未来を司る者達に、予言者からの福音を

 Ver2.01における素早い鋼光社の行動が何故行えたか、その理由は極めて簡単でHereafter



 『HAO』における技術面には疑問も多い。そこで他勢力に対して有利を取るためにどこかのタイミングでHereafter社の根幹技術を回収する必要は全ての組織が考えていた。だからこそ鋼光社の守り手である『教団』はHereafter社が襲撃された場合の対処並びに引継ぎ方法についてあらかじめ準備がしてあった。



 だからこそログインして異変が発覚した瞬間に仲本豪や協力関係のあるプレイヤーに支援を要請、いきなり敵の出現を感知した白犬レイナを動かすことが出来たのだ。アップデート後は何が起きてもおかしくないという、オレンジに対する信頼から生まれた立ち回りである。



 とはいっても2060年から2040年にダイブされることは流石に想定外であったが。少なくとも紅葉が立てた計画は情報の奪取のみであり要人暗殺は一つたりとも含まれていない。



「仲本先輩、ありがとうございました。そして彼女との逢引き中に失礼します」


「気にするな、今後愛華が世話になることを考えれば俺たちがこんなことをしている場合ではないだろう」


「まあ戦場だしね……」



 2060年、『HAO』内。仲本豪と裏色愛華の戦いが終わって数十分が経過したところである。周囲の熱も冷め銃声と悲鳴も減り始めているが代わりに箱舟全体の崩壊は加速していた。一時間もせずこの箱舟は終わるだろう。



 そこに上から単身降ってきたのが鋼光紅葉である。猫の如く地面に着地し立ち上がって彼ら2人と現れたもう一つの集団を見る。多種多様な人の群れだった。パワードスーツを着ている者もいれば獣人もいる。果てにはApollyonまで。総勢16名の集団の先頭には一人の老人がいた。その人物に仲本豪は見覚えがあった。



「長喋と言います。長喋教授、なんて名前でメディアに出ていたりするが勿論本名ではなくてね。まあ何故偽名にしたかと言えばそもそも私が戸籍も家族も無い人間だからで、それ故に博士とHereafter社の代理として交渉を行っているんだ。教授という割には技術面には疎い人間で、とは言っても口が回って教えるのが上手いから虚重原子概論のⅡまでは私が担当しているんだよ」


「初めまして、鋼光紅葉です。会合に応じてもろて感謝します」



 二人は取り巻きから離れ向かい合い、紅葉が消音器を起動する。周囲の人間に不要な情報を渡らせないために行われたそれは口元がマスクで隠れることも合わせて解放された密談可能な空間を生み出した。その中で長喋教授はにこやかに笑いながら舌をベラベラと回す。だがこの男は恐らく肝心な所だけは漏らさないだろう、という予感が紅葉にはあった。出しているのは全て調べたらわかるか知っておいて欲しい情報でしかない。今回の場合は恐らく前者であろうが。



 


 そして今回の事件の主導権は既に紅葉が握っていた。長喋教授の口を遮るように紅葉が本題を叩きつける。



「1時間前にデータサーバーが完全に破壊されています。あなた達が漏らしとうなかった『HAO』の根幹技術の漏洩はこれ以上ありえへん。ただそれでもHereafter社を襲撃し情報を奪うことが出来た、という前例は残ってしまったわけです。端的に言いましょう、うちらと組みませんか?」



 これは脅しでもある。白犬レイナという暴力が正につい先ほど行使された状況で『革新派』の現場を抑えた上での言葉だ。長喋教授はリズムを崩さずに疑念を投げかけた。



「穴だらけだよ、それは。まず漏洩について君たちがデータサーバーを破壊した証拠がなく、あるいはデータを持ち出していない確証が無いですよね。企業機密の窃盗が特技の人間を頂点に置いているから忘れているかもしれませんがそれ自体が強い敵対行為です。当社の技術についての保証がない限りこれらの話は全て机上の空論に過ぎません」


「それは時間稼ぎしとるだけではないですか? そもそも運営はプレイヤーの情報を見ることができるんやから現時点ではうちらが盗っていないことも確認できるはずやと思うんですが」



 現時点では。つまり交渉が決裂した瞬間一部データを持ち出すと宣言しているようなものである。その言葉に流石の長喋教授も苦い顔をした。無理もない、既に一部情報は『革新派』に持ち出されていることが確認されている。その上で鋼光社にまで奪われてしまえばどうなるか分かったものではない。



 緊急で集めた16人も正直心許ないのが事実だった。そもそも戦闘経験がある者は2040年の『革新派』対策に駆り出されている。故にここにはただのプレイヤーしかおらず対する相手はかなり慣れている。特に目の前の鋼光紅葉の実力は脅威であった。



 優先監視対象である彼女がVer2.00で真っ先に取得したものは過去の戦闘データを元にした最適化プログラムである。暗号化されていて肝心のデータは解析できなかったが恐らくそのデータは彼女の脊髄部に入力されている。つまり目の前にいるのは人工的な手段で『同期』を果たした改造人間だ。



 ましてや社長としての権限をフルに生かした最上位の身体改造を自身に行っている。そんな化け物相手では一般プレイヤーが束になってもかなわないことは明白であった。更に裏にはと『教団』がいる。状況としてはもう完全に詰みであり、長喋教授の行うべきことは相手の要求を如何に緩和するか、それだけでしかない。余りにも準備の良い電撃作戦に、恐らく鋼光社もHereafter社を襲撃するための作戦を練っていたのだろうと長喋教授は看破する。もっともそれが停滞した状況に限るという事もまた理解していた。



