夢から目を逸らしたんだ

 『Shed Armor System』のコンセプトはパワードスーツからきている。というのもApollyon用のパワードスーツなんてものがあればどうなのか、と考えた時に鋼光社製の骨格で統一されている以上可能なのではないかと思ったからだ。



 その結果がこれだ。追加装甲とMNBが搭載されたApollyon用パワードスーツ……とはいっても人工筋肉は流石に搭載できなかったがそれでも効果は良いものであった。初めから機動形態で戦っていれば『アグリーゴールド』による射撃で少なからず傷を負い不利になっていたはずなのだから、無傷の現状は非常に良い。俺は自信満々にヒニル君に語り掛ける。



「これは次回Verからは全機体にデフォルト装備されていると思うぞ」


「そんなわけあるか! 畜生、無人機のストックは分裂体と『教団』の連中に回してしまっているのか、何でだ!何故お前がいるだけで全て上手くいかなくなる!」


「いや俺がいなくても上手くいかなかったんじゃない?」



 『アグリーゴールド』が飛翔し拳銃を向けるがそれに対抗すべく肩のミサイルポッドより追尾ミサイルを16発発射する。これ実は装甲破棄前だと邪魔されて使用できないんだよな、設計ミスしたやつ出てこい。俺なんだけどね。しかもUK-12は装甲一体型だから一緒にパージする必要があって、下から通常の腕部が出てくるというスタイルだったりするのだ。接近戦のために両腕開いてて欲しかったからこれでいいんだけれど、次があればもう少し調整したいものだ、と武器腕状態が解除され自由に使えるようになった両手をアサルトライフルにかけながら思う。



 ミサイルは曲線を描き黄金の光を追い立てるが届くことは無く、更にもう一本引き抜いた拳銃を合わせた2丁拳銃によりあっさりと撃墜される。だがそれでいい、このミサイルの役目はあくまで接近までの盾である。打ち抜いたミサイルは爆発するわけではなく煙幕を張り、『アグリーゴールド』の視界を阻害する。その隙を突くようにMNBを使い跳躍しアサルトライフルを連射、した瞬間に拳銃がこちらを向いていて!?



「うおっ!」



 ギリギリのところで体を捻り射撃を回避、落下を狙われることはわかっていたので緊急回避ブーストシステムを吐き出し無理やり瓦礫の影に隠れる。この機動ができるのも装甲を破棄したことによる恩恵だ。



《情報:敵機の機体温度摂氏574度まで上昇。オーバーヒートまで426度》



 かなり冷却が追い付いてこなくなっている。因みにこちらの機体は未だに280度であり、オーバーヒートの心配はしばらくなさそうであった。



 再びミサイルを展開し射撃を再開する。じりじりとオーバーヒートが迫る状況に焦っているのかヒニル君の射撃は雑になる一方で、俺の機体には傷1つない。そして遂に金色の機体が地に足を付ける瞬間が来た。



《情報:敵機の機体温度摂氏824度まで上昇。オーバーヒートまで176度》



 遂に常時飛翔する余裕がなくなったのだろう。『アグリーゴールド』は忌々しそうにこちらを見て、MNBを使い一気にこちらに接近してくる。その行動に虚をつかれるが姿勢を直し身長ほどもある専用ブレードを引き抜きこちらからも踏み込み、一閃。



 だがその刃は右手の拳銃の背で流され左手の拳銃が光り胸に弾丸が叩き込まれる。それを立て直すべくMNBを使った瞬間『アグリーゴールド』は拳銃を手放して軽くなった俺の機体を掴みぶん投げただと……!



「飛び回っているよりこっちの方が強いじゃないか」


「一方的に封殺したかったに決まってるだろうが、こんな自分をリスクに晒すよりはるかにマシだ! お前のようなハイリスクハイリターンが大好きな人間ばかりじゃねえんだよオレンジ!」


「リスク取らないとつまらないぞ。 外野からちくちく攻撃してるの楽しいか?」


「それができるなら俺は間違えてなんかいねえんだよ! 断罪がどうこうなんて言わずにプロゲーマー目指して本気で挑戦していたはずなんだ!」



 追撃の射撃をブレードの腹で防ぎながら会話する。そういやヒニル君は『BCD』の凄腕で、でもどこかのタイミングで晒しと嫌がらせを専門とする配信者に変化した、みたいな話だったはずだ。ということはヒニル君、プロゲーマーの不安定な状態よりも確実に数字を取れて楽な方に流れてしまった、という事なのか。いやまあだからといってあんな行為が許されるわけではないが。



「知ってんだよ自分がクズだってことくらいはよ! でも断罪の動画も再生数落ち続けてさ、アルバイトで夢の残骸を追いながら年齢を重ねた! 俺が2050年の破滅の時に思ったことは『良かった、これで惨めじゃない』だぞ! 親父も母さんも死んでるのに!」



 もう飛翔はできないが通常のMNBは出来る、『アグリーゴールド』であったがその力は以前より遥かに脅威だ。アサルトライフルを構えようとすると間合いのうちに詰められて拳銃で殴りつけられる。負けてたまるかと廻し蹴りを放とうとすると足払いを食らい、銃撃をブレードで防ぎながら斬りかかるがひらりと回避されてしまう。



「で、だから何なんだ?」


「~~っ!! つまりお前だ、お前のせいなんだ! 俺が躓いたのも2055年の作戦が成功しなかったのも! だから『革新派』の力となりお前を止めるんだ、オレンジ!」


「そっか、『絶対に悪い誰か』がいないと耐えられないんだな」



 立ち上がりブレードを構える。恐らくこれが最後の交錯となる。『アグリーゴールド』はMNBがオーバーヒートするが故にこの一撃で俺を倒しきらなければならない。一方俺はMNBにはまだまだ余裕があるものの機体の至る所に傷がついている。ダメージ量だけで言えば圧倒的に不利だ。



 だからこの戦いは『アグリーゴールド』のMNBが切れるのが先か、『ファルシュブルー』が破壊されるのが先かの勝負である。



 『アグリーゴールド』の姿が消える。音もなく背後に回ったそれは俺のアサルトライフルをかかと落としで地面に叩きつけ、拳銃で肩のミサイルポッドを打ち抜く。



 そして剣を振るおうとした『ファルシュブルー』の背中が固定される。『アグリーゴールド』による決死の足止めであった。何のために、という疑問への答えは直ぐに帰ってくる。



 目の前には無人Apollyonがいた。俺が無視して戦車を倒した時の、最後の一体。それがアサルトライフルを俺に向けていた。今からブレードを抵抗する『アグリーゴールド』に当てても拘束解除には間に合わない。かといって投擲などでは到底無人機Apollyonには届かずそれより先に穴だらけにされてしまうだろう。そして頼みの綱である遠距離武器、アサルトライフルとミサイルはもう手元にはない。



「そうか、それは再度装備することもーー!」



 だからこそ俺の左腕に再び『Shed Armors System』により破棄されたはずの一体型腕部武装、『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-12』が接続され火を噴く。少し前から必要になるかもしれないと判断しこちらに装甲に搭載されたブースターで呼び寄せておいたのだ。最高のタイミングでUK-12は弾丸を吐き出し無人機Apollyonを粉々にし反動で俺達諸共吹き飛ばす。



 破片が地面とぶつかり騒音を立てる。遠く先では貫通した弾がそのまま着弾しており更なる2次被害を出している姿が見えた。反動で崩れた姿勢を利用し拘束を引きはがし立ち上がる。



 最後にはブレードとUK-12を構えた『ファルシュブルー』と、オーバーヒートしMNBを使えなくなった『アグリーゴールド』の倒れる姿があった。通信機越しにヒニル君の何処か満足げな声が聞こえる。



「最悪だ。 20年有利があるはずなのに負けちまった」


「初めから本気を出していれば結果は違ったさ」


「そうか。……そうか。なあオレンジ。この先どこかで良い。俺を見かけた時にそれとなく本来の方向へ修正してやってくれないか」



 唐突に意外な言葉が飛び出る。ヒニル君は俺をずっと敵対視していたのではなかったのか。俺こそが全ての元凶だと言ってやまないタイプの人間ではなかったのか。



「なんて恥ずかしい話だ。間抜けな話だ。だが20年かければ『本物』にたどり着けることはわかった。あれだけ遠回りしてもここまで来れるんだ、外の声ではなく自分を信じて進めば更に先に進めるはずだ」


「『本物』って言われてもなぁ」


「予言者様、ね。俺は全く信じていないぞそんなデマは。オレンジ、俺が言いたいのは『HAO』トッププレイヤーである2040年のオレンジにも勝てる、という話だ」


「勝てなきゃおかしいだろ、20年かけたなら」


「それすら信じられなかったから俺はプロゲーマーという夢から目を逸らしたんだ。『BCD』の上位プレイヤーを見て、努力しても無理だ、ときちんと努力をする前に諦めてしまったんだ」



 強い後悔の念が言葉の端々から漏れ出ていた。彼の人生は晒しと嫌がらせにより承認欲求が満たされてしまったことで大きく歪んでしまったのだろう。そして今俺に願いを託そうとしているのだろうが、そんなことを言われても困るというのが本音である。嫌がらせしてきた相手をどうして助けなければならないのか。



 それを見越してかヒニル君は俺に言葉を返した。



「4本目のホラーゲーム実況と7本目のRPG実況、あれは違法ダウンロードしたソフトを使って配信している。調べてみればエミュレーター特有のエラーがでているはずだ」


「ほんと最低だなお前」


「だから脅しに使えるだろ? 該当の動画を事前に録画したうえでこの件について話せば逃げられない。なんせ断罪している側が犯罪者だなんて笑えないからな。何でもいう事を聞かせられるぞ」


「いやこの件なくても普通に犯罪者だし、あとそんなことしたら俺まで犯罪者になるよな」



 一瞬無言が辺りを支配する。その後気を取り直したヒニル君は『アグリーゴールド』の腕を開き俺に胸元を見せる。ヒニル君本人が乗っているコクピット部分だ。



「ひと思いにやってくれ」



 もう生きていてもしょうがないということでもあるし、あるいは自身の宿敵に倒されたいという思いなのかもしれない。その殊勝な姿を見て俺は深く頷きブレードを持ち上げ、二度突き刺した。



 右腕と左腕に。



「ちょっと待て殺してくれよ!」


「なんでだよ普通に嫌だぞ。両腕破壊すれば戦闘能力無くせるから俺にとってはこれでいいし。というかさっきの話の転換が急すぎたし40%位は懇願ではなく俺を利用する気だったよな」


「まてオイ、俺はここだぞMNB使って跳躍するな逃げるな頼むから――――!」



 いや知らんわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る