久しぶり3

 夜には特に何もなかった。というか俺が寝ないと体がもたない。VR機器を外して熟睡し朝起きたら直ぐにログインする。どうあがいても廃人まっしぐらだ、このゲームの仕様カスすぎるだろ。目が覚めると俺はカナの背中で眠っていたようであり、何かを持っているカナはそれを隠しながら笑顔で俺に声をかけた。


「おはようございますお義父様。よく眠れましたか?」


「うん、ありがとうな。そっちはきちんと交代で寝たのか?」


「完全にカナちゃん任せでオレは熟睡してたぜ。そこら辺の耐久力は旧人と段違いで助かってる」


「お義父様の溜め込んだ書類整理を手伝って4徹したのが一番辛かった記憶です。戦闘よりも気を遣う部分が多くてもう……」


「それはすまん、って俺が言う事でもないか」


「お前は取り合えず昼まで爆睡してたことを謝罪しろよ。勘次」


「それは本当にごめんなさい」


「大丈夫です、罰は既に済ませましたので」


「何したの!? なあ何したんですか!?」



 ログイン先は既に太陽が昇り切っている。そう、余りにも長時間VRで遊び続けていたせいで凄く疲労していたのだ。脳も何となく重い気がする、でも朝またあの薬飲んだしきっと大丈夫だって、知らんけど。



 カナの背中から降りて自分の脚で歩き出す。周囲の灰色の大地は今までと変わらず、しかし少しづつ結晶樹の密度が増えてきていた。そんな話をするとテオがそういえば言い忘れてたわ、と言わんばかりに手を叩く。



「そうそう、ここ分裂体でるから」


「は???」



◇◇◇



 のそのそと動き回るカジキマグロという異様な光景を見て俺はげんなりとする。しかもカジキマグロなのは頭だけで胴体は爬虫類、前腕は触手とやりたい放題の見た目だ。しかも砲見えてるし、まだUK装備してやがる。



 もっとも驚くべきところはその周囲の機械獣達である。UYK46式始原分裂体。そのサイズは200mを超える大きさにまで肥大しておりその半分をカジキマグロの角が支配している。角と言うにはスマートさの無い肥大したそれには無数の穴が開いており、そこに機械獣が出入りしている。テオは結晶樹の影から角を指さして苦い顔をした。



「前は格納するだけだったのに遂に共生し始めたんだあいつら。ほら、入る際に細い触手を接続しているだろう。あれからエネルギーを分裂体に差し出す代わりに安全な住処を提供してもらっているわけだ。他の分裂体に食べられないためにエネルギーを差し出した結果があの肥え太った醜い機械獣なんだぜ」


「そこそこスリムだったのにね、46式君」


「勘次の見てた頃とは諸々進化して代わっているからな。今回の無限地平線攻略が共同で行われるのもそれが理由だ。奴らの進化が早すぎる、次のVerでは喋れてもおかしくない」


「そんなことあるか?」


「機械獣の鳴き声は2種類あって、機械が響いただけの音と意図的に何かを再現しようと既存言語を用いた音です。とはいっても意味不明なアルファベットやら日本語の羅列に過ぎません」


「この前石焼き芋とか叫んでたよな、車型の機械獣。頭の上に付けたスピーカーから鳴らしてよ」


「あれは多分鳴き声ではなく不必要な部分だけ取り込んでしまっただけだと思われます」



 そんなエネミー嫌である。ドロップで石焼き芋出てきそうな点だけはまあ唯一人気になる要素を秘めているだろう。因みに車輪がこのガタガタの大地では非効率的すぎてあっさり肉食の機械獣に狩られてしまうらしい。まあだから装甲車じゃなくてApollyonが運用されたんだったよなぁ。



「このカジキマグロって強いのか?」


「知能がそこそこあるようでさ、攻めてくるときは必ず他の分裂体とタイミングを合わせる。そして自分だけ逃げる」


「最悪じゃねえか」


「トラウマを植え付けた張本人が何を言っているんですか……」


「そうか? あ、こっち見てね、おーい久しぶりー」



 万一聞こえても困るので普通の声の大きさで俺は喋る。周囲をじろじろと見渡していたカジキマグロ君の視線が俺の辺りに向かい、手を振る俺を通り過ぎる。……通り過ぎた。そして固まった。ギギギ、という擬音が聞こえるような動きをしながら目がもう一度こちら側に戻って来る。ん?



 いやまさかそんなわけがないだろう。だって考えてみよう、こいつは……そうか、Ver1.08で一回死んだっきりなのか。生まれたのが2060年くらいだから強かったころの人類と戦ったことはないわけで、そして砲を持って突っ込んできた狂人に殺されたわけで。え、でも個人を認識しているわけなくない?



