ゴキブリレーションby田中のおっさん
何度も機械獣の横をすり抜け触手の噴射を回避しながら実に8時間。ログインしたのは朝であったにも関わらず時刻は18時を越えようとしている。このリアルタイムでゲームが進行されるシステム上、ログアウト中に攻撃されると即死……なのだが幸いにもカナが背負って走ってくれるため休憩をがっつり取りながら進むことができた。というか俺がいない時の方が若干進行ペースが速い気がするんだよな、まあお陰でガッツリ休憩取れたからいいんだけどさ。
普通のMMOでステルスしながら移動で8時間近くかかるのはクソゲーとしか言いようが無い。無いはずなのだが一方で興奮している俺がいた。
それは風景の美しさである。破滅した世界をここまで美麗に描いたゲームなど他にないであろう。大地に吸収され頭だけを残すビル群とそれに突き刺さる戦闘機。直立する電波塔の残骸に絡みつく線虫のような形状をした機械獣の群れ。点滅しながら夜空を飛ぶ10m近い大きさの蛍型機械獣。
「焚き木にはこの種類の結晶樹を使えばいいんだぜ。ただ灰には注意だ、有毒な金属が含まれている。つってもマスク装着したままだからオレ達は関係ないけどな」
まだ18時であるはずなのに周囲は真っ暗だ。これが本来の世界の姿である。人類無き世界だからこそ人工の光は絶え夜空に星が浮かび、焚き火の火だけが俺達を温める。
改めて見ても奇妙な光景だった。人類は軒並み滅亡して、それでも世界は回っている。有機生命体が機械生命体に変わった、ただそれだけだと言わんばかりの世界。神がいるとするならば間違いなく『UYK』なのだろう、これだけの変化を起こせる生命はそうとしか呼びようがない。
大地に半分埋もれた電車の車内で俺たちは一息つく。ガラスは全て割れていたが風に吹かれたのかあたりにはもはや存在しない。だからもはや半分枠組みだけで、しかし風よけにはそれで充分である。地面に緑色の光沢がある布を敷き焚き火を囲んで俺たち三人は向かい合う。テオが背中に背負っていた貯水槽の蛇口をひねり俺にコップを差し出す。
「ほい、飲み水。お前のカバンに入ってるレーションをくれよ」
「ありがとう、何味がいい? 今あるのはコンソメ味とチーズ味とチョコ味と……ゴキブリ味?」
「ゴキブリか……ありだな」
「マジで言ってる!?」
「お義父様、テオさんの言っているゴキブリとは日本で出るチャバネゴキブリではなく食用に品種改良された、本来は森林に住むタイプのものです。ですので唐揚げにしてよく食するんですよ」
「因みにカサカサするやつじゃねえぞ、もっともっさり動くやつだ」
「なるほどなぁ、でもわざわざゴキブリ味じゃなくて唐揚げ味とかの方がいいんと思うけど」
「出資者の趣味だな。田中さんなんだが」
「何やってんのあのおっさん!?」
でも気になったので恐る恐るゴキブリ味のレーションを食べてみる。口に入った瞬間、水分が吸われる感覚ともさりとした食感が俺を襲う。そして次に来たのは……なんだろこれ、海老の唐揚げのようでそうでないような変な風味だ。美味しくも無ければ不味くもない。カナは懐かしそうな表情でそれを見ながらしれっとチーズ味のレーションを手に取った。口直しにそれ食おうと思ってたのに。
「お義父様が余り好まれなかったので食卓に並ばなかった記憶があります。なのでお母様に酷い事をした日だけ弁当箱にゴキブリレーションを詰め込みました」
「鬼かよ」
「お母様渾身の告白をスルーした朴念仁には当然の結末です。ポケットに指輪まで用意してあったんですよ」
「前言撤回、それは許されない」
もう少し話を聞いて見ると紅葉vsレイナの女のレースがあったらしい。結局ゴールする前に2055年が迫ってきて有耶無耶になったとか。
カナ曰くレイナは普段の雰囲気と真逆で無限にモジモジし続けて、一方で紅葉は未来への絶望で動くか動くまいかウジウジし続けていたらしい。で、2055年を目前にして急加速したが間に合わなかったと。
現実でもそうだったらいいなぁとボーっとしながら話を聞き続ける。まあ実際にそう上手くは行かないのだろうが、まあそこは俺の頑張り次第なのだろう。……「友達としてはいいけど恋人はちょっと」みたいな話だけはやめてくれよ、本当に。
そんな話をしているとテオがニヤニヤした様子で俺に話しかける。
「勘次としてはどっちが好みなんだ? 傍から見てて凄く焦れったくて、結末まで見られなかったのが残念すぎるんだ。ラブコメがカップル成立しないままエンディング迎えた感じだったからよ」
「お二人が一番警戒していたのは貴方だったかもしれないのに何を傍観者みたいにされているのですか。その見た目なのに男同士の距離感で近付くからそちら側に目覚めないかと紅葉様は心配されていましたのに」
「まあ一時的にではあるけど上に言われてたからな」
「そういう所ですよ」
カナが大仰にため息をつく。どっちか、と言われると悩むが強いて言えば……
「わからん」
「お前考えて出した答えがそれかよ」
「どっちも美人だろ。で、どちらかだけと聞かれた時に俺はそこまで他人について考えたことがあるかなって思ってさ」
「自分の好みの話だろ。自分の欲望に忠実になれよ」
「だって二人とも本質的な所を俺は何も知らない。何故いつも帽子を被っているのか、白犬家に父親は何故いないのか。どうして急にカナを引き取ったのか。何故常に手袋をしているのか、鋼光社は現実ではどんな会社なのか、どうして再会した時にあんなに距離が近かったのか」
カナはすっっっっっごく何かを言いたそうな、微妙な表情をする。俺はこの辺りについてそろそろ目を向けるべきかもしれない。『HAO』に感じる違和感、彼女たちの妙な発言。俺の中の思考が「それはありえない」と叫び続ける一方で思考がぶれ続けるのだ。仮に違うとしても、彼女たちがどんな人間なのか。ただの中二病なのかそれとも何かのために動いているのか。いくら鈍い、趣味に全振りな俺でも考える必要があると思うのだ。マジの中二病だとちょっと感情変わってくるし。
それはカナもそうだ。いや彼女が一番の違和感の根源なのだが。自分の身の回りで何かが起きているだろうに近視野のまま全てを無視し続けたツケが回って来る気がするのだ。長文を見るのが面倒、というだけで無視していたネットニュースの内容。むやみに大ごとにしようとするコメント欄。真面目にうんうんと頷いている横でテオは何故か百面相をしていた。首を曲げたかと思いきやはっとした表情で俺を指さし、そして困惑と……驚嘆?の混ざった表情で静かに持ち上げた手を下ろす。
カナはテオに向かって目配せをする。「わかった、報告しねえよ。…………マジだったのかよアレ」とテオは表情をフリーズさせたまま俺の方を見ていた。なんか凄く空気が微妙な雰囲気になったのを察してかカナが咳ばらいをして少し声高く宣言した。
「明日の昼頃に目的地に到着します。融合型Apollyonの部品が間近で見れますよ」
「よし!」
ごちゃごちゃ考えてた小難しい話が頭から消滅! 目指せ融合型Apollyon! 何かテオはさらに表情を青くしてるけど!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます