また来週

『緊急アップデートが後20分で実行されます。メンテナンス時間は未定です』


 通知が流れる中ヒニル君と戦っていた所からカナの戦っているであろう地点に降り立つ。そのままブレードで無理やり建物の壁をこじ開ける。余りにも硬かったのでUK-12をぶち込んで亀裂を入れてからじゃないとできなかったんだ。どうなってんだこの壁。



「うわ……」



 発信機の信号が示す向きには赤黒い液体が飛び散っている。Apollyonのままではこの先に行けないので俺はコクピットを開き『獣殺し』を構えながら降りた。足元の気持ち悪い感触と充満する悪臭が体を覆う。ログアウトしたら風呂に入ろう、ゼッタイに。



 内部はあくまで普通の建物に過ぎない。その後に手を加えただけである以上それは仕方がないが開いた扉から異様な光景が見えていた。



 無数のVR機器。実に100個以上に及ぶだろうか、それらの周辺には破壊された武器と死体、肉片に血液がフルセットで散乱している。100台以上なんて豪華だな、と呑気な目で見ているとその中で一つ動く影があった。



「お義父様ですか……?」



 血の海の中でその白銀だけは輝きを保っていた。とは言ってもあと幾ばくかの猶予しかない輝きではある。奇しくもVer1.08のレイナと同じ、左腹部を失う形であった。第2世代獣人ではないが故にその姿はもう間もなく起こる死を示している。この光景を見るのは4度目……いや、ヒニル君をカウントしたくないので3度目になるのだろう。分裂体による攻撃の振動が強くなってくる中彼女と二人で向かい合った。



「カナか」


「頑張ったんですよ、逆潜とやらが解除されてこっちに戻って来る瞬間に首を切り取るの。なんだかんだ化け物揃いですから咄嗟に回避されたり単純に複数人戻ってきたりして。武器を事前に砕いていなかったら死んでいました」



 まあもうすぐ死ぬんですけどね、と座り込んだカナは薄く笑う。だからあんなに粉々になった銃とかあったのか。何といっていいのか分からなかったので取り合えずカナの前にしゃがみ彼女の頭をなでる。ん、と声を上げカナは目を細めた。



「いつもの癖ですね」


「毎回こんなことしてたら頭禿げないか?」


「その前に撫で過ぎの摩擦熱でお義父様の手が発火しますよ」


「……したの?」


「何で真面目に怯えてるんですか、もう」



 馬鹿な話をしているとカナがぽんぽんと自分の隣の床を叩く。その部分だけ何かで拭かれたのか血の跡が不自然に存在していなかった。ありがとう、と言いながら隣に座る俺の横で彼女はモニターと四角い装置を取り出した。画面が起動する、PrayStation8と書かれたその装置を見て一体何なのか直ぐに理解できた。



「今7で止まってるけど8出るのか」



 そう、かの有名なゲーム機である。カナは頷きながらモニターとコードを繋いで電源を付けた。聞き覚えのない起動音と共に一新されたホーム画面が起動される。



 VR全盛期になってなおコンシューマーゲームは生存し続けていた。その最たる理由は一律に導入されているアンチチートシステムである。それぞれのマシンに導入されているこのシステムはプレイヤーがチートを使用した場合ネットワーク機能全般が使用禁止になるという恐ろしい仕組みになっている。その関係上コンシューマーゲームでの対戦は比較的チートを気にせず楽しめるようになっていた。



 まあ未来という設定だし8までいって当然か、と思っているとカナが「音声は無しで配信をお願いできませんか?」と上目遣いで聞いてくる。まあ断る理由もないのでBANされた前アカウントの代わりに4つ目のアカウントを開設し配信を開始した。



「私の場合お義母様と事情が異なります。なので取り合えず遊びませんか?」


「なので、で話が繋がっていないぞ。いや8は気になるから遊びたいんだけどさ」



 カメラを画面に向けた上で内蔵されているゲームを探すがその中には一つしかソフトが無い。カナはこちらに確認を取らずにそれを起動するが実は俺も激しく興味のあるゲームであった。



