予言者

 二段ジャンプという概念がある。何もない宙を踏みつけ空中で2回目の跳躍を行うことだ。


 真面目に考えて欲しい、そんなものできるわけない。何もない宙を踏みつけられるのであれば階段など不要。しかし目の前の、何メートルにも及ぶ機体はその摩訶不思議な現象を成し遂げていた。


 垂直に10メートルほど勢いよく跳躍し、頂点で何かを踏みつけ俺に向かって急降下してくる……!?


『さあ一発目から出ました、『飛び切り』です!』

『技の仕組みは極めて単純。マイナス質量物質による軽量化を利用した大跳躍と不活性化による足場の確保です。あの質量の機体が上から加速をつけて落ちてくる、初心者殺しの一撃ですがどう防ぐんでしょうね』


 解説を聞いている暇もなく機体の影が俺に向かい急速に近づいてくる。その手には厚みのあるブレードが握られていて、まともに受け止めたら即死するのだろう。しかし一方でその突撃は攻撃中に反撃される心配をしていない、無理やりなモノであった。それと3戦3勝で未だランクFであることから察する。


 この敵は恐らくこの技で初心者を狙い撃ちにしてきたのだ。初めての闘技場で戦う者であれば困惑している間に即死、あるいは回避できたとしても圧倒的な威力に怯えてまともに動けなくなるだろう。


 そう思うともっと腹が立ってくる。これだけクソなシステムなのに初手に出てくる敵は初見殺し。ふざけるな、というレベルではない。このゲームにはログイン制限という概念があるのを理解していないのか。


 銀閃が俺の頭上から降り注ぐ。それに対して斜めに軸をずらすような足運びをしながら背中に吊るしていたブレードを抜刀、切り払うように銀閃に合わせる。確かに正面から受ければ勝ち目はない。だが一方でその攻撃力は手酷いカウンターを受ける可能性もまた秘めている。


 普通に殴られても倒れないのにカウンターとして喰らったら手ひどい損害を受ける。その最たる理由は攻撃時の体の加速、そして体重である。仮に防御の体勢であれば攻撃を後ろにある程度は流せる。しかしカウンターであれば攻撃中の加速は止まらず、むしろ相手に利する力になり果てるのだ。


 右腕とブレードはくれてやる覚悟で機体を軋ませる。以前より少しスリムになった俺の右腕が空を突き、その先にある刃がへし折れる。


『お前たちプレイヤーのせいで僕までが戦うことに……ふざけんな、闘技場なんて貧民がレーションに変換されるためだけの場所だろうが!』


 俺の刃がへし折れる。相手の刃と腕に向かい叩きつけたはずのそれは空中で紫色の機体が方向転換、上段の兜割りから切り払いに軌道を変化させたのだ。再び宙を踏み、機体自体を回転させることにより。


 芯から破壊の音がするのを聞きブレードを手放し、即座にその場から転がり込む。流石に四度目はないらしく敵機は思ったより小さな音を立てて着地する。先ほどのブレードから伝わってくる質量とは比べ物にならない。


《情報:敵機の機体温度摂氏529度まで上昇。オーバーヒートまで471度》


 そしてコンソールに表示される情報を見て疑問を浮かべる。一体どこにそんな高温になる瞬間があったというのか。その答えは機体システムより返答があった。


《マイナス質量物質の急速な活性化及び衝撃によるものです。マイナス質量物質は活性化し負の質量を生むために高い電流が必要となります。急速な活性化及び不活性化を繰り返した場合発熱し、一定以上を超えると変性し本来の目的を果たせなくなります。また衝撃吸収機構により熱が発生し冷却を妨げます。因みに当機は104度です》


「……情報量、何円?」

《そのような機能を当機は持ち合わせていません》


 良心がここに存在した。ブレードを持たない俺を見て腰から相手はライフルを抜き連射する。だが撃つと決めてから射撃をするまでが遅すぎる。瓦礫の山の後ろへ走り込み安全地帯を確保、状況を整理する。


 敵は未だにダメージ無し、一方こちらはブレードが破損した上右腕の指関節部にダメージが入っている。いきなりの抜刀であったためブレードの固定ができなかったから仕方がないとはいえこれは痛い。そして装備は向こうはライフルとブレード、そして俺はUK-10のみである。こいつも地味にナンバリングが更新されており中距離用の武装として進化している。とはいっても連射が効くタイプではないので一発外したらおしまいだ。


 牽制として弾幕が張られ瓦礫の山が削れてくる。が、言い換えれば相手の位置が常にわかっているという事でもある。


『出てこいプレイヤー、ここ数日水すら飲めてないんだ、早く死ね……!?』

「第一射、命中」


 大気の酸素が回収されあの時以上の爆音が闘技場に響き渡る。瓦礫の山を貫通した『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-10』の弾丸は右腕ごと奴のライフルを吹き飛ばす。スキル《射撃:Apollyon兵装》の奇妙な力を感じながら俺は二発目を装填していた。


『さあ一撃でライフルを吹き飛ばした!しかしあの武装、見たことがありませんね』

『2055年では結構見た構成ではあるんだけどね。予言者の基本スタイル、『UYK Killer』の名を冠する通り過剰な破壊力を基本とする銃、いや砲での射撃だ。しかし変な話だ、闘技場でこのスタイルはあまりに不合理』

『というと?』

『確かにあの砲は強力だ。しかし小回りが利かないうえにほれ、見ての通り貫通力が高すぎて本来なら機体ごと木っ端微塵になるはずがまだ無事。相手を間違えている』


 もう俺は話を聞いていない。第二射を装填し終える瞬間紫の機体が再び宙を舞う。先ほどと同じ、また飛び込みだ。


『死ね、プレイヤー!予言者の偽物!』


 銀閃が再び空を駆ける。だがUK-10は装填を終えても液体酸素の充填が終わっていない。間違いなく射撃の前に俺は切り伏せられる。故に俺の選んだ選択肢は一つ。


 銀閃が落ちる。ブレードが無い上に射撃体勢に入っている俺に回避手段はなく、迎撃もできず確実に撃ち落とされるだろう。


 金属と油が捻じ曲がるような音と共に俺の愛機が切り伏せられる。衝撃は機体の先から端までを灰燼に返そうとせんばかりである。だがここで一つ訂正せなばならない。俺に回避手段がないのではなく、俺の機体に回避手段が存在しないのだ。


『は……!?』

「こっちは第一射だな。『獣殺し』」


 コクピットから俺だけ脱出し宙に身を投げ出す。その目の前では俺と一緒に戦い抜いた愛機がひしゃげる姿があり、そして無防備な敵の姿がある。


 反応すれば避けることはおろか俺を叩き潰すことも容易だろう。しかしコクピットを飛び出た瞬間に射撃体勢を整えていた俺がその隙を与えるわけもなく、そして『獣殺し』はあの機械獣の装甲を砕く最強の拳銃である。


 先ほどまでと比べると実に小さな音が鳴り響く。音は敵のコクピットを貫き、そして動作を停止させた。


 必死に瓦礫に捕まりながら着地する。まあなんとか一試合目はどうにかなったか、と思うが気が付けば周囲が沈黙に包まれているのが見える。あれだけ騒いでいた観客が一言も発していなかった。全員が俺を、正確には俺の顔を見ていた。


『……本物?』

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