空を飛ぼう3

『作戦5分前となりました。戦闘要員は配置についてください』



 案内された待機室でそうアナウンスが流れる。それと共にカナと奏多は名残惜しそうな表情である。これは俺と、というよりも自身の人生に、という方なのだろう。どうあがいても間もなく彼女たちの人生は終わる。二人は行きますよ、といって立ち上がった。



「どこへ行くんだ?」


「格納庫です。あと配信はつけていますか? 今回は正直付けても付けなくても差はないですが、私たちの頑張りを記録に残して欲しいです」


「……わかった」


「あとミュートはもう大丈夫だと思うから声も入れておきなさい。折角だから」



 その言葉も尤もだと思い配信をONにする。多くの視聴者が待ち望んでいたのか直ぐにコメント欄が埋まっていくのが見える。現在の時刻は17時15分。少し作戦とやらは遅れているらしかった。



『オレンジ配信キタ!』

『何で最終決戦とやらの開始時刻が17時なのにログインキャンペーンは18時からなの? 参加させる気ないのかこのカス運営は』

『一回そこでログアウトしろって意味じゃね?』

『違うぞ、今オレンジと一部のプレイヤー以外ログイン制限かかってる。『18時より順次ログイン可能です』って表示出てるから通常の制限とは違うっぽいけど』

『あと遅れているのは何で?』

『実は予定通りで、Losersの配信では地球に向かって接近を開始していると出てる』

『暴露はよ!』

『夕波放送局の者です。あなたの動画を番組で紹介させて頂きたいのですが許可を頂けませんでしょうか?』

『連絡無視され続けたメディア君、ついにここまで来て許諾取ろうとしてて草』

『今回音が入ってるぞ!』

『あの美人、奏多ちゃん? ついにNPC化したのか、会いに行けるかな!』

『数少ない配信です。プレイヤーはログインできず人だけが可能不思議です』

『海外勢も増えてきたな。他の枠はほぼないしまあそうなるか』

『Loser3人組は一応配信出来てるっぽいな』



 勢いよく流れるコメント欄に目を回しながら何となく情報を読み取る。今回はまたしてもログインできない人ばかりで、でも18時からは皆できそう? 何故運営がそんなことをしているのかわからない、と頭を抱える。その疑問を聞いてみるとああ、とカナは当たり前のように返した。



「ここから地上に降下させるより降下地点を基準にログインして頂いた方が効率が良いわけです。大気圏に突入するのもタダと言う訳には行きませんから」



 なるほど、だからログインは後なのか、と何か隠してそうなカナの表情を見なかったことにしながら思う。コメント欄では『1プレイヤーを特別扱いするな』『そっか、今宇宙だから降下する必要があるのか』『種族2つ追加って言ってたけどあれどうなるの?』などと言った感想が寄せられている。まあ確かにそう、他プレイヤーは歯がゆい思いをしていることだろう。許してくれ、もうサービス終了だから運営は無敵の人なんだ。



 そう思いながらまたコンベアで移動していると直ぐに目的地に到着する。扉を開くとそこには12機の40mほどの巨大な人型機械が直立していた。その合間を縫うように足場が構築されており各所で整備員が最終調整を行っている。俺はその光景を見て呟いた。



「全部融合型Apollyonかよ……」



 詳しい製造数は知らないが分裂体が原料、という事を考えると本来は2桁に満たない程度の数であったはずだ。にもかかわらず12体もの融合型Apollyonの製造に成功している理由に俺は心当たりがあった。そう、Ver3.00以降は無限に資材が存在する。大地に溢れかえった融合型Apollyonをピックアップして改造したのだろう。



 確かに融合型Apollyonは強い。核耐えてたし。だけど俺も奏多も操縦できないんだけど……と思った所であっと気が付く。今の俺の種族は『SOD』。そして融合型Apollyonを操縦するには機械獣に近い存在、例えばテオのような存在でなければならない。となれば俺も操縦できるのか!



 驚きのまま奏多を見ると服のジッパーを下ろし背中をずり下ろすのが見える。生の肉があるはずの脊髄部に人工的な機械、俺と同じ何かの接続口らしきものが覗いていた。俺の視線を受けて奏多が説明をしてくれる。



「これね、人体改造の一つで融合型Apollyonを制御するためのユニット。前Verじゃあ機械獣の体を持った人間を造ったらしいけど今回必要なのはあくまで制御するだけだからこの部分だけでいい、と言う話になったのよ。そんなわけで私や他の操縦者もこの疑似『SOD』化手術を受けているわ」


「じゃあ種族増やさなくて良かったんじゃね?」


「ああ、ゲームの話ね。それは完全にシステム側の都合らしいわ、通常の改造人間と『SOD』化している人間を分かりやすく区別したいっていう」


「旧人と改造人間、能力者でもわざわざ区別してるしそんなものか」



 そんな話をしながらそれぞれのコクピットに辿り着く。田中のおっさんが整備完了したぜ!と親指を立てていた。青い、『ファルシュブルー』とほぼ同一のデザインをしたその機体に乗り込む前に背後を振り返る。



 じっと、二人が俺を見ていた。しかもこの期に及んで、自身が死ぬ状況のはずなのに二人の目に浮かぶのは心配であった。不安とは少し違うその感情を見てああ、となんとなく察する。



 彼女たちは俺が抱え込まないか心配しているのだ。目の前で死んでいく人々を見て気に病まないかと。恐らくVer4.00の俺も似たような事態になったことがあるのだろう。だから心配するな、と俺も親指を立てて不安を断ち切るようにコクピットに飛び乗った。



 飛び乗った先は以前と変わらない通常のApollyonのコクピットだ。操作しやすいように意図的に寄せているらしく、しかし天井から釣り下がる管だけが異なる。あーそういう意味か、と背中の金属部とその管を繋げようとガチャガチャと手探りで試行錯誤するとカチッと音がして完全にハマる音がした。それと同時に計器類に明かりが灯る。



《Orange Assist System 起動中》

《アスカロン、ボードを共に背部に装備完了》

《ブレード、UK-0000及び弾丸の装填を確認》



 見覚えのある表示を眺めながらシートベルトを締め操縦桿の調子を確かめる。そうやっているうちに、遂に時間が来たらしくコクピット中央にウィンドウが表示される。そこには懐かしい姿があった。



『よーし準備はいけたか? 最終確認や、シートベルトは締めたか、酸素量は十分か、燃料は満タンか確認しとるか? あとボードも忘れたらあかんで! 同時に分離帯の動作は……OK、惑星ブースターも問題ない。確認出来たら整備班は報告回してや。……よし、OK!』



 そこにいたのは数日ぶりに見たメンバーだった。紅葉、レイナ、そしてスペース社長。どの人物も年を取って成長していたがその顔に活気は漲ったままである。主に紅葉が生き生きとしていた。スタジオらしきその部屋で彼女は時計を見る。気が付けば既に17時半を回っており、それを見た彼女は咳払いをした後喋り方を厳かなものに変え、宣言した。



『これより無限地平線攻略作戦を開始する! ハレー彗星の『UYK』との戦いで散った偉大な予言者の死を無駄にするな! 戦力は整った、あとは淡々と叩き潰すのみでいい!』



 その言葉と共にもう一つのモニターが表示される。赤い光を放つ人工惑星達の中心にそれはあった。人工惑星に引っ張られるように括り付けられる計37の金属片とそれを取り囲む融合型Apollyon達。金属片はそれぞれ4から45までの数字が割り振られており金属片の中には心臓のような形をした何かが存在する。一方でいや何体いるんだよ、と思う融合型Apollyonの手にはそれぞれ一本の槍が握られていた。アスカロン。3股に分かれたうちの一本だけが少し長く赤熱している。それを融合型Apollyon達が金属片に向かって突き付けた。