「情報漏洩についてはわかった。それとは別に君たちが出せるもの、そしてこちらに供給するものはなにかな? やはり交渉というものは求めるものが何か判明しないと話が進まないからね、命が欲しいのか金が欲しいのか情報が欲しいのか。それも分からなければ椅子に座る意味もない。つまり机の上に座れという事さ」


「それはこちらも同じですわ。Hereafter社の目的が分からない以上交渉の糸口すら掴めない。やからこそ机の上に座ったんや、手を踏んづけて」


「ふむ、確かにそうですね。なら解説しておきましょう。まず2060年から2040年にダイブできることなど初めから分かり切っていました。理論上可能、ではなく向こうに機材と人材を用意すれば確実に行えます。ただしそれは『固定』された未来から進行し続ける現在に対してです。既に通り過ぎた過去を改変する事はできません」


「例えば2060年から2038年にログインするってことは出来へん。もう既に2040年まで確定してしまったから」


「その通り。言い換えれば未来から今進行している現在に対しては無限回の試行を行えます。例えば世界が救われた場合の『固定』された未来があったとします。すると必ず勢力図が気に入らない、自身が覇権を取れなかったことが気に入らない。だから進行している現在、2040年に干渉して改変を行おうとするものが出てきます。そうして変わった先でも不満を持つものが現れ世界を改変する。これが無限回行われ数多の戦士がゲーム感覚で送り込まれれば『UYK』を討伐しても世界は人同士の争いで終末を迎えます」


「そのために『HAO』の技術を秘匿して、改変が出来ない瞬間まで保持し続ける。『UYK』を倒したハッピーエンドのその先で共倒れせえへんために」


「時間の波動性、そして折り返しの話はご存知ですよね?つまり波の腹に当たる部分の2050年を越えれば未来改変を行うことはできなくなります。例えば2055年まで進むと介入できるのは2050年から同じく5年離れた2045年のはずです。しかしこの過去は既に確定しているからもうどうにもならないのです。だからあなた方が未来技術保持の為に戦力を貸して下さるのであればとても助かります。あの第2世代獣人のこともありますしね」



 それを聞いて紅葉はようやく納得の表情を浮かべた。確かにこの状況で『HAO』の情報をどこかの勢力に渡してしまえばその勢力が世界を牛耳るまで改変を行い続けるだろう。だがその間に起きる犠牲は数知れず、場合によっては不可能になるかもしれない。いや、『UYK』が『受動的予知能力』らしきものを使えることを考えれば恐らく内輪もめしているうちに滅びが取り返しのつかないことになる可能性も高い。世界の覇権を取るころには人類の持ちうる全ての対抗策を学習し無効化しているかもしれないのだ。



理解したからこそ紅葉はにやりと笑った。彼女は自身の、そして白犬レイナとの目的を語る。



「元よりうちらは覇権なんてものに興味はないんですわ」


「ほう、では君たちの目的は?」



 長喋教授が興味深そうにずずっと体を傾ける。そもそも鋼光社とオレンジの行動指針は余りにも奇妙だ。混沌を呼び寄せ自身らのその後には何も興味が無いような立ち回りをしている。例えば不老技術の公開などもそうだ。さらに言えば単に世界を救うにしては無駄が多い。本当に覇権に興味が無いならそれこそ『革新派』に協力すればよいのだ。にもかかわらず彼らは独立勢力を貫いている。



「たかがゲームで人死にが出るのって虚しいと思うんですわ」

 


 だから次の言葉に長喋教授はポカンとする。何かが伝わっていない。何かが食い違っている。



「馬鹿は何も知らずに全て終わるんよ。うちらの望む確定した未来では馬鹿は何も知らん。世界中の人も何も知らん。ゲームを遊んでいる間に何もかも終わってて、通信費と電気代の請求だけが残るんや」



 その言葉でもう一つの可能性に長喋教授は直ぐにたどり着く。あまりもの成果に頭の中で否定した内容、何故オレンジがあのような立ち回りをできるのか、という謎への答え。そんな始まりがあって良いのか。そんなバカげた事実があって良いのか。今世界を揺るがす人間がよもや常軌を逸した愚か者であっていいものか。長喋教授は憤怒の表情を浮かべ柄にもなく声を荒げる。しかしそんな彼を前にしてなお紅葉には余裕があった。



「オレンジはただの行動力のある馬鹿や。多重未来予知能力なんて持ってない、ただの一般人。やからこそ持ち上げたうちらには彼の人生を血に塗れない、平々凡々なもので終わらせる義務がある」


「ふざけるな! そのために我々の全技術を明け渡せというのか!? ただの愚か者の為に! くそ、なんて過大評価だ。ふざけるのもたいがいにしろ!」


「その馬鹿のためやからうちらはここまでこれた。というわけで全技術なんていらん。だって後3回で全て終わらせられるはずやからな。あと前の会見でボカシてた部分正しく言うわ。2050年までに『UYK』を討伐するんやない。20406UYK。夏休みを迎えられずにあいつは死ぬんや。まずは逆潜技術の開発をお願いするわ。情報は全部秘匿してくれて構わへん、使えればそれでいい」


「できるわけがないだろう! 3回だぞ! しかもあと2か月、物資も各国の連携もできるわけがない! いくら2060年からダイブさせても無駄だ!」


「というわけで技術協力とアプデのタイミング調整だけよろしくお願いします」


「だから話の筋が通っていないんだ! 意味の分からないつぎはぎの情報を渡されても判断できるわけがない!」



 だが次の二言で長喋教授は全てを理解する事となる。その情報は思考を混沌に導きその上で長喋教授を余りにも単純でいて、しかし明解な答えに至らせる。敗北感と清々しさを感じさせる表情で彼はHereafter社の鋼光社への協力を約束する事となった。



「一つ。

「二つ。アプデは5月半ばにしてもらうで。そこで」


3

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