『スーパーメカバトル4』



 ロボット同士の2D格闘ゲームというかなり珍しいジャンルのソフトである。だがその爽快感と良い意味で大味なバランスから実に100万本を超える売り上げを達成しているそこそこ有名なゲームだ。間違っても死ぬ前に選択するゲームではない気がするけれど。



 俺は3までやっていたので大体操作方法も理解している。青い主人公機が俺の使っていたキャラであり、対戦画面まで移動した俺は迷わず選ぶ。対するカナは白いスピード型の機体だ。前作と比べ遥かに改善されたグラフィックを眺め、ゲーム開始と共に飛び道具を連打してくるカナに思わず叫ぶ。



「おい操作の変更点確認させろよ!」


「今がチャンスですから。ミサイルミサイルミサイルミサイルマシンガン」


「せこいせこいせこい、しかもそのマシンガン飛び道具なのに下段なの!?」



 先ほどまでのしんみり感はどこへ、一転してただのゲーマー二人に移行する。あっさりと分からないうちに殺されてしまいふーふーと怒りをあらわにしていると隣でカナはクスクスと笑みを浮かべていた。



 笑みを浮かべながら涙をこぼしていた。



「……前もこんな感じだったのか?」


「はい。お義父様と私でよくスーパーメカバトルで遊びました。初めて預けられた時には2、箱舟内では4、大体私が反射神経で一方的に倒そうとするのをお義父様が初見殺しな技で対抗してくるのが定番でしたね。例えばマシンガンでハメてきたりとか」


「2であったなそれ。えーっと確か『焦耗戦争』時にカナを回収したわけだから、何時くらいだろう。2050年まで続いているはずだから18歳以下、未成年の子供に10歳上のおっさんがハメ技叩き込んでいる構図になるのか。最悪だろ」


「いえ、それは前回のVerの話なので少し違いますよ。まあ小さい私に意地になるお義父様はとても可愛かったです。得意げに披露している小技を完封した時は特に」



 余りにも哀れな『HAO』内の自分に合掌する。レイナといいカナといいゲームで勝ったら仲間になるフラグでもあるのかもしれない、とふと思う。



「腹立ったからって屈伸しないでくださいね」


「俺やってたの!? 一回り下の子供に!?」



 そして間抜け度がさらに上昇。屈伸煽りと呼ばれる行為を自分の義娘にする馬鹿がいるか。そんなんだから将来義父を女装させようとする娘に育つんだぞ。もう少し自重しろ。



 気が付けば配信は人が少しづつ集まっているようであった。とはいっても前回と違い伸びが低いがコメント欄は盛り上がりを見せているようだ。が、そちらに視線を向けるとゲームに負けるので無視せざるを得ない。というかさっきからずっと飛び道具で殺され続けている。性格の悪さ出てるよカナさん。



『これオレンジの配信なのか? ずっとゲームしているだけだけど』

『釣り乙』

『スーパーメカバトル最新作の広告?』

『いや何だこのクオリティ、作り込みおかしいぞ』

『背後に臓物見えてるんですがあのー』

『あの未来って噂ガチなの? 発売されていないゲームの生放送ってどういうこと???』



画面内で俺の機体が無慈悲に一方的に潰されていく。カナは笑いながらミサイルを画面内で撃ち続けていた。



「どう私を相手して良いのか分からなかったお義父様がコミュニケーションを取るために選んだのがこのゲームでした」


「俺をボコりながら言う話じゃないよなそれ」


「開始30分くらいでお義父様が負けてイライラしだしたのが初めて私が興味を持った時です。こちらは2.00の時の話ですが、研究所を出ても無感情だった私が、可愛いからもっと悔しがる姿を見たいって素直に思えたんです」


「いい話っぽくしてもらっても困るんだが……。それに他に感情動くものあっただろう?」


「私に与えて下さる人は居ました。ありがたかったですが、一方でそれだけでした。だからお義父様と違いがあるとするなら性癖にピンと来たか来なかったか、なのでしょう。世界を救う、国家レベルの一大勢力の長、予言者が子供にゲームに負けて凄く悔しそうにしているんですよ?」