『ここにある37のコアは我らが仲間が命を懸けて戦場から回収した、血と努力の結晶だ。今これを用いて分裂体を討伐する。逆潜、開始!』



 その言葉と共に融合型Apollyon達が槍を突きたてる。バックパックに装備されている装置が青白く放電し、突き刺さったコアがぐちゃりと青い液体を垂らす。ただ、それだけだった。



『報告、2040年側で観測可能な12体の分裂体の行動停止を確認!』

『2040年側における残りの分裂体に対して仲本豪による討伐作戦を開始します!』

『月とハレー彗星の『UYK』に対しても実行!』



 ただ、ただそれだけであっけなく結果は出ていた。宇宙空間に槍で突かれたコアが並ぶ。実に簡単に、淡々と分裂体が処理された。最高だ、と思う反面で本番はこれからだと気を引き締める。俺の思いと同期するかのように紅葉が叫ぶ。



『ここまでが前哨戦だ! 続いて本番、分離帯のブースターを起動、人工惑星から切り離せ!』



 その言葉と共に体にごん、と力がかかりガレージ全体が揺れる。新しく増えた幾つかのウィンドウの中の一つに地球と惑星の軌道を示す表示があった。



 9つが、地球に向かって降りていた。それらが8つの分離帯を背後に吐き出すのを見て、少し時間を置いたあと意味を俺は理解する。最大火力を出すなら確かにそうだろう。資源を有効活用するならまさにこれしかないだろう。それでも。



『これより、すなわち虚重副太陽並びに8つの人工惑星を地球に着弾させる! さらに分離帯よりApollyon11982をパージせよ!』



 ……なんて言った? 疑問を解消する間もなくバコン、とガレージの壁が砕け散り俺たちは強制的に外の、宇宙を見ることになる。



 巨大な9発の火の矢が大地に向かって勢いよく降り注いでいる。燃え続ける虚重副太陽を先頭にオーサカ、パリと人工惑星が地上に向かって翔けていく。ああ、あの逆潜させるときに見えた赤い光はブースターだったのだ。その推進力とMNBの力で人工惑星を飛行させ地球に着弾させるのだ。2060年まで持てばいいという言葉の真意はこれだったのだ。



 同時に機体が地球の引力に巻き込まれ少しずつ落下を始める。ただしそれは俺だけではない。綺羅星の如き無数の、1万は存在するであろう量産型融合型Apollyonの群れが一様に人工惑星の後を追って地上に落下していく。小さいロケットで戦闘要員を運べたVer3.00は一体何だったのか。過剰戦力過ぎるだろこれ。



 ウィンドウの一つでは『鋼光社×革新派バンザイ!』『突撃!『UYK』さんちの顔面訪問!』『惑星で 9回殴れば 敵は死ぬ 松尾芭蕉(風評被害)』『虚重副太陽は私が造りました』などと書かれた横断幕を掲げる人々の姿が映し出される。分離帯に入り切らなかったかあるいは自分の意志によるものかはわからないが、彼らは人工惑星に乗ったままの人々のようだ。勿論生活空間として使っていた人工惑星を弾丸代わりに使うからには死は避けられない。にもかかわらず彼らは笑顔だった。もう俺も彼らも先が見えない地獄にいるわけではないのだ。終わりの見えた、希望のある道を歩んでいるのだ。



 何だか馬鹿らしくなってくる。何が淡々だ、まるで意味が分からない。量産型融合型ってなんだよまあ融合型を量産したならそういう名前にもなるんだろうけど。あと惑星質量弾って一体どういうことだ、確かに重いし氷河期を何度も起こせるくらいの威力はありそうだけど。



 口の端に笑みが浮かぶ。やっぱり人類はこうでなくちゃならない。内輪もめと敵に負けるだけであってたまるか、意味不明な熱意と技術で不可能を踏みつぶすのが人類だろうが!!!



先陣を切った虚重副太陽が遂に地上に落下する。それが大地にぶつかった瞬間地球が文字通り震えた。



最終決戦、開始。

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