獣人

「分裂体のもっとも恐ろしい所はあの触手さ」



 作戦決行の朝、ゲーム内の鋼光社内。朝から『HAO』にログインした俺は当日の段取りをしていた。Apollyonの改造はほとんど終わりテストを残すのみであったが昼から紅葉が何かあるとのことでこのタイミングでの会議となった。エントランスにていつぞやのドーナツ店と同じように隣に2060年のレイナが、向かいに紅葉が座る。



「装甲じゃなくて?」


「装甲は正直な話どうでもいいのさ。弾を当てれば潰せる、なら恐れるところは何もない。問題は触手が弾を殴ることだ」



 なんか凄まじいパワーワードを聞いた気がする。レイナは俺の頭に浮かぶ疑問符を無視し続けた。



「彼らは目が良い上にあの触手は感覚器であり腕であり武器だ。危険と判断したものは一切の迷いなく防いでくるのさ。例えば核爆弾はあれで弾かれて直撃しそこなったりしている」


「パリィのスキル高すぎるだろ……」


「だからいくら弾があっても防がれては意味がない。そこで私達が補佐し触手の意識を反らす。装甲の剥がれた部位ならプレイヤーでもダメージが通るからね」


「で、第一案が触手の気を逸らしてその隙に心臓か脳目掛けて弾を当てる。もう一つが触手を全て破壊しプレイヤーが心臓を直接狙える状態にする、やったね」


「そうさ。いずれにせよ私は触手の意識を逸らすため必殺モードに入って後ろ脚を一人で狙う。そうすればプレイヤーの負担はさらに減るはずだ」


「必殺モードはよくわからないがやりたいことはわかった。で、触手は何本だったっけ?」


「121本や」


「実家に帰らせて頂きます」


「まあまあ、第一案ならそれを気にする必要はない。それに触手も常に動き続けているわけではないから動き終わった隙を狙えば一気に数本は破壊できるはずだよ。銃弾は何発持ち運べるんだっけ?」


「20発」


「なら一発につき6本だな」



 会話が繰り広げられる。確かにレイナは強いしUK-08は強い。しかしながら機械獣にすら手間取るプレイヤーたちだ、まともに勝てるとは俺は思っていなかった。だが紅葉は笑顔で俺にこう言ったのだ。



「同じプレイヤーなめたらあかんで」





 その言葉は真であった。迫る触手を間一髪で回避する。太さは実に3メートルになるだろうか、何十メートルもあるそれが唸りを上げて襲い掛かってくるのだ。一発当たればアウトであるが、マイナス質量物質による軽量化が俺を救っていた。そして俺の後ろいたプレイヤーたちは縄跳びのごとく潜り抜け、雄たけびを上げて前に進んでゆく。



 全員が装備を換装していた。軽量化を前面に押し出したパワードスーツを着た彼らは縄跳びの如く宙を駆けてゆく。



「即死とかクソゲー!!!」


「100メートルとか長すぎるぜアホかよ!!!」


「でも縄跳びオンラインで似たことしてるからノープロブレム!」



 最近熱が入りすぎていて一瞬忘れることもあったがどこまでリアリティがあってもこれはゲームである。故にプレイヤーたちは死や痛みを知らぬ攻略者であり既存のゲームをクリアし続けた熟練者である。特に先頭についてくようなやる気のあるプレイヤーたちは。



 俺はこのゲームを一人でやっているわけではないのだ。色々ありすぎてスルーしてるしそもそも一週間しか経っていないから仕方がないが本質的にはMMO、見知らぬ他プレイヤーとの協力もまたコンテンツの1つである。



 俺の悲観的な妄想を打ち破るように勇者たちは駆け抜けてゆく。それを見て勇気づけられたのか背後にいた不安そうなプレイヤーたちも次々と触手にむかってなだれ込んでいった。



「機動力のない人や火力のある人は誤射をしないよう側面を狙ってください!あと不安なプレイヤーもそっちお願いします!」



 珍しく標準語で叫んでいる紅葉の声が拡声器により全体に広がる。それと共にいくらかのプレイヤーは横に展開し銃器を打ち込み始めた。俺もUK-08をリロードし酸素を充填する。この兵器は構造上大気中にある3%しかない酸素をかき集めた上で射撃しなければならない。そのための時間をプレイヤーたちは存分に稼いでいた。



「動き終わった後に隙がある、情報通りだ!」


「触手は可動域が広い分装甲に穴がある!亀になってない間ならカウンターが通るぞ!」


「レアアイテム!レアアイテム!」


「下半身取れたけど上半身だけでも銃を握れるんだよなぁ」



 触手の一振りごとにプレイヤーは減ってゆく。しかしその減り具合は想定以下でありさらには本来期待されていなかった触手の破壊すら行っている。そうだ、攻略法と恐怖さえなければこの程度のものなのだ。



 俺の隣にいたレイナが前に出る。


「行くのか?」


「うん。じゃあ必殺モード行くか……!」



 仮面で表情の見えないレイナは懐から水筒のようなものを取り出しその先に注射針を接続、首元に刺す。そして俺の背中に設置していたブレードに手を触れた。




 何故獣人という名前なのか、俺はもう少し考察しておくべきだったのかもしれない。ヒントは分裂体やそれを使った技術へのヘイトの高さにも隠れていた。それは同族嫌悪に他ならないのだから。



 レイナの肌に鱗のような銀色の金属が析出し始めると共にズボンの裾からズルリと一本の手が出てくる。小さいが紛れもなく目の前で暴れているものと同じ、機械獣特有の金属の触手だ。



 つまり獣人の獣とは機械「獣」であり、遥かに高スペックを誇る第二世代とは、すなわち。



「転写開始……!行くよ、0式始原分裂体!!!」



 融合体と同じく、分裂体や機械獣を移植したキメラそのものである。

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