出会って10秒、即戦闘

 今一状況が掴めない中俺はカナと共に崩壊する船内を走り抜ける。時たま人が逃げ去る姿が見えるがまばらであり、基本的には瓦礫としか対面しない。というかこの感じだとVer変わってもあのクソ借金システムだったのだろう。でも利率変わったりとかしてくれないのかな。



「今どうなってるんだ? 今回のアプデは何か特別なイベントがあった、というわけではなくてあくまで定期メンテナンスの後なわけだから何でこんなことになっているのかいまいちつかめないんだが」


「Ver2.00からは随時アップデートから定期メンテナンス後のアップデートに変わったので混乱も当然かと。今回の場合ですとお義父様の『オレンジ砲』をメインにした様々な原因があります」


「毒々しい色の砲撃だな」


「ですが、そんなものは一切関係なく『UYK46式始原分裂体』は攻めてきました。を糧にしたのです」



 斜め前を走るカナの言葉に衝撃を受ける。まず一つ目、それはあれが46式始原分裂体、すなわちかつて俺とNPCのレイナで討伐したはずの存在であるということだ。つまりVerが変わったせいで討伐履歴的な何かが消滅し蘇ったわけで。いや最悪すぎるだろ、ヤバすぎるボスをそうそう気軽に復活させるな。MMORPGのマップ最奥に引き籠ってくれる一般善良レイドボスとは迷惑度が違うんだぞ。



 そしてもう一つが前回の失敗を糧にした、という点である。



「糧にしたっていうのは」


Ver1.08Ver2.00。『受動的予知能力』を私たちが使えて彼らが使えない道理はありませんし、虚重原子群の扱いは『UYK』の十八番ですから」



 最悪情報である。通りで前の偽予言者狩りの時に見た分裂体がUK-08を装備していたわけだ。あれはこのVer2.01で手に入れたのではなくVer1.08で俺の装備をコピーしてそのまま持ち越してきているわけである。そして今回は前回のVerで『モーセの剣』とやらに阻まれ攻められなかった経験を活かして遂にこの箱舟への突入に成功したのだ。まあカジキマグロが船に突き刺さっている光景はとんでもなくシュールなんですけどね。まあでもあのサイズで海のど真ん中まで飛行するのは難しいから途中まで泳いで『モーセの剣』圏内は慣性で押し切る、というのはアリなのだろう。



 そうやって出てきたカジキマグロ君は前回とは真逆の、機械獣を餌にするのではなく手駒にして電気を狙いに来たわけだ。



「つまりあの分裂体を倒せばいいのか?」


「いえ、今回は別にやってもらいたいことがあります。お義父様はグレイグ率いる『革新派』についてご存知ですか?」


確信犯かくしんはん?うーん知らん」



 カナが落ちてくる瓦礫を回し蹴りで吹き飛ばしながら解説してくれる。ふむふむ、世界の破滅に乗じて自分たちで世界を統べようとしているのが革新派らしい。しかしそうならこの状況ダメだろ、無能過ぎないかと思っているとカナはこちらを見ずに答えた。



「……これでもかなり上手くやっているんです、彼らは。出来るだけ多くの人を救い分裂体の脅威から逃げるという、2055年の作戦が失敗した後の行動としての現状ですから。彼らがこの箱舟を用意しなかった場合学習した46式始原分裂体によりもう日本近辺に人は存在しない状態になっていたでしょう」


「この状況も革新派の望みではないと」


「彼らの望みは2055年を乗り越えたうえで人類を統治、あるいは強い権力を握ることですから」


「2050年の時点でクリアする気はないんだな。そうなるとあまり善良な組織じゃないっぽいか。なんせトップが女装に気づけないくらい目が節穴だしな」


「何も繋がってないですよ、あとグレイグは守り手でしかありません」



 崩壊の音は更に広がっており目の前の床にはいくつもの穴が開いており下の階がむき出しになっている。瓦礫や建物を足場に素早く飛び降りてゆくカナの後に続き不格好であるが進んでいく。今更気が付いたのだが砕けた床の断面を見ると見覚えのある青い金属が挟まっており周囲には冷却水を流す管が入っている。マイナス質量物質を床の下にいれることでこんなバカげた船を成り立たせていたとは、この技術色々と使い道があるものだ。



「そして革新派に私たち『教団』は手を出す事が出来ませんでした。しかし今、この状況で主力となる改造人間達が分裂体討伐に出ていません。だからこそその隙をついて彼らを倒します」


「分裂体はスルー?」


「スルーするしかありません。何をするのかは不明ですが彼らはHereafter社を襲撃しその技術を奪い取っています。何もわかりませんが止めなければ不味い、それが今の状態です。少なくとも彼らは分裂体を無視し箱舟の崩壊を許容できるような事をしでかそうとしているのですから」



 特に情報が増えない答えであった。まあ常に情報出続けても頭パンクして困るからな、と一人納得しながら後に続く。カナの言う虚重原子の発する磁場とやらを頼りに下り続けていると見覚えのある炎が下層階より噴き出してくる。カナに蹴飛ばされて辛うじて回避すると共にその先に視線を向けるとやはり見覚えのある人物であった。



 裏色愛華。



 服装は以前とは違い大学で見た私服に近い。しかしながらその所々に金属部品を仕込んでいる。その若い見た目は変わらないまま年齢を感じさせる圧を込めて彼女は警告する。



「引きなさい。『逆潜引用情報化計画』を進行させればあと2回で世界を救う道筋ができるのがあなたならわかるでしょう、オレンジ?」



 学生としての姿とはまるきり別の、戦いに身を置くものとしての言葉。いつものどこか頼りない雰囲気ではない、無駄なことをした瞬間に殺しに来る姿勢。どういった経緯や設定があってこうなったのかは不明であるが現実として裏色愛華は俺たちに明確な敵意を見せていた。



 だがそれだけに留まらず状況は混沌としてくる。



「遂に出会えたかオレンジ……!」



 金色のApollyonが瓦礫の山の向こうより跳躍してくる。その派手な見た目とは裏腹に装備は極めて簡素で機体は大きく軽量化されている。その声にもまた聞き覚えがあった。ヒニル君である。うん、再会しすぎではないだろうか。彼の声も年老いているしこれNPCか、どんだけ張り付いてくるんだよ。



 そして上からコンテナと赤いApollyonもまた降りてくる。



「お前、持ってきたぞ」


「まだ偽名の時の話引きずってるんですか!? もう変装してないですしオレンジでいいですよ!」



 気の抜けた話を遮るように砂埃を上げ着地すると共に赤いApollyon、『アンファングロート』が背中のコンテナを地面に荒く落とし裏色愛華に向かって突進する。同時に俺がコンテナに走りだし、自動で受け入れ態勢に入りコクピットが開く。更に金色のApollyonが俺に向かって飛翔しその隙を縫いカナが更に地下に向かって駆け出した。



 混沌とした戦場の火蓋が切られる。

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