脳だけでは

 未島カナが初めて本物の光を見たのは6歳の頃である。本物、といっても別に太陽の光などではない。蛍光灯の光を見る事すら許されなかったのだ。彼女の持つ能力を検証する、ただそれだけの為に。



 超能力を保有した獣人の開発。第二世代の反乱後、制御できるレベルの能力しか持たない獣人の開発は研究所にとっては最大の目標であった。



第一世代では不安定すぎる。

第二世代では強すぎる。



 そのコンセプトから生み出されたものが2040年に強制破棄させられた『第78獣人運用計画』である。機械獣の持つ虚重原子を運用できれば非常に強力な能力者ができ、あとは生まれた時に両手足を切り落としておけば能力を運用するだけの部品ができるというものだ。もしこの計画が進行していたら多くの兵士は四肢を切り落とされた獣人を武器として持ち戦闘していたのかもしれない。



 が、結果として時代のズレはあれど鋼光社によりその計画は阻止されている。その実験体の1体が彼女、未島カナであった。



 未島カナが瓦礫の中を走り抜ける。彼女の目的は言うまでもなく『革新派』。ただし彼女の義父に話した内容に反して概ねその中身は想定が付いていた。2055年の計画と共に行われた『革新派』によるHereafter社への襲撃。周到に隠れていた彼らを引きずり出し、しかしその後動きがないまま5年。そして今日動き出した所を見れば見当はつく。



 『HAO』を介した2040年への介入。それが情報と言う形なのかあるいは別の何かなのかは分からないが、もしこのことを話せば治療を開始している義父が気付きかねないからスルーしていたのだ。



「先に進ませるな!」


「2040年からの増援はまだこないのか!」


「北方面より『教団』の伏兵!改造人間3人です!」



 現『革新派』本部である3階建てのビル風の建物に偽装した要塞は簡単に破られることはない。そもそも見つからない上に融合型Apollyonにも使用された装甲を内部に張り巡らせている。



 更に内部にはパワードスーツを着た兵士が何十人も走り回っている。想定した数よりは少ないがそれでも十分な脅威だ。そもそもパワードスーツや改造人間達は2040年の戦車を10台揃えるより圧倒的に強い。単体の火力と回避速度が上がりすぎて耐えて撃つ、というコンセプトが崩壊しているのだ。



 2人の旧人がパワードスーツとライフルを装備し曲がり角を曲がる。北方面の伏兵への増援として駆け抜ける彼らを襲ったのは轟音でも振動でもなくするりと差し込まれる銀閃であった。


「あ」


 声を形にするより先にナイフが装甲をすり抜け二人の喉を切り裂く。刃の出どころは上。天井に人が逆さに立っている。その彼女は無表情のまま壁の割れ目に足をかけ男たちを掴み見えにくい角の奥に投げつけた。



『こちら本部! 北側はどうなっている』



 死体の胸元にある装置と手元の端末をコードでつなぎ合わせ、カナは通信の音声をジャックする。そしてオレンジが女装したときに用いた変成器の亜種を首元に当て声を上げた。



「こちらA186、北側にて味方と合流。通信そg……「ピー―ガガガ」戦闘のた……」



 端末を操作しノイズを意図的に発生させることで違和感を消しながら欺瞞情報を撒く。手元の『教団』の通信機からは北は既に制圧されたことが報告されている。これにより増援がしばらく止まり更に破壊が容易になるはずであった。



 続いて死体から得た地図を元に走り出す。その周囲には既に20を超える死体が積み重なっている。当たり前だがパワードスーツ持ちの旧人や改造人間の戦闘力は極めて高く、ましてや『革新派』の『守り手』ともなれば実力は世界から見ても上位に値するだろう。



 それを成し遂げる力こそが未島カナの持つ『受動的予知能力』である。仲本豪と同じその力は本来ではありえない戦闘経験を与え、第3世代相当しかない彼女の身体能力を補って有り余る力となる。だからこそ未島カナは鋼光社、そしてオレンジ一派の『守り手』として『教団』を率いることが出来ていた。



 通路を駆け抜け扉の一つを開放する。その中にあったのは彼女の同類であった。獣人、というわけではなく『受動的予知能力』を保有した人々。



彼らの脳だ。



 当然と言えば当然か、船内の資源が困窮していく中2060年まで生身の観測機を保有できるわけがない。仮に全員を食べさせることができても反抗や自殺で数は減ってしまう。機械の観測機を用いるのにも限界がある。



 ならば生身の使いやすい観測機があればいい。反逆せず、自殺できず、しかし超能力を使ってくれるような。観測に必要な虚重原子錯体を流し込むだけで使えるそれは、皮肉にも『第78獣人運用計画』と類似したコンセプトであった。



「ごめんなさい」



 一言呟いてカナは手元から爆薬を取り出す。設置してから数分もしないうちに爆破し彼らを苦しみから救うことができるだろう。それでもここもバックアップの一つ、彼らの計画に必要な装置ですらない。



 未島カナは走る。本来存在するはずの、140人近い改造人間の姿は未だ彼女の前には現れていない。

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