「獣人の性癖全部それなの!?」


「私は義母様の遺伝子を半分組み込んで合成されているのでもしかしたら私以外の娘もそうかもしれませんね」



 それからただ預けた人間、預けられた人間という関係を越え本当の家族のようになれたのだと彼女は語った。ただ一方的に与えるのではなく互いに興味を持ち支えあう関係に。その獣人としての能力を活かし『教団』の一員として『HAO』の俺をサポートすることを選んだのだと彼女は言った。



 ゴホ、とカナが口から血を吐く。既に腹部からの出血は止まらず画面内の動きも鈍っている。それでも彼女は何かにしがみつくかのように操作を辞めなかった。



「大丈夫か」


「5年ぶりですから、もう少し……グッ……楽しみたかったですね。私の役目は終わりました、必要な情報は既に鋼光社に送りましたしこの計画も阻止しましたし『同期』も終えました。アップデート条件が揃った以上間もなくここも引用情報化されるはずです」


「今回は何も公開しなくていいのか。よくわからん文章を配信するとアプデされる印象があるんだが」


「しいて言うならこのゲームを公開している事なのでしょう。ごめんなさい、出来の悪い娘に付き合わせてしまって。私がもっとうまくやっていれば前回のVerの時点で『革新派』の計画も阻止できていたかもしれないのに」


「馬鹿なことを言うな」



 ポンと俺はもう一度彼女の頭に手を置く。力が体から抜け始めていた彼女の全身が俺によりかかる。抜け始めている熱を感じながらカナに目を向けた。何を謝罪する必要があるのか、腹をぶち抜かれてまで戦った彼女の何処に不満があるというのか。カナは最期に振り絞るように言葉を告げた。



「そう言うと思いました。……次の私は上手くやります。お義父様のお役に立ちます」


「どうしてそこまで気負うんだ」


「……意外と単純で純情なんですよ。大事な人を守りたい、それだけです。……さようなら、また来週」


「……ああ、またな」



 頬が赤くなった彼女が目を閉じる。遂に振動が抑えきれなくなり崩壊する建物の中で俺は娘の頭を膝の上にのせて静かに終わりを待った。



◇◇◇


 そして1週間後。



 再度長期メンテナンスに入った『HAO』に呆れながら授業の課題をこなしていく。最近『HAO』にのめり込み過ぎていたため課題が溜まりに溜まっていたのであった。パソコンを弄っているとピンポーンと音がする。来客の予定がない、ということはレイナで確定だ。昨日用事があるとか言って夜まで姿を見せなかった薄情者その1である。課題の答え教えてよ。



「いらっしゃーい!?」



 扉を開けて俺は驚愕する。まずはレイナ。服装はいつも通りのはずなのだがどこか疲れを見せているという点。そしてその疲れの元であろう少女が足元に居た。白髪碧目の少女。帽子を被ってはいないが頭頂部が少し耳のような盛り上がりを見せている。その眼は理知的でありながらどこか年齢に見合わぬ蠱惑的な光も持っていた。まだ8歳くらいの小学生でしかないのに。レイナが疲れた表情で俺に語る。



「諸事情で預からなければいけなくなった子供なんだけど一応挨拶させとかなくちゃと思ってさ」



 そういえばVer2.01の彼女はVer2.00の知識を持っていた。だがどうやってそれを手に入れたのだろう。それが直接ではなくて、例えば一度2040年に情報を上書きしていたとするなら? 平行世界論ではなく、『HAO』が単独の時間軸を採用するならばその方法以外はありえない。というか大概のSFでもそうだ、彼らは未来の何かを現代に持ち込み物事を改変するのだ。



 『HAO』はゲームである。つまらない炎上商法やよくわからないイベントしか起こさない、それだけでしかないはずだ。ゲームは現実ではないのだ。それでも、頭の中に『もしかしたら』という考えがこの時俺の中に生まれてしまった。



 だから取り合えず、いきなり爆弾発言をするこの少女にスーパーメカバトル2を勧めてみようと思うのだ。既視感しかない見た目と雰囲気と言葉にどこか嬉しさを感じながら。



「初めましてお義父様。未島カナです」

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