollyonは結局パワードスーツと共に建築現場から戦場まで様々な場所で運用されている。戦場が入ってしまったのは完全にVer1.07の俺のせいともいえるが幸いにもここ5年で戦場の主流はパワードスーツ側にシフトしているようだ。量産型Apollyonは重いものを運ぶ必要がある事故現場や僻地の救助活動に積極的に運用されている。



「お待たせしました先生」


「……久しぶりね、相も変わらず元気そうで何より」


「オレも来たぜ、酒飲み放題らしいな!」



 そう話していると入り口から4人がぞろぞろと入って来る。グレイグ、奏多、テオ。グレイグは生まれが特殊で色々面倒だったらしいが今は戸籍を取得し自衛隊で楽しくやっているらしい。奏多は俺に振られてふてくされながら次期社長として勉強中、テオは自由人すぎて何をやっているかわからないが楽しそう、というのが現状だ。



そして最後に現れたカナに向かってヒニル君が背筋をピンと伸ばす。



「店の予約は万全です! 飲み食べ放題予算無制限騒げる店、すべて揃った上に味は田中さんのお墨付きとなります!」


「よろしい下僕」


「ははぁっ!」



 もうあいつらの関係は完全に主従関係で固定されてしまったらしい。少し呆れながら義娘を見る。『HAO』通りの美人に成長したカナは今俺の護衛をやっている。遅れてきたのは俺の入管関係の手続きを代わりにやってもらってたからである。というのも俺は今超危険人物だからだ。



 『HAO』がサービス停止した後、正式に鋼光社は予言者が大嘘でありオレンジは馬鹿な一般人であったと発表した。これに困惑したのが元『革新派』、それぞれの企業や国家に帰ったメンバーだ。



 彼らからしてみればあれもこれも全て嘘で口八丁だけで騙されていたことになる。これに対する反応は2つに分かれた。



1つは一切それを認めない方針。予言者の能力は健在で未だ脅威であるという見方。


そしてもう一つが嘘で世界の破滅を何とかしたオレンジ恐ろしすぎる、という見方だ。



 つまりいずれにしても未島勘次という人間の危険度は最高レベルに達したのだ。確かに嘘と勘違いだけで『革新派』を踊らせ世界を救ったと考えるとそりゃ怪物判定されるよな。そんなわけで特に国外に行くときは護衛としてカナも連れて行っている、と言う訳だ。



『本日のニュースです。世界人口は82億人となりました。スペースイグニッション社による宇宙開発の恩恵は目覚ましく、更に再来年を目途に新宇宙国家が成立する見込みです。この国家はイギリスの法を基本とし非武装を掲げています。これに続き様々な宇宙国家が成立すると考えられますが、中継の長喋先生はどう考えられていますでしょうか?』


『ポイントは非武装とスペース社長自身がそこに住まうという事です』


『何故スペース社長が住まう事が重要なのですか?』


『勿論人工惑星そのものを質量弾とする可能性があるからです。そこに住むなら自殺をしない限りその選択は取れないですからね』


『そんな人がいるとは思えませんが』


『実例が8つもあるんですよ、ええ……しかも人乗った状態なのに……』



 店内のモニターに流れる端末を遮るかのように最後の待ち人が現れる。白と黒の2人だ。すらりと背が伸び大人の女、といったスーツを着た二人は朗らかな様子で店に入ってきた。



「いやー久しぶりやな皆!」


「久しぶり、もう一年だからね」



 紅葉は鋼光社社長として、レイナはその護衛として今は活動している。因みに鋼光社はある程度まで解体された。というのも獣人に改造人間と余りに戦力過剰だったからである。仕方がないので改造人間含む部門を外部に売却し、獣人は日本政府管轄とすることでトラブルを免れ現在はApollyon専門の会社として『Apollyon Battle』の主催者兼チームのスポンサーをやっている。つまり俺は一生頭が上がらない。



 なお解体したと言いながら技術者はかなり鋼光社に残っているしレイナは逆に改造人間の技術を盾に鋼光社に残ったりしたので影響力は何だかんだ強い。企業連合を造った時と比べると弱くはなったが量産型Apollyonのシェア拡大に加え生身で戦闘機に蹴りを入れられる怪物がいるのだ、経済面暴力面共に隙が無くその先は明るいだろう。二人の給与を聞いて4回転した記憶があるくらいだしな、なんだよあの額。



 紅葉とレイナは笑いながら俺の方に歩み寄って来る。それを見た奏多がこそりとこちらに耳打ちしてくる。



「で、結局どっちと結婚したのよ。赤ちゃんいるとか噂で聞いたけど真実はどうなの?」



 そういえば言っていなかったか、と薬指の指輪の感触を確かめながら答えようとするがその前にヒニル君のタイミングの悪い叫び声が割り込む。



「えーそれでは皆様お揃いのようですので! 今年も色々ありました、私がまた音MADの素材として話題になったりオレンジがまた適当言って第7次オレンジ恐慌を引き起こしたりと色々ありましたがまずはお疲れさまでした! そして2050年、『HAO』同窓会兼我ら『オレンジ被害者の会』世界大会準優勝、賞金1億獲得を祝って」



 これだからヒニル君は、と呆れながら周囲を見る。勿論これからも人生は続くが、本当にいつぞやレイナの話していた目の腐るようなハッピーエンドと言っていいだろう。各々真っすぐ成長した姿で、そこまでの物語で描かれた問題は全て解決された。2050年に破滅は訪れずもうすべては過去の話として処理されている。



 だからこそ引用情報化した自分の分まで楽しんでやろう、と思うのだ。彼らの死が有意義なモノであったと示す為に、彼らが無限にうらやましがるような人生を送ってやる。子供もできて巨大ロボットに関わる仕事にも就職できた。なら次は子供をしっかり可愛がりついでに眼鏡先輩をボコボコにしてやるのだ。だから俺は人一倍声を上げて笑顔でグラスを掲げた。



「「「「「乾杯!!!!」」」」




くだらない結末。それが、それこそが。








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というわけで『Hereafter Apollyon Online』は完結となります。ここまで書けたのは読者の皆様のおかげです、本当にありがとうございました。楽しんでいただけたのであれば幸いです。また短編などをこの後も追加するかもしれませんし何よりコミカライズもありますのでこれからもお付き合い頂けると嬉しいです!


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