分岐点を越えて

「6月3日、お昼のニュースです。あのテロ事件から一週間近くが経過しました。テロに関わった『十字軍』のメンバーはこれで全員逮捕されたと警視庁から発表が出ております」



眠気の残る中ではあったがニュースの内容を聞いて俺はベッドから起き上がる。いつもの自室、レイナから借りた漫画と紅葉の置いていった座布団、そして積まれたゲームソフト。流れているニュースでは完全に『十字軍』の単独犯としてあの事件は纏められてしまっていた。勿論制圧は自衛隊の訓練の成果であると喧伝され、鋼光社の名前は被害者としてしか出てこない。『十字軍』をBBQにした加害者でもあるのにね。逮捕された後も体から焼き肉のたれの匂いがしていたに違いない。



 因みに眠気が強いのは屈伸煽りにキレて夜更かししていたからである。そんな俺の前で6月3日のニュースが流れ続ける。そう、今日は『HAO』アップデートの日。全てに決着をつける最後の作戦の決行日だ。



「続きましてのニュースです。本日夕方よりオンラインゲーム『Hereafter Apollyon Online』にてログインするだけで1000円プレゼントキャンペーンが始まります。同時に『HAO』100%オフという異例の割引が発表され世間を騒がせています。このゲームは3月からサービスを開始して以来、メンテナンスを繰り返し多くのプレイヤーから非難を浴びると同時にオレンジ文書事件やオレンジ砲と呼ばれる一連の暴露の舞台でした。プレイヤー人数に制限がない事から本キャンペーンは初めから金を配るつもりがないのではないか、といった疑念の声が上がっており本日の注目の的となりそうです」


「まもなくメンテナンスが空ける予定ですが、既にSNSの注目ワードとなっており、特にオレンジ氏は先日のテロに巻き込まれて以来二度目の配信があるのではないかと期待されています」


「『十字軍』の犯行声明にオレンジ氏を指す文言があるとネットでは話題になっていましたよね。現在取り調べ中とのことですが既に『十字軍』を蹴散らしたのはオレンジだという噂も流れているようです。というのも……あ、次の話題ですね。続いてのニュースです。」



 最終決戦に向けてプレイヤーの数が欲しいから仕方がないのだろうけれど、全く最悪な詐欺である。話を聞くところによると少し前にHereafter社の権利は借金に困っていた人間の手に移行しており、その人が破産することを前提としているらしい。つまり払う気0。いや邪悪すぎるだろ。



 そんな感想を抱きながら俺は服を着替える。最終決戦前なのでやる事が多数あるらしく紅葉もレイナもこの場にはいない。代わりに台所にいたカナが俺が起きたのを見つけて耳をピンと伸ばす。……またいたずらする気じゃなかろうなこいつ、と思う俺を横に彼女は「おはようございますお義父様」と俺に挨拶した。


 

 多分レイナ家に戻るのがめんどくさかったのであろうカナは俺の白シャツを無断で羽織り、少しぼさっとした髪型で皿に料理を盛り付ける。というのもここ一週間近くレイナや他の獣人が動きにくい関係でカナが俺の護衛を不眠不休で担当しているのだ。その割に料理までしてくれているのは獣人だからタフだというのは勿論だが彼女にとって料理は趣味でいい息抜きになるらしい。まあ不眠不休と言っても定期的に改造人間のお姉さんに任せて少し眠っていたりはするようで、しかし彼らは鼻が利かないから不安とのこと。まあ確かに『同期』しているカナの対応力と比べるとそうなるんだろうけど表現。


 こんな警戒しているのにも理由があり今回の件で国家の皆様が本格的に動き始めたらしく、『革新派』が抑えたとしても実力行使を押えきれない可能性もあり念には念を入れたいようだ。高速道路投げてまで頑張ったのにここで失敗したらたまったものじゃないもんな。



「今日はサバの煮つけとお味噌汁、キャベツにお味噌汁、卵焼きです」


「卵焼きロシアンルーレットではないよな?」


「さすがに大丈夫ですよ。義娘を信じられないのですか……?」



 そう言って彼女はうるんだ目で俺を上目づかいに見る。だが忘れていない、こいつが昨晩スーパーメカバトル2で負け続ける俺に高速屈伸煽りをしてきたことを、一昨日の味噌汁の中にイナゴが入っていたことを! しかもこいつ適度に許せるライン攻めてくるからたちが悪い。イナゴ、ちゃんと足とってあっていい感じに美味しかったし。



 そう思って警戒してみるが本当に変哲もない食事だ。流石に警戒しすぎている俺にすこしむくれながらカナはようやくいたずらがあり得ない理由を説明してくれた。



「お義父様にとって最も大事な日です。私たちが『固定』される側か本来の世界の人間か決まる日です。……今日の13時、『HAO』のメンテナンス明けと同時だと思いますよ」



 そう言われて時計を慌てて見る。すると時刻は確かに12時59分!? 確かにさっきニュースではお昼のニュースって言ってた、でもこんな大事な事をどうして忘れて夜更かししてしまったんだ……屈伸煽りだ。あれにまさかあんな意味があったのか、と感心してカナを見た。できた義娘だ、本当に。



「もっといい方法があったのですがこの方が私が楽しいなぁと」


「このやろ~!!!」


「きゃあー」



 棒読みで彼女が逃げる。それと同時に短針が切り替わり、ぶるっと机に置かれた端末が震え通知が届いた。「『固定』終了、『HAO』は起動したままです。こちら側が正規の世界となります」その通知が出た瞬間二人とも手を止め安堵のため息をこぼす。そして本気でカナに感謝する。この瞬間、自身が2060年で消える事が確定するという可能性を布団の中で想像してしまったが最後昨晩は一睡もできず怯えるしかなかっただろう。それを忘れさせてくれたのは感謝だ。もっといい方法にして欲しかったけど。未だに心に溝出来てるからなオイ、ゲーマーの恨みは深いぞ。



 それにしても固定された先ではどうなっているのか。本当に『UYK』を倒す準備ができたのか、それともVer-2.00のままなのか。不安のまま俺とカナは見つめあう。カナは真剣な表情をして俺の方を見ている。先程までのおふざけの色のない、本気のものだ。



「お義父様。良い報告をお待ちしています。ご武運を」


「ああ」



 そうだ。こうなったということは80億人がまたトライの為に使われて、俺も当然その一人として犠牲になっている。それを引き継いで成功させなければならない。俺はぐっと心の中でこぶしを握り締めていった。



「ああ。――ログイン制限かかってなかったらな!」



 カナの冷めた視線が胸に突き刺さる。いやでも向こうの俺が生きててログインさせてくれない可能性も十分にあるからね? そうだと言ってくれよもう一人の俺。



 ただ一方で予感もあった。きっと俺は死んでいるだろうという予感。ただの一般人が予言者として先頭に立って死地に赴けばいずれどうなるか、俺は知っている。

 


 だがらログイン制限が無かったのは想定通りだった。問題は耳に飛び込む歓声と叫び声。



「予言者の復活は13時48分でした!!! オッズ2.6倍、当選者の方はおめでとうございます!!!」



 いや何やってんのお前ら。

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