二段ジャンプってどうやるの?

『残り30分で試合が開始されます』


「待ち時間短いのはありがたいけど掲示板で攻略情報でも見ておくべきだったか……」


 端末相手にうなり続けた30分後、そう表示されると共に牢屋ががたんと音を立てる。俺の独り言に問題あった!?と思うがそんなことはなく。牢屋の鉄格子に外から一枚の透明な蓋のようなものがはめ込まれる。斜めに金属の線が入った、電子レンジの窓を思い出させるそれが複数個所で固定されるのを振動が伝える。


 そして牢屋自体が動き出した。窓を様々な通路が横切っていく。なるほど、このゲームでは家自体が移動して目的地に移動するわけなのか。少し経つと透明な円柱のような巨大な空間に移動し一つ一つの牢屋がエレベーターの如く移動しているのが見える。囲碁のマス目のように四角い小部屋が行き来している姿は壮観である。一体どれだけの大きさなのか分からない、その空間を牢屋は下に向かい走り続けていた。


 その円柱の中心に十字架のような構造体が存在していた。宙に浮いているそれはどこかで見覚えがある。いや、この形自体は見覚えはないのだが似たような雰囲気のものは――


「ああ、二つ目の太陽か」


 確か人工惑星の時に浮いていた二つ目の太陽、その周囲に存在した半壊しているレール。十字架のようでありながら奇妙な位置に芸術性を感じさせる曲線が存在するそれと近しい雰囲気を俺は感じていた。なんとなくだが。


『残り2分で目的地に到着します』

『試合開始まで20分です。準備をしてください』


 しかしどうしてこんなことになってしまったのだろうか。アプデ前はただの高クオリティクソゲーであったがこれでは詰みゲーだ。返金騒動どころの話ではない、なんせ前と同じシステムであるなら敗北すればログイン制限がかかる。そして闘技場で金を稼がないと餓死する。さらに戦闘訓練とかはない。


 端末を開く。この闘技場では賭けシステムが搭載されており、掛け金の2割を胴元が取り残りを勝者が分配するというシステムである。本来なら10分以内に勝利、など様々な賭け方があるがランクFの勝負には2択しかない。どちらが勝つか、それだけである。そしてオッズは向こうの勝利が1.2倍、こちらの勝利が4倍。


「流石に舐めすぎだ、俺を」


 月の『UYK』、分裂体を倒しているのだ。よくわからないランクFのプレイヤーに負けるはずもないのだ。振動が収まり窓の向こうに通路が見える。牢屋が完全に接続されると共に窓が外され、鉄格子が開いた。通路は清掃されていないらしくゴミが溜まっており、その中には薬莢や何かの部品も見える。


 そして通路右手に何かが到着した。ガチャン、という音にそれが接続される。間違いなく俺の機体が入った格納庫だ。さあ行こう、俺のApollyon!


『格納庫使用権:10万円』


 ……テンション上がってるところに冷水かけるのやめてもらえません?




『さあ盛り上がってきました!本日第107試合が間もなく始まります!実況解説はこの私、海瀬津男かいせ つおと』

長喋ながしゃべりが行わせてもらう、よろしくね』


 闘技場は残骸の山であった。本来は真っ白な床板が敷き詰められていたであろうその空間には数多の瓦礫と破損した武器が積み重なり鈍い砂になっている。何故か死体のようなものは一つ足りとも見当たらなかったのが不思議ではある。


 円形になった闘技場は先ほど見た円柱のような空間の遥か下にあるようで見上げるとうっすらあの十字架が見えた。とは言ってもApollyonの視界を通して、であるが。


 10万円を泣く泣く支払って取り出したApollyonは破損部位はほとんどない、修理された状態のものであった。てっきり分裂体との戦いで破損した部分はそのままかと思ったのに拍子抜け――かと思いきや修理費を40万円請求されたためやっぱり最悪である。


 脚部もバランサーも中古の部品ではあるようだが以前より高性能な部品に換装されている。しかもApollyonの仕組み自体が変わっているらしく以前にはなかったようなコマンドも見られる。そう、まさかの部品交換制だ!


 例えばH〇NDAの車の部品をそのまま他の車にはめ込もうとすると問題が起こる可能性がある。これは部品を別の種類に取り換える前提ではなくあくまで特定の部品のセットで車が成り立っているからだ。勿論改造車と言われるようなものも存在するが当然全ての部品を取り付けられるわけではない。


 一方アップデートされたApollyonは全ての部品が使用可能だ。鋼光社製の基本骨格に取り付けるような形で全ての部品が製造されている。つまりそこらへんにあるApollyonの部品をもぎ取っていじくれば換装が出来てしまう、改造前提の機体になっているのだ。絶対にここで勝って部品交換して見せる。絶対に。


『さて西から現れたのは不遜にも予言者の名を騙るプレイヤー、オレンジ!東から来るは3戦3勝の同じくApollyon使い、乗船者のアラハタです!』


 俺がApollyonに乗って闘技場の中に足を踏み入れる。10メートルほどまでは金属の壁が出来ておりその先が透明な、観客が俺たちの死を見て嘲笑うための場所があった。だが人数が少ない。本来数万人は余裕で入るであろう場所には今かなりの空席がある。


 にもかかわらずかなり大きな彼らの歓声に気を取られている間に反対側から毒々しい紫色の機体が現れる。そして相手の機体から通信が入る。なんだこれ?と思っている俺に解説を名乗る声が説明した。


『初めての方なので説明させて頂きます。通信を繋ぎ次第戦闘開始、降参を宣言もしくは死亡にて戦闘終了という仕組みになっています。船に影響を与えない範囲であればどのような手を尽くしても構いません』


 会話するの面倒だな、という思いは通じないらしい。仕方がなく『許可』をクリックした瞬間。



 ――紫の機体が二段ジャンプした。

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