《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~
Re:未来を司る者達に、予言者からの福音を
Re:未来を司る者達に、予言者からの福音を
5月31日。『焦耗戦争』から3日が経過していたロンドンの一角にある豪奢な屋敷の一室で不機嫌そうな表情のままスペース社長は椅子に座り込む。その周囲は無数のモニターとスピーカーに囲まれている。2040年現在、下手に顔を突き合わせるより機密・情報共有の観点から秘匿通信を用いたオンライン会議の方が便利かつ安全であるという認識が一般的である。ましてや第二世代獣人なんて化け物がいて実際にテロが発生した現状では『革新派』内部でも顔を突き合わせたいなどと思う人物がいるわけもなかった。
弱腰共が、とスペース社長は内心吐き捨てる。今までの『HAO』のVer変化を見ていても箱庭などの中核技術を握っているのは依然『革新派』。だから彼らがそう簡単にこちらを攻撃できるはずもないのだ。
『スペース社長何やってんのwwwww』
『フライドポテトも鼻から食えるのか……』
精神攻撃はしてきたが。頭の芯を燃やすような怒りを無理やり抑え込みながらSNSの情報をシャットアウトする。広報担当は親しみやすさをアピールするためとか言って無許可でアイコンを鼻からフライドポテトを食べようと奮闘する社長の画像に変更までしてきた。生涯このネタは擦り続けられるだろうことを察し彼は大きなため息を吐いた。
それと同時にピコンと通知が鳴り画面の一つが光る。そこに映る小太りの男がRE社の社長であり、彼は大仰に画面の中で頭を下げる。
「スペース社長、お久しぶりです。今日は極めて不快な会議と聞いてまいりました」
「久しぶりだ。そしてその話は間違っていない。恐らく我々は鋼光社の要望を呑むことになるだろう。できる事は微修正のみだ」
話の途中に次々と入室者の通知が鳴り響きオンライン会議の画面に数多の顔が並ぶ。それらは全て『革新派』の主要メンバーでありその中には赤髪の公安の女、裏色愛華の上司の姿も混ざっている。彼らの表情は不信と僅かな期待に満ちていた。そして最後にこの会議の主役が現れる。『HAO』におけるダークホース。『革新派』の目論見をほぼ完全に瓦解させた化け物。
「……」
「いや~うちが最後やったか、海外やと時間にルーズやって噂を聞いたけれどここでは当てはまら無さそうやなぁ」
スペース社長の正面にある人の背丈ほどあるモニター、そこに2人の姿が映る。一人は鋼光社の『HAO』における実質的代表。改造人間の鋼光紅葉。軽口を叩く姿はこの会議の主導権が『革新派』側ではなく鋼光社側にあることを暗示している。もう一人は見覚えのありすぎる姿。能動的多重未来予知能力者にして混沌の中心。予言者オレンジ。
沈黙が流れる。それを破ったのが画面に表示される数枚の画像と紅葉の声だった。共有されたそれにはVer-2.00の青い内臓と死骸があふれ出す文明の消えた大地の姿が映し出されている。
「さて、こんなわけで2060年は今回完全な破滅に陥ってしまった。原因は分裂体の早期活動による国家の介入。それによって『焦耗戦争』は無くても別の混乱が発生してしまった。つまり今日の話はこれを避ける為に仲良くしようや、と言う話やねん」
「ふざけるな、分裂体の早期活動もそれによる国家介入も全てお前たちの仕業じゃないか!」
RE社社長の指摘は完全に当たっていた。紅葉の本来の計画ではオレンジと仲本豪を逃がした後閉会式にておびき寄せた『SOD』と戦闘、その後数日かけて探し当てた分裂体を討伐し同様の流れを発生させる予定であった。この計画であれば未島勘次は戦闘に巻き込まれることも無く安全地帯で全てが終わる。……まあ分裂体を見つけてしまったからその計画は変更せざるを得なかったが。
それはさておき何故分裂体を刺激し国家に介入をさせたのか。その理由は簡単であり、彼女の目的はVer-2.00である。この破滅した大地による脅迫こそが彼女の策であり、だからこそVer-2.00の紅葉は「想定通り」と言ったのだ。
「だってこの状況のままやと何回アップデートしても『引継ぎ』できへんで? うちらは今回奇跡的にできたけど、この対立を維持する場合どちらも『引継ぎ』できなくなる可能性を考える必要が出てくる。一方『UYK』はそんなうちらを他所目に進化し続ける」
「脅迫だ! お前の自作自演には乗らんぞ!」
「乗らざるを得んで。そちらの目的、スペース社長やと宇宙。他はそれに付随する権利やとか富が目的なわけやけど、このままやとそれらが全て怪しくなるんやで。Ver-1.00を考えてみいや、理論上宇宙空間であろうとも準備が出来ていればログインが可能や。しかし今回は出来ていない、つまり宇宙計画が失敗した未来を『引継ぎ』により変更することが出来なくなるわけや」
「流石と言うべきでしょう。君の一手で正直『革新派』としてはお手上げになってしまった。可能性としては我々が第2の『焦耗戦争』を起こしそちらから『HAO』を奪うというものもありますが、今回の一件を見ると共倒れになる可能性の方が高いでしょう」
「スペース社長! こんな小娘の脅迫など踏みつぶしてしまえば良い!」
「……わかっていないな。配信を見たと思うが今回のVerでログインできたのはオレンジだけ。彼らだけが最新の未来の情報を『引継ぎ』している、例えば分裂体の出現位置や国家の対応、戦争の発生タイミングを」
そう言われてRE社社長や他のメンバーはうっと呻く。スペース社長の言う通り、昨日の配信後オレンジは引継ぎデータを紅葉に共有している。一方『革新派』はログインすることが出来ていない。……正確にはVer-2.00の紅葉がそうすることが出来ないよう妨害工作を施したのだが。
そして今現在、Hereafter社を握っているのは彼らである。つまりここで協力を拒むと。
「延々と『引継ぎ』の出来ない現Verを維持することも可能なのか……!」
そうなればほぼ確実に早期に分裂体が出た際の行動パターンをデータとして保有している鋼光社と『引継ぎ』出来ていない『革新派』の差は致命的である。この時点でこの2つの組織の間には大きな開きが出来ていた。
故にスペース社長は解を促す。あの日紅葉に指摘されて気が付いた抜け道。『UYK』をゲームを遊ぶだけで殺すことのできる唯一の方法。余りにも単純で、しかし2050年の破滅の存在を前提としていた彼らには思いつかなかった方法。
「だから逆潜させるんだな。『UYK』の死骸を2060年から2040年に」
満足げに紅葉は頷く。他の『革新派』のメンバーは不可解そうな顔で頭を傾げ、しばらくして理解に至ったのか驚愕の表情を一様に浮かべる。
「せや。2040年は2060年。つまり2060年に『UYK』を殺害した上で死骸を逆潜させれば『UYK』の死という情報が一斉に流れ込む。『逆潜引用情報化計画』、2060年に生存しているのに2040年に存在しないのはおかしいという現象を利用した作戦とは逆やな。そして鍵となる装置はすでに開発してある」
一枚の画像が画面に表示される。それは巨大な槍のように見える端子だった。融合型Apollyonらしき機体に取り付けられたその槍はバックパックからコードが繋がっている。『強制逆潜兵装:アスカロンVer2.18』という竜殺しの名の付けられたそれは、しかしその大仰さとは裏腹に実に武骨な兵装となっていた。一本の柱の先が3股に分かれそれぞれから端子が飛び出るような機構であり、灰色のそれには飾り気が何一つない。
それを見たスペース社長の諦めたような顔を見て他の者もようやく理解させられる。これは既定事項を了承する会議でしかないと。
「作戦は簡単や。まずこの場で協力を確約してもらう。脱出して永劫に宇宙で生存するための箱舟ではなく2060年まで耐えることが出来て、そして『UYK』を確実に殺す方向に開発の指針を変更してもらう。その上でアップデートを行いログイン、この槍を用いて『UYK』をゲーム内で殺害することにより2040年の『UYK』を殺害するんや」
「逆潜が成功する保証がない!」
「保証がないのはどれも同じや。しかしこれは確率が一番高い。それにそっちは今まで未来永劫宇宙で活動できるように全てを設計していたんや、それを全て耐用年数20年で物量を出せるように変換すれば大分戦力が変わると思うんやけどな」
「倒せるわけがないだろう! あの融合型Apollyonの群れを見たのか!?」
「見たで。ただその上で完全に協力すれば可能やと判断したんや」
「だからお前の話は保証がないんだ! さっきから判断した確率が高いって言っていてもその証拠がないだろう!」
「――『逆潜引用情報化計画』で邪魔者を処分して『HAO』を停止させるという運ゲーに巻き込まれたうちらの身にもなって欲しいな」
口々に彼らは鋼光紅葉を攻め立てるがしかし彼女は澄ました顔で返事をし続ける。当たり前だが不確定な未来に保証などない。それを分かって彼らは攻撃をし続けている、これではただの時間の無駄だ。早々に切り上げようとスペース社長は背もたれに体重を任せながら聞いた。
「確認しておこう。その場合分裂体はどうなる? 『UYK』は殺せてもそれらは別個の命だぞ、それで核戦争が始まるならば何の意味もない。しかも今回の件で第2世代獣人は相当立場が面倒なことになっている、運用は難しいぞ」
「それについては専門家がおるよ」
その言葉と共に一人の男が画面に現れオレンジの隣に立つ。その男の武勇はこの場にいる人間ならば『引継ぎ』で誰もが何度も聞いたことがある。人類最強のApollyon使い。分裂体を10体討伐した男。仲本豪は落ち着いた様子で「問題ない、俺が殺す」と回答する。それが調子に乗った強がりや冗談ではないことを彼らは良く理解していた。スペース社長は予想していた通りだ、と額を指で叩く。バトルロワイヤルで使用したApollyonは未だ洋上の輸送船上であり、故に簡単に世界中を移動することが可能だ。スペース社長は回答が分かり切った質問を仲本豪にぶつけ、彼もまた朗々と回答する。
「だが分裂体は直ぐに動き出す。兵士を育成する時間はないぞ」
「問題ない。無人Apollyon30機があれば相性が悪い個体でも倒せる」
「Apollyonの製造が間に合わない場合は」
「獣人、いや改造人間やパワードスーツ持ちの一般の兵士でも問題ない。以前はそういう状況もあった」
「複数体いた場合は?」
「2体までなら討伐、それ以外でも撤退には成功している」
「想定外の事があったら?」
「いつものことだ」
その余りにもの安定感に全員が飲まれてしまう。実績と実力から成り立つその発言は誰にも文句を言わせることがない。そもそも核の使用や第2世代獣人、融合型Apollyonの投入が前提の対分裂体戦においてそう言った特別な物が無くとも殺害が可能であると何度も何度も示した彼にそれ以上言う者は誰一人としていなかった。
そして最後の一手だとスペース社長は「保証」について聞く。この問題の一番は本作戦の信頼度だ。それを解決するためにはこの場にうってつけの人物が一人いる。多重能動的予知能力者。『焦耗戦争』にて社長の前で実際に予言を成功させた本物……と思われている男だ。
「オレンジ、お前はどう思う」
空気が静まる。彼の答えに嘘がないか、確信を持って言っているか、全員が固唾を呑んで彼の言葉を見守っている。今までの行動から予言者の予知が本物であると彼らは信じていた。しかし予言が出来たところで嘘を付けばそれで終わりだ。しかし確信をもって語るのであればこの作戦に乗る意味はある。不老と安全と権力を保持できる未来なのだから。
そう、嘘と確信を見抜こうとしていたから彼らは気づいていなかった。
「(この一回で)『UYK』は倒せるのか?」
「……(何回も挑戦すれば)100%倒せるだろ」
紅葉からすれば適当に「可能性はあるんじゃね?」位でもよかった。その言葉であれば未来は不確定で可能性は0ではないとわかるから。しかし想定外の断言に生存が目的であり地球を捨て宇宙に脱出することに不満を持つ『革新派』のメンバーの意見は途端に入れ替わる。その流れに合わせるようにスペース社長は満足した様子で頷いた。
「嘘はついていない、か。完璧な策を練ってきたようだな。この作戦が終了した後、鋼光社を主体とした『教団』の前身である企業連合の解体、並びに改造人間の情報共有を条件としてその提案を呑もう」
嘘ではないが完全に間違っている。ようやく意図が違うように捉えられていると気が付いたオレンジは何か言おうとするがそうする前に紅葉が了承を宣言したことでこの会議は終わってしまった。
そして遂に最後のアップデートが始まる。
『Ver4.00にアップデートされました。
・最終イベント『UYK』討伐戦が6月3日17時より開始されます。
・虚重副太陽が生成されました。
・ログイン地点は8つの人工惑星となります。
・補助脳がアップデートされました。素体にログインできたプレイヤーは168のスキルを自動習得します。
・新たな種族が2種類追加されました。プレイヤーの意思で選択することはできません。
・量産型Apollyonは生産を停止しました。
・6月3日18時よりログインキャンペーンが実施されます。ログインに成功するともれなく1000円プレゼント!
・2050年の破滅は回避できていません。
・2055年の作戦は行われませんでした。』
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