分裂体が視線をこちらに向けて固まり、そしてずしんという音と共に身じろぎをするのを見てカナとテオは焦った表情で走り出し、俺も慌てて付いていく。



「逃げますよ! 相手は鈍重です、このまま20分走って融合型Apollyonの元まで突っ切ります。お義父様、担ぎますね」


「うおっ!」


「まあ完全に『同期』してる奴からしたらそりゃ恐怖だろうなぁ。自分の知る未来の中で唯一自分を殺した怪物。他の分裂体ならもっと群れで倒されたという印象が強いだろうがあのパターンだとな。装甲に穴を開けたのはレイナと勘次だけだったからそりゃ印象に残るか」


「でも俺Apollyonに乗ってたんですけど!?」


「『同期』できるのが記憶だけだったら『HAO』は動作しねえよ、自身を含む未来を観測することが『同期』の本質だ、中に乗ってる異常者くらいチェックするだろうさ」



 カナに力強く掴まれシェイクされながら途切れ途切れにテオの言葉を聞き取る。カナの脚はとんでもなく速く俺を担いでいるにも関わらず俺の3倍は速い。そしてテオもそれについてきていた。……お前旧人だよな? 改造人間だという説明は受けなかったが。



 加速する俺たちの背後でカジキマグロ君が鈍重に体をこちらにずらし始める。次に機械獣達が角の穴からのそのそと這い出し接続していた小型の触手を取り外しこちらに向かって飛び出し始めた。



「指令をだしやがった! 触手の役割はエネルギーを奪うことだけじゃねえ、自分の都合の良いように指令を出すためだ!」


「その能力中ボスが持ってちゃダメじゃないか!?」



 大地が金属の軋む音に覆い尽くされる。背後の機械獣に辛うじて携行を許された拳銃、『獣殺し』を構えて撃つ。余りにも無茶な姿勢で背骨に変な痛みが走り弾丸はあらぬ方向に飛び去る。が、背後には数百を超える機械獣の群れ。あらぬ方向にも機械獣はいるわけでして、装甲が歪みヤスデのような形をした機械獣が吹き飛び後続の機械獣に踏みつぶされる。



 たった一匹しか倒せず、残弾は3発。しかしその絶望とは裏腹に機械獣の動きは少し減速した。そうか、指令を受けているだけで別に飯にもならない雑魚を追うメリットはこいつらにはないのか。となれば威嚇として存在すれば十分か。



 もう一発を装填しカナに背負われたまま銃を構える。突出した奴を狙う姿勢のまま構える。数分待って、カナブン型の機械獣が突出してきたのでもう一発。騒音が鼓膜を破壊するほどに発生し反動でカナごと姿勢を崩しながら、しかしその一発で機械獣の群れは減速の度合いを強めていく。



 そうして進行方向に斜め向きに倒れ込むコンテナが視界に入る。一辺が10mはある青色のそのコンテナには掠れた文字で『Apollyon Project』の刻印がされている。


「見えてきました! あれがパーツです、テオ様、鍵を!」


「おう、指紋認証と声帯認証、OK! よし、脱出装置を起動する、無限地平線攻略基地第13区画へ飛べ!」



 テオが叫ぶと共に静かに灰の大地に沈み込んでいたコンテナが突然開く。その中にはマトリョーシカの如く一回り小さいコンテナが入っておりその周囲には見覚えのある円錐形の物体が張り付いている。推進器だ。そしてその噴射口から少し離れた部分に取っ手があるのが見える。え、もしかしてそういうことなの?



 カナとテオがコンテナにたどり着き、跳躍する。俺はカナに抱えられたまま服のベルトをその取っ手に括り付けられて押し付けられる。コンテナと自身で俺をサンドイッチするかのようにカナが全身を押し付けてきて、左手が腰に回り右手と足は取っ手にがしりと接続する。横でテオも一人で体を固定しているのが見える。



 柔らかい体だ、とかいい匂いがどうとか言っている場合ではなかった。良く知らんけど娘相手には不味いでしょとかいう話でもない。これから起きる恐怖を考えればこの程度の役得は塵に過ぎなかった。


「ちょっと待てこれ」


「発進!!!」


「嘘だろまてうわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 コンテナの推進器が火を噴き、一気に浮かび上がる。恐らくMNBも併用しているのだろうが、つまり俺が今受けているのはとんでもない速度で飛行する機体に裸一貫で張り付けられて帰還せねばならないということ。カジキマグロ君が飛ばしてきた砲弾の中コンテナは回転しながら宙を舞う。カナで防がれているはずの風圧が俺の体を叩き呼吸を塞ぐ。



 これがわかって俺を送り出したのか。許さんぞ眼鏡先輩。まって今砲弾通り過ぎたって横を風圧ヤバい空気薄いちょっと待て視界が回る怖い怖い怖い怖いジェットコースターは無理なんだって!!!



 コンテナが機械獣が手出しできないほどの空へ飛び立ち帰路に就く。一方俺は死地に着くのであった。主に尊厳の